【1-5b】迅の秘密

 昼食を済ませると、迅たちは自由行動となった。


 突然、後から鉄幹が背中を叩いてきて、肩に肘を置く。


「よっ! この後暇か?」


「え? あ、まぁ……。」


「そういや、もうすぐ馬車の時間だしさ、別の班に捕まる前に王都行かね?」


 鉄幹の誘いに迅は少し悩むが、


「あら? どこか行くの? アタシもいい?」


「……」


 イリーナと、その後ろにクロエ隠れてこちらを見ている。


「あー……、男同士オンリーで考えてたけど、お前どうする?」


 迅に決定権を委ねられたが、その場の空気を読んで了承した。













「…………」


 馬車の中は沈黙していた。


 迅の隣に鉄幹。迅と向かい側にイリーナ。イリーナの腕にしがみつき、斜めから迅を警戒するクロエ。


「あー……、その、なんだ……」


 と、鉄幹があやふやに沈黙を破ってみる。クロエの視線にやられて俯いている迅に話を向けた。


「ぶっちゃけ迅よぉ。お前気絶したらなんであんなキャラに変わるわけ?」


「え? ああ……。やっぱり、なんかやっちゃったんだ……」


「やっぱり……? というか、デリケートな話なんじゃないの?」


 イリーナが遠慮がちに尋ねたが、


「いや、皆に迷惑かけたなら、話す義務はあるさ……」


 迅は少し考えて一息吐くと侘しく話し始める。


「俺は、解離性同一性障害ってことになってるんだ。二重人格ってやつだよ」


「二重人格だ……? それであんな……?」


「昔よくあってさ、多分気絶するとそうなるんだと思うけど、いつの間にか窓が割れてたり、誰かが怪我してたり。それをいつの間にか俺のせいにされたりして。俺はなんの覚えもないんだ。でも、先生の前だったこともあるし、血のついたカッターなんか持ってるときもあったから……」


 迅が言葉を紡ぐにつれて、俯き、その言葉は震えていく。


「分かった、迅。それでいい。悪かった」


「い、いや……。むしろ、悪いのは俺なんじゃないかな……? 多分、クロエにも何かしちゃったんだろ……? ごめんな……。ホントに……」


「やめろ」


 鉄幹が語調を強くして止めるが、迅は構わず無理して進める。


「でも……、気絶したときだけじゃないみたいなんだ……。でも……、それがなんなのか……分からなくて……。人に迷惑かけるから……保健室登校を……」


「やめろっつってんだろ!!」


「!!」


 鉄幹が声を荒げると、迅は止まった。大声に御者の青年が窓を開けるが、なんでもないと言って窓を閉じさせた。


「テメエでテメエを傷つけるやつがあるか。お前みたいなやつはな、我慢した分これからも迷惑かけていいんだよ」


「……。皆を殺すかもしれないのに……?」


「じゃあ、そん時はオレが止めてやるよ。言っだろ? お前は相棒だ。そんくらい、ワケねぇよ」


「じゃあ、アタシもジンの相棒になる」


 イリーナが手を上げて迅にそう言うと、鉄幹は目を丸くする。


「お前、女が男の相棒って……、そういうことか……?」


「は? なによ、そういうことって。ジンのことアタシも守るって言ってんの」


「だってよ、迅。ていうか、この前はオレらで止めれたんだ。今でも迷惑かけるって思うなら、代わりにオレらのこと信用しろよ」


「信用……か……」


 鉄幹たちに諭され、迅はそう呟く。声の震えは引いていた。顔を上げて、鉄幹たちを上目がちで見る。


「人格のことは、いつかなんとかする。それまでは迷惑かけても……」


「いいともー!」


 イリーナが右拳を上に突き上げる。


「オメェ、なんでそれ知ってんだよ? あと、あれ随分前に終わったかんな」


「ウソー!?」


 イリーナがけたたましくショックを受けるなど、地球の少年少女たちが盛り上がる端で、クロエがイリーナの腕にしがみつき、眼差しでイリーナに訴えると、イリーナや鉄幹は言葉に詰まった。そんなクロエに迅はクロエと視線を合わせて、


