【1-5c】俺の世界

 鉄幹がまるで敵意のような鋭い眼差しで尋ねると、アーサーと呼ばれた少年はため息をついて、


「こう名前が知られるのも考えものだな……」


 迅が鉄幹に知り合いなのかと聞くと、鉄幹は正面に向き直って、なんでもねぇ、と言うと、今配膳されてきた木の実ジュースを飲む。迅の前にもパエリアもどきが置かれた。


「へぇ、アンタもそれ好きなのか?」


 パエリアもどきに手をつけようとする迅にアーサーが覗き込んで来た。迅は口に運ぶ寸前で、


「え、ああ。まぁ……」


 と曖昧な受け応え。


「俺も癖になっちゃってさ。学食もいいけど、たまに食べたくなるんだ」


「そうだよ。なんでSクラス様がこんなとこにいんだ?」


 鉄幹が尋ねる。


「いや、実は実技で学院の施設破壊しちゃってさ。食堂の機材もやっちゃって……。ハハハ……」


 肩をすくめ苦笑いで答えた。すると、また迅に向き直る。


「それより、アンタひょっとして、魔王の剣の所有者か?」


 アーサーにそれを言われると、迅は食べる手をピタリと止めるが、


「一回見たし、何するわけでもないから気にしなくていい」


 屈託のない笑顔でそう言われると、迅は頷く。アーサーは注文していた迅のものと同じパエリアもどきがテーブルに届くなり、ガツガツと口にかっこみ始める。


「いやぁ、これこれ。なんかウマい感じのが醸し出してる、みたいな」


「食レポ下手くそかよ……」


 鉄幹がボソッと呟く。迅は大皿の半分ほどになったパエリアもどきを匙一杯ですくって口に含んで味わった。


「俺も貝のダシが効いてる、くらいしか言えないけど、これ好きだよ」


「あー、そうそう! そんな感じ! この味がわかる奴に悪いやつはいないよな〜。まぐまぐ……」


 アーサーは夢中になってパエリアもどきを食べる。無邪気な姿に迅も思わず口元が綻びる。


「なぁ、アーサーさんよぉ」


 鉄幹の呼ぶ声に構わず、アーサーはパエリアもどきを頬張る。鉄幹は眉間に皺を刻み、


「お前、日本人だよな?」


「!! ンンッ!! ン〜ンン!!」


 アーサーは顔を青くして喉元を押さえた。そんなアーサーにマスターは何も言わず、コップ一杯の水を出してくれた。水を飲んでなんとか落ち着いたらしい。


「ハァ……、ハァ……。こんな死に方笑えない……。で、なんだって……?」


「Sクラスのアーサー様は、地球人で、日本人だろ?」


「いや、鉄幹。『アーサー』って名前だし……。地球人でも、日系のアメリカ人とか……」


 迅がそう言うが、鉄幹がなんの装飾品も付いていないシャツを見せつけると、迅も黙ってアーサーを見つめる。


「ブローチ、さっきエマに預けてみたんだけどよ、お前日本語喋ってるよな? ふつーに言ってること分かるわ」


 読心のブローチを外せば翻訳の効力はなくなり、聞こえる周りの言語は全て元々話している言語になる。そんな鉄幹がアーサーとコミュニケーションをとれるということは、アーサーが日本語を話していないと成立しないということ。


 アーサーは俯いてしばらく口を閉ざす。迅の呼びかけにも応えず、やがて、


「もう、関係ないだろ? 俺にもアンタらにも」


「関係ないって、アーサーは地球に帰らないのか?」


 迅が尋ねるが、アーサーは迅に顔を合わせることなく、食べかけの皿を見つめる。


「俺は、帰るつもりはない。もともと、故郷に未練なんてないんだ」


 一息おいて続けた。


「俺はろくでもない両親の間に生まれて、親戚をたらい回しにされてきた。中傷もしょっちゅうだ。加えて俺には何の才能もなかったし、このままなんとなく生きていくのかなって思ってた」


