【1-6d】霊晶剣の真実
「迅! イリーナ! クロエ! クラウを、クラウ見なかったか!?」
「クラウさん? いや……。それは?」
迅は鉄幹が持っていた水筒を指す。クラウにあげたものだと言うと、3人も血相が険しくなる。
「落としただけなら、いいんだけど……」
辺りを見回せば、大勢の人だかり。人を探すのは骨が折れるだろう。そんな時、
「さっきの女の人、すごい目してたねー! 赤い宝石キラキラ〜って!」
「フードの人、殺気、すごかった……」
そんな会話が聞こえると、鉄幹はすぐその人たちに駆け寄った。
容姿が見分けられない青緑色の髪の二人の少女だった。クロエと同い年くらいの顔立ちで、学院の制服を着ていて、二人ともケープは赤。一人はツインテールに結い、雰囲気から明るそうで、もう一人はベリーショートで伏目がち。そして、それぞれ右目と左目に青いガラスのモノクルを着けている。しかし、鉄幹はそれにかまわず、
「なぁ、ソイツらどこ行ったか知らねぇか!? オレの連れなんだ!」
二人は同じタイミングで顔を合わせ、同じタイミングで鉄幹に向くと、
「さっき門を抜けて行ったけど、騎士さんに追っかけられてたよ」
「すごい跳躍力。たぶんけっこう遠くまで逃げた」
「っ!! サンキュ!」
鉄幹は二人の少女に礼を言い、三人を伴って王都の外へ駆け出した。
門を出て街道を進むと、騎士が散り散りになって捜索していた。聞くところによれば目が宝石のような女を連れて逃げて行ったらしい。あの少女二人の証言と一致する。
しかし、足跡は途絶えて見失ったという。
「くそっ! クラウ……」
鉄幹は近くの木に拳を叩きつける。すると、クロエがイリーナの指をくいくいと引っ張って呼んだ。
「クロエ? 疲れちゃった?」
クロエは首を横にブンブンと振り、
「わたしの剣が探せるかもしれないって……」
「ホントか!? 頼む、クロエ!」
クロエはカラドボルグを呼び出して地面に突き立て、柄の頭に頭の獣耳を当てる。目を閉じて、聴覚を集中させた。
ダダダダという速い足音が剣を伝ってクロエに聞こえた。
「あっち! この森を真っ直ぐ!」
と街道の端の雑木林を指差す。イリーナが驚嘆してクロエの髪を撫でる。
「クロエ凄い! どうやったの!?」
クロエは分からないと首を横に振った。行き先が分かったところで鉄幹が先陣を切って、茂みだらけの森を強引に進む。
「多分だけど、クロエは地面の振動を辿ったんだと思う。元々クロエは耳がいいから、剣を伝って遠くの足音とかが拾えたんじゃないかな」
茂みをかき分けながら、迅が推測を話した。
「だとしたらお手柄だな。また位置が変わってるかもしれねぇから、また頼む」
鉄幹にそう言われると、クロエはコクンと頷く。茂みに引っかかったり、足下が悪かったり、クロエのペースに合わせたりと進みづらかったが、クロエの探知を駆使して雑木林の中を進んでいった。
何時間たっただろう。夕日も沈みかけていた頃、暗い茂みの中にフードの人物と桃色の髪の女を見つけた。
「クラウ!!」
鉄幹の呼びかけに二人がこちらを向く。
「鉄幹!?」
「クソッ……! 鼻がいいな、虫ケラども」
謎の人物が頭のフードを取り払うと、緑のトカゲの頭が姿を表した。指から生えた鋭い爪を長い舌で舐め、丸腰の鉄幹目掛けて襲いかかってきた。
「アスカロン!」
イリーナはアスカロンを呼び出し、鉄幹の前に駆けて爪の攻撃を防ぐ。トカゲの男は後ろに跳躍し身を翻して、適当な木に掴まった。
「バカ! 戦えないのに前に出ないの!」
トカゲ男は木を踏み切って今度はイリーナ目掛けて襲いかかる。しかし、突然地面が隆起して妨げられた。クロエが剣を抜いて魔法を発動させていた。
「クロエありがとう!」
イリーナはクロエに礼を言うと、大剣を携えてトカゲ男に向かって行く。トカゲ男と距離を詰めて一振りするが、木と木の間隔が狭い場所で振ると、後ろの木に当たって不発となる。
「あっ! こんな所じゃ……!」
「バカが……! 死ね!」
「ダメっ!」
地面が木々ごと隆起してトカゲ男の進路が妨害される。トカゲ男はクロエを睨み、
「ガキから始末してやる!」
「ひっ!!」