「クロエ。今すぐ俺のことを信じなくていい。でも、クロエが安心できるように俺も変わっていくから」


 迅が真摯な眼差しでクロエにそう言うが、クロエは警戒を解かなかった。そんなクロエをイリーナが抱きしめ、頭を撫でて機嫌をなだめる。













「うーん……! 着いたー!」


 4人が馬車を降りると、イリーナは伸びをする。


 王都ダートのメインストリート。真っ直ぐ王城や天にそびえるセフィロトまで延び、王城に突き当たるまで道を阻む障害物はなく、様々な種族の人間が行き交う。


「こうやって見ると、いろんな種族がいるのね」


「わたしと同じ人いる?」


 イリーナやクロエも辺りを見回しては、地球の人間ではない姿の人を物色する。


「お前ら、時々睨まれっから止めとけ。つーか、これからどうすっかなー」


「え? なに、ノープラン?」


「別の班に捕まるのがダルかったんだよ。強いて言うなら、プランを探すのがプランみてーな……」


「ちょっと男子〜、女は行き当たりばったりの男が嫌いなんだからね」


「じゃあなんでついてきたんだよ……?」


 鉄幹とイリーナのいがみ合いに迅がまあまあ、と間に入る。


「じゃあ鉄幹、この前行った店。ディートリッヒだっけ? あそこのパエリアもどき、また食べたいんだけど」


「いや、お前昼食っただろ……?」


「鉄幹……。皆は知らないだろうけど、昼の分はさっきそこにぶちまけて胃が空なんだよ……」


「オメェ、きったねーな……。案内はしてやるからちょっと離れとけよ」


「えんがちょ、えんがちょ!」


「クロエ、君の世界でもそれあるんだね……」


 後ろに少し離れた迅を連れて街中を歩く。


 『薬屋』や一般の冒険者向けの武具を扱う『武具店』、ディートリッヒ以外の『酒場』や『宿屋』など、RPGをやる人間には親しい店がこの異世界という現実に並んでいた。


「つーか、冒険者ってみんなトリックスターだろ? 霊晶剣持ってんのに普通の武器なんていらねーだろ?」


 鉄幹が疑問を口にすると、後ろの迅が応える。


「オルフェさんが言ってたけど、霊晶剣に適応しない人もいるし、霊晶剣に選ばれたとしても王国の戦力として管理されるから、それが嫌って人とかも冒険者になるらしいよ」


「それか、トリックスターの子孫で剣を受け継げなかったりとか、異世界に来た時は子供だったから剣を持ってないとかっていう人もいるみたいね」


 イリーナが迅の説明に補足を加える。


 メインストリートから外れた路地に入ると、所謂『大人の店』が並ぶところを鉄幹が凝視していたが、クロエの目によろしくないとイリーナに襟を掴まれて通り過ぎた。


 たどり着いた酒場ディートリッヒは昼間から冒険者たちによって賑わっていた。


 ガハハと豪快に笑い、昼酒を喉に流す大人たちにクロエはイリーナの真後ろに隠れてしまう。


 見かねたイリーナはクロエと別の店を見ると言って一旦別れ、鉄幹と二人で入ることになった。


 この世界では青年扱いという18歳の鉄幹が同伴していたので、迅もカウンター席に通され、例のパエリアもどきを頼むことができた。鉄幹は木の実ジュースをオーダーする。


「鉄幹、酒飲まないんだ?」


「ん、まぁ、飲んだことはあるけどよ、あのニゲえのはオレには合わねぇわ」


「意外……」


「何がだよ」


 パエリアもどきを待つ間、そうしてなんでもない話をしていると、ウェイトレスが入り口の方で、


「ねぇ、君。地球人だよね? 地球人の18歳未満は入っちゃダメなのよ」


 二人がそちらに振り返ると、白いケープの男子学院生が入り口で足止めを食らっていた。黒髪に子供らしさが抜け切っていない端正な顔つき。その姿を見て鉄幹が目を見開く。


「アイツ……!」


 鉄幹が立ち上がろうとするが、客の男たちが「ガキは母ちゃんの乳飲んでな!」やら「エマちゃん困らせんじゃねーぞ!」やらとおちょくる。少年は物怖じせず店内を、更に言うと迅を見つけるなり視線を送ってくる。


 迅は訝しげに少年を見やると、鉄幹がウェイトレスに向かって、


「エマ、わりぃ! そいつオレの知り合いだ! 呼んでたの忘れてた!」


 鉄幹の言うことを聞いたウェイトレスは少年に確認を取ると、微笑んで頷き、店内に入って行く。


 カウンターの迅の隣の空席に座り、迅を挟んで隣の鉄幹に、


「ありがとう。口がここのパエリアの口になってたから引き下がれなくてな」


「お前、アーサーだろ? Sクラスの」

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