 淡々と語るアーサーの言葉に迅も鉄幹も何も言わなかった。アーサーは迅に向き直って、


「でも、この世界は俺を必要としてくれた。できることがあるって教えてくれたんだ。だから、この世界が助けを求めていたら、俺はそれに応えたい」


 そう意を言葉にするアーサーの目は輝いていた。そんなアーサーの言葉を否定することもなく、迅はただ首を縦に振った。


「そうか。居場所が見つかったんだね」


「ああ、アンタはどうなんだ? アンタもセフィロトに呼ばれて来たんだろ?」


 迅は俯いて少し考えると、


「……。俺は、人を探してるだけだよ。元の世界に戻れたら、帰るつもりさ」


「帰るって、元の世界に、未練とかあるのか? 探してる人が見つかったら、ここで暮らしていくこともできるのにか?」


「それは……」


 アーサーの言葉に迅は反論しなかった。


 地球で、日本で自分に向けられる悪意。それから逃れられるなら、仲間とも出会えたこの世界なら、とも考えた。


「おい、迅……」


 鉄幹が声をかけた時だった。


 ドアが勢いよく開けられる。開けたのは甲冑を纏った騎士だった。外が騒がしく、時折悲鳴が聞こえてきた。


「セフィロトから魔族が召喚された! 戦えない者はすぐに避難を……!」


 迅や鉄幹だけでなく、客として来ていた男たちが立ち上がり、武器や防具を身に着けて、不敵な面持ちで


「誰が戦えないって?」「オレの出番はあるか?」「腕が鳴るな……!」


 客のほとんどが店を出ていき、残ったのは迅や鉄幹、アーサー、後はマスターやウェイトレスのみとなった。


「聞いたでしょ? お代はツケといていいから、早く帰りなさい」


 ウェイトレスがそう言い聞かせると、促されるがままに店から締め出された。


 この狭い路地でも逃げ惑う者や、武器を携えて走る者たちで騒々しい。


「ジン! テッカン!」


 クロエの手を引いたイリーナが駆け寄ってきた。クロエの目に涙が浮かんでいる。


「セフィロトが魔族呼んだって?」


 鉄幹が聞くとイリーナは頷く。


「騎士とか学院の人たちがなんとかしてるらしいけど……」


 イリーナが状況を話していると、アーサーがメインストリートに向かって歩き出す。


「アーサー、行くの?」


 迅が呼び止めると、背中越しに迅を見やる。


「アンタ名前は?」


「……。照木迅。アーサーは……」


「米原切雄」


「え?」


 迅に振り返り、


「別に。もう意味のない名前だ。これからは『アーサー』として、俺は戦う」


「あ……!」


 再び呼び止めようとするが、ケープを翻して走り去るアーサーはすぐ路地から姿を消し、迅は立ち尽くした。


 クロエはアーサーの背中を目で追って呟いた。


「よねはら……? きりお……?」


「ジン、アタシたちに出来ることをしましょ!」


 イリーナに強く言われ、迅は握りこぶしを作って強く頷いた。


「出来ることってどうすんだよ!? 学院の奴らが戦ってんだろ!?」


 鉄幹が尋ねると、イリーナは首を横に振って、


「そうだけど、『アレ』もどうにかできるものなの?」













 巨大な鳥だった。


 カラスのような黒い羽毛に、鶏冠や流れるような長い尾羽、そして空を覆うような巨大な翼は燃えるような朱色に染まっている。鋭い嘴や足爪を持つそれは、騎士の鎧をえぐり、肢体をいとも簡単に食いちぎってしまった。


 空を舞い飛び、振り落ちる朱色の羽根が地に落ちると、空気を振動させたかと思いきや爆発して建物を吹き飛ばしてしまう。


 空を飛んでいるものだから、剣術を得意とする剣士たちには手も足も出ず、魔法を当てようとしても空中で身を翻し、羽撃きで消し飛ばしてしまう。


 セフィロト前の広場で大樹に近づけず、騎士や学院の生徒教官たちは手を焼いていた。


 そこにメインストリートから現れた人影に一同は目を奪われる。


「アーサーだ……!」「来てくれたのね!」「ここはあいつに頼るしかないか」「待ってました!」「アーサー!!」


 自分を呼ぶ声や喝采に口が綻びる。左手の赤い光から剣を抜いた。


「行くぞ……! コールブランド!!」


 豪奢な剣を一振りして、巨鳥を見据える。


「アーサー!」


 剣を携えたアナスタシアとギネヴィアがこちらに駆け寄ってきた。


「アーサー! 樹の前に……!」


 ギネヴィアが指を指す大樹の目と鼻の先。凝視すると、二人の女の子の影がお互いを抱き合い、縮こまっていた。


「俺は鳥の注意を引く。そのスキに二人はあの娘たちを」


「アーサー、頼りにしています……!」


 アーサー、アナスタシア、ギネヴィアはお互い目を合わせて、頷きあう。


 アナスタシアとギネヴィアは大樹に向かって走り出した。二人に向かって巨鳥は降下するが、アーサーの剣先から放たれた紫電の光線に阻まれる。


 巨鳥は甲高い雄叫び声を上げてアーサーを睨み、アーサーはコールブランドを構えて一人巨鳥と相対する。


「俺が……、この世界を守る!!」













 ダートの城下町は巨鳥が落とす爆ぜる羽根によって被害を受けていた。


 迅たちは怪我によって逃げ遅れた人々を王都の外へ避難させ、自分たちも馬車で集落に帰ろうとしていた。


 迅がセフィロトの周りを飛び回る鳥の影を眼鏡のレンズ越しに見据える。空の轟雷が閃くと、鳥の影は力なく地上へ落ちていった。


「アイツの力だ。アイツにかかりゃこの騒ぎもすぐに片付く」


 鉄幹が後ろから話しかけてきた。


「しかし、『アーサー』が偽名とはな」


「……。偽名なら、もしかしたら……」


「ああ。お前の先輩も偽名で紛れてっかもな」


 アーサー、米原切雄に聞きそびれたこと。伊吹ひかるは学院にいるのか。迅にはそれが気になって仕方なかったが、鉄幹が肩に手を置く。


「今はずらかろうぜ。あの剣士様のとこにいりゃ、命はどうってことねーだろ」


「……。そうだね」


 後ろ髪を引かれながらも、鉄幹に諭され、迅は馬車に乗り込んだ。







To be continued

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