クロエに向かって凶爪が襲う。しかし、間一髪で鉄幹がクロエを抱えて地面に転がり込んだ。しかし、トカゲ男はすぐ近くの木に飛び移り、鉄幹に向かって踏み切ろうとする。
「やべっ!」
鉄幹はクロエをかばうように背を盾にする。目をギュッと閉じて死ぬほどの痛みを覚悟する。
「!?」
痛みが来ない。しかし、ふと見た背中越しの情景に、心臓が高い音を立てた。
トカゲ男の攻撃に立ち塞がっていたのは、クラウだった。クラウは身を挺して鋭い爪の斬撃をその身に受けた。
赤く輝く血が飛び散り、クラウは力なく地面に倒れた。
迅、イリーナ、クロエ、そして鉄幹は狼狽し悲痛な叫びが雑木林に鳴り響く。
「しまった……!」
トカゲ男はそう言うと、雑木林から出ようと後ろの木に飛び移るが、生命を脅かす気配に動きを止めた。
迅に黒い焔がまとわりついて、色が反転する。
「フヒヒヒッ! フヘヘヘヘ!!!!」
高く叫ぶような笑い声を上げた。そして、クロエに視線を定めるが、イリーナが立ち塞がる。
「迅……! アタシが……、相手になる!」
迅はイリーナに斬りかかるが、それをかわしてトカゲ男に近づけていく。
その外で、鉄幹は恐る恐る地に伏したクラウに駆け寄る。地面に血が染み込んで薄く赤く光っている。血塗れの体を抱えて、
「おい……! なにやってんだよ……! なんでこんな……! おいっ!!」
鉄幹の呼びかけに、クラウは目を開け、宝石のような目で鉄幹を見る。
「あぁ……、アンタぁ……。ゴメン……。もう、抱けなく……なっちゃったね……」
血をこぼした口に笑みを作る。頬に涙の雫がポタポタと落ちる。鉄幹は口を食いしばってこらえようとするが、
「はは……、ひどい顔……。でも……、すっごい……かっこいいよ……」
血に染まり、震える手を頬に添える。安らかな顔で鉄幹を見つめ続けた。すると、クラウの体中が赤色の光で包まれていく。
「ホント……悔しいよね……。だから……、戦おうね……。一緒に……」
やがて静かに目を閉じた、その顔すら見えないほど眩く光り、赤い光は細長い形になる。
「……? おい……、なんだよ、これ……」
光が治まると、鉄幹が抱えていたのは銀の鞘に納まった刀だった。
距離が離れた所から迅とトカゲ男を相手にするイリーナもその様子を見て驚愕する。
「あれって……、霊晶剣……? うそ……。なんでクラウさんが……!?」
鉄幹は静かに立ち上がり、トカゲ男を睨みつける。
「くそっ! 生かして連れてこいって言われたのによ……! せめて、その剣は渡してもらうぞ!」
「オイ、テメェ……」
鞘から剣を抜く。その刀身は炭のように黒い。
「ケジメ、つけさせてやる……! クラウ……、クラウソラスと一緒にな!!」
鉄幹はトカゲ男に向かって駆け出す。トカゲ男は木に飛び移り、踏み切ろうとするが、鉄幹の斬撃で木は切り倒され、トカゲ男は別の木に飛び移る。すると、鉄幹の剣が黄色く光りだした。
再びトカゲ男が襲いかかってくると、鉄幹一度刃を鞘に納めて、刀を抜き出して再び黒くなった刃で受け止め、斬り返しで爪を一本切断した。刃はまた黄色く光る。
「くそっ!」
トカゲ男は木に飛び移り、また他の木に飛び移りを繰り返し、その速度を速めていく。
鉄幹は刀を鞘に納めて、構えたまま静止する。鞘に赤い光の筋が浮かぶ。
「死ねぇ!」
トカゲ男が木を踏み切るその一瞬。トカゲ男の右腕に鎖が巻き付いた。
木の下で迅がダーインスレイヴの魔法を発動させていた。迅がトカゲ男に狙いを定めるが、一足早く鉄幹が身動きが取れないトカゲ男に踏み込み、鞘の引き金を引いて抜刀すると、刀身が燃えるような真紅に染まっている。その刃をトカゲ男に向かって、
「ぜやぁああ!!」
一閃。トカゲ男の体は激しい炎に焼き裂かれ、黒い燃えカスと化した。
刃を刀に納めると、殺意を丸出しにした迅に向いた。
「……。もういい……」
迅はニヤリと口を歪ませ、鉄幹に斬りかかる。
「もういいだろぉ!!」
柄を突き出して、迅の腹に一撃を叩き込んだ。迅はヨダレを吐き出し、地面に倒れた。黒い焔は収まって元の姿に戻る。
「テッカン」
イリーナが剣を納めて鉄幹に駆け寄った。クロエも恐る恐る近づく。鉄幹は剣となったクラウの姿を無言で見つめる。
「クラウさんが霊晶剣になった……。だったら、霊晶剣の正体って……」
「そう。オイラたち、ネイティブの成れの果てさ」
茂みから姿を表したのは、青い髪、蒼白の肌、そして宝石のような青い双眸の、
「ソード……ハンター……」
「そいつ、クラウは戦いに身を投じたオイラたちと違って、殺しにゃ関わらなかった。だが、結局戦いに巻き込まれちまって、アレだったねぇ……」
「……。この剣を……、クラウさんをどうすつもり……?」
イリーナは警戒して尋ねるが、ソードハンターは剣を抜くこともせず、腕をヒラヒラさせる。
「くれるってんならいただくが、オイラは同族の亡骸をただ弔ってやりてぇだけさ。ソイツが戦えてぇって言ってるなら、オイラは止めやしねぇさ」
ソードハンターは踵を返して、背中越しに言う。
「オメェさんらが盤をひっくり返すの、『さるお方』が楽しみにしてるからよ。じゃあな」
素早く、高く跳躍してソードハンターは姿を消した。
地面が隆起し、木が焼き切れた雑木林の中で、迅が目を覚ますまでは誰も沈黙を破ろうとはしなかった。
午後8時。ダート勇士学院Sクラス寮。
「ぷぷーっ! なにコレ、赤ちゃんの落書き!?」
「人間の顔と一致しない。マイナス25点」
青緑の髪の少女二人が、崩れた顔が描かれた髪を見て騒いでいる。
「あなたたち」
二人に向かって呼びかける声に振り向いた。白いケープをまとった少女。
「AクラスにはAクラスの寮があるでしょ? さっさと寝なさい」
「え〜! だって、アーサー先輩のベッドがいいんだもん!」
「あのベッドの温度、睡眠には丁度いい。毎日快眠」
揃って駄々をこねる二人に少女は頭を抱える。
「まったく……、アーサーもアーサーで甘いんだから……」
「あ、そうそう。これ見てくださいよ!」
二人のうちツインテールの方が嬉々としてビラを少女の眼前に突きつける。
「これ『ジャンヌ』先輩に似てません?」
「はぁ!? なにコレ、ピカソの絵?」
「ピカソは知らない。けど類似点はある。このボブカットとか」
「ボブカットの人なんていくらでもいるでしょうが……! 子供はさっさとね・ん・ね・し・な!」
二人は逃げるように寮から出て行った。少女は呆れながらそれを見送り、ビラを再び見た。下手な似顔絵の下に文言が書かれている。ブローチでは文字は読み取れないので、共通語として生み出されたアバロン文字で書かれている。字体は崩れているが辛うじて読み取ることができた。
「『身長は160センチくらい。胸が大きめ。地球の日本のトリックスターです。名前はいぶきひかる』。……。いぶき……、ひかる……。うっ……!」
少女は頭を押さえる。鼓膜が裏返りそうな耳鳴りが鳴り響き、頭の中を何かが巡ってくるような感覚が襲ってきた。視界が歪み、前後不覚になって床に倒れる。
「わ、私は……! だ……れ……」
「どうしましたか?」
倒れた少女の目の前に誰かが立っていた。耳鳴りが静まり、視界も元に戻っていく。見上げると、そこにいたのは、
「学……院長……」
学院長。聖女シャウトゥが手を差し伸べ、それに掴まって起き上がることができた。
「すみません、学院長。なんかときどきこういうことあるんですよ……」
シャウトゥは心配そうな顔で少女の顔を覗う。
「そうですか……。ちゃんと食べて、しっかり休まなきゃ駄目ですよ?」
「はい……。あの……」
少女は言葉に詰まった。しかし、シャウトゥが歩んできて少女の華奢な体を抱きしめる。
「がく……いんちょう……」
「自分を見失っちゃ駄目。あなたは『ジャンヌ』。宿命のために戦う剣士。そうでしょう?」
「私は……ジャンヌ……。私は……、そうだ……。ジャンヌ」
少女は虚ろな目で復唱する。シャウトゥは微笑み、抱き寄せた体から離れる。
「いいでしょう。剣聖祭の闘技大会に出るのでしょう? 体調管理も剣士の務めです。当日は私も応援に行きますからね」
優しく微笑む顔を見ると、少女も自然と笑顔になってしまう。優しい母親に守られた子供のように。
「はい。ありがとうございます、学院長」
学院長は静かに寮を出た。手を振って見送ったが、突然少女の頬に雫がつたった。
「あれ……? これ、なんだろう……?」
To be continued
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