24 市街地戦

「おいおいおいおい。冗談じゃねえぞ」


 先ほどから断続的に襲ってくる振動にジェイクは顔色を亡くす。

 

 狙われている。

 過去の軍役から判断できてしまうのが不運だった。

 

 通常ASIDの習性としては人の多い場所を狙う。

 移民船団においては、船団旗艦であり首都でもあるメインシップが狙われることが多い。

 当然、防衛設備もそちらに傾く。

 護衛艦隊の布陣もその前提で動く。

 

 中途半端な位置にあるシップ5が真っ先に狙われるというのは想像の埒外。

 更には自分のいるシェルターを狙って来るというのは最早悪夢だった。

 

 幸いと言うべきなのは、一息に吹き飛ばしてしