【6章】同じ二人

【1-6a】大人のトビラに触れるとき……

 お宝探し。子供の頃は誰もがロマンを感じただろう。男の子もその例外ではなかった。


 ほとんどの大人たちも就寝で静まり返った夜。男の子はこっそり家を抜け出して、とある場所へ赴く。


 最近、悪いことばかりが起きると言われている神社。その秘密を突き止めようと意気込んでいた。


 神社の境内に入ると、女の子が待っていた。この神社に住んでいる女の子で、一緒にお宝探しをしたいと言って、宝物殿の鍵を持ってきてくれた。


 解錠した宝物殿の扉を恐る恐る開け、持ってきた懐中電灯で中を照らしてみると、祭りで使う太鼓などの道具がしまわれていた。


 その中でも男の子が目を引いたのは、壁に飾られていた一本の青い刀だった。


 箱を積んで高い所に置かれていた刀を手にする。女の子が大丈夫かと心配するのを他所に、男の子は目を輝かせて刀を鞘から抜こうとするが、簡単には抜けず、持てる力を使って刀を引き抜く。


 そのときだった。


 刀から黒いモヤが立ち、それはやがて大きな人の形を成し……。


 男の子の意識はそこで途切れた。













「じん……! おい、迅! おーきーろ! 迅!」


 体を揺らす体感と自分を呼ぶ声で、迅は目を覚ました。


 凪ぐ風が冷たい。迅は外の倒木に腰掛けていた。うなだれていたらしく、ずり落ちそうな眼鏡を元に戻す。


「お前も居眠りすんだな。オレの気持ちが分かったろ?」


 隣に座って寝起きの迅を笑うのは鉄幹。寝起きのせいか、そんな鉄幹に若干苛立ちながら、目を擦り、鼻で空気を取り入れると頭が働き始めた。


 ここは集落の出入り口から少し外れた開けた場所。定期的にここへ来る場所が停留する場所だ。


 自分たちより少し離れた所で、霊晶剣を持ったイリーナとクロエがオルフェから教えを受けている。


「う〜ん……! えい! カラドボルグ!」


 クロエが少し離れた大岩に向かって叫ぶと、オレンジ色の魔法陣が目前に展開され、大岩の近くの地面から小さい鉄の棘が現れるが、先端が刺さったところで止まってしまう。


「うん。イメージは問題ないね。あとは発動のタイミングがちょっと遅いかな。そうだね……。イメージが頭に出来上がって、1・2の3! のタイミングでやってみようか」


 オルフェの教えに素直に頷くクロエ。次は鉄の棘が大岩に刺さり、亀裂を入れた。


「どう? どう?」


「クロエすごーい! もにゅもにゅ〜!」


「や、やーぁ! これ変な感じするぅ〜!」


 イリーナがクロエの成功を喜びながら、クロエの獣耳をモミモミするが、クロエは困った顔をしている。


 今日の授業は霊晶剣を使った魔法の実技だが、剣を上手く使えない迅と鉄幹は見学で暇を持て余していた。


 鉄幹が頬杖をついて、


「なぁ、迅……。オレらってスマホ持ってなかった時ってあったか……? ガキのとき、何して暇潰ししてたっけ?」


「う、う〜ん……。よく覚えてないかな……」


「だよな〜」


 スマホはもうバッテリーが切れて動かない。電気の魔法があれば動くとか、おそらくはそんな単純なものではないだろう。


 こうして暇があるとき、やっていたことといえば、昼寝をしたり、近くの湖で水切りしたり、手作りの双六やオセロで遊んだくらいだ。




『帰るって、元の世界に、未練とかあるのか?』




 ふと、アーサー、米原切雄が言っていたことが頭によぎる。


「あのさ、鉄幹。鉄幹は元の世界に帰りたいと思う?」


「あたりめーだろ。スマホもゲームもないとこに長居なんかできるかよ」


 迅が尋ねると、鉄幹は即答した。


「そっか……」


 離れた場所でイリーナが魔法を発動すると、空から降ってきた水でイリーナもクロエもオルフェも水浸しになっていた。


 そんな様子をクスッと笑う迅に、鉄幹が詰め寄って、耳を貸すように言われた。なぜかニヤけている。


「この前王都行ったろ? そこにさ、色町あったんだよ」


「いっ!?」


  シーッ、と注意され、オルフェたちがこちらを見ないのを覗って、迅は声を落として話す。


「色町って……、ふ、風俗街……だよね……? 俺、16なんだけど……」


「いや、この世界じゃ16なら合法だ……!」


「!! 酒は18からなのに……!?」


「つまり……、もう分かるだろ……?」


 ニヤつく鉄幹の提案に、迅の目が慌ただしく泳ぐ。顔に凪ぐ風が先程より涼しく感じた。


「で、でも……俺は先輩が……。それに……、お金かかるよね……?」


 迅の肩に鉄幹は肘を置く。


「わーってる。オレも金はねぇ。けど、社会見学くらいいいだろ……?」


「あっ……、あ……ぁあ……」


 喉から謎の声が漏れる。唖然とした。色恋に関しては、ただひかるの姿を追うだけだったが、鉄幹が口にしたことで『未知の扉』に触れてしまった気がした。


「腹を括れ……! これ終わったら馬車に乗るぞ……! へへへへ……」


 ニヤつく鉄幹と挙動不審な顔の迅をイリーナは遠目で見る。


「なにかしら、男だけで気持ち悪い」













 昼食が終わった後、定期便の馬車に揺られ午後2時半ごろ。 


 馬車から王都の地に足を下ろす。まるで初めてその地に降り立ったような感覚だった。メインストリートを歩きながら鉄幹に言う。


「鉄幹、まずは先輩探しだからね?」


「わーってる。お楽しみは最後に取っとくもんだからな」


「そういう意味じゃないんだけど……」


「ハーイ! もうすぐ『剣聖祭』が始まるよー!」


 と呼びかけて、ビラ配りをしているおじさんが差し出したビラを受け取った。ビラを覗く鉄幹が首を傾ける。


「『剣聖祭』? どっかで祭でもあんのか?」


「なんだい? アンタらトリックスターか? 来月ケテル共和国で闘技大会があんだよ」


 ビラ配りのおじさんが教えてくれたが、鉄幹の顔からはてなが消えない。


「ケテル共和国? 外国か?」


「ここから西に、海を渡った所にある国だよ。そういえばオルフェさん、学院の引率で行くって言ってたね」


 オルフェの授業を聞いていた迅が教えてあげた。『闘技大会』と聞いても鉄幹は興味を示さなかったのか、つまらなそうな顔でおじさんの元を通り過ぎた。


「鉄幹、祭嫌いなの?」


「いや。嫌いじゃねーけど、オレは戦えねーし。海外もめんどいからな……」


「……。外国か……」


 迅がそう呟いて少し俯く。鉄幹はその影がある顔を覗う。


「迅?」


「いや。もしかしたら、先輩はここじゃなくて外にいるのかなって……」


「……」


 迅が呟く可能性に鉄幹はすぐには反論できなかった。トリックスターの召喚には稀にクロエのようなダートの外に召喚されてしまう事例もあるとオルフェから聞いたことはあった。少し息を吐いて、迅の肩に手を置く。


「お前が信じなくてどうすんだよ? トリックスターはだいたいここに呼ばれんだろ? なら、徹底的に洗うぞ。オレも付き合ってやるよ」


 顔を上げた迅は、不安そうな顔で鉄幹を見た。鉄幹の目は真っ直ぐ人の顔を見ている。


「鉄幹……、なんでそこまでオレに……」


「あ? オレか? オレは……」


 言葉を躊躇して、迅の肩においた手を離す。両手を後頭部で組んで話し始めた。


「オレには、いいとこがねぇからな。何でも中途半端だし。人に親身になってやれるくらいしか、オレにできることはねぇよ」


「そんな、鉄幹には……。ええっと……」


「ハハッ! フォローはスッと言えよ」


 言葉に詰まった迅の頭を払うように平手で軽く叩いた。迅は半分申し訳なさそうに、半分笑いながらゴメンと言う。


「でも、俺も俺のいいところはよく分からないな。体力なんて子供以下だしさ」


 そう嘲笑してみせる迅に鉄幹は、


「じゃ、オレらは似たもの同士ってこった。つーわけで相棒の嫁探し、付き合ってやんよ」


「よっ、嫁ぇ!? 別に先輩は……」


 迅のリアクションに鉄幹は悪戯っぽくニヤける。


「おーいおい、迅く〜ん。まさか遊びのつもりか〜? おーん?」


「鉄幹〜……」


 寄り付いてからかう鉄幹を言われたことに困惑しながら押し退ける迅であった。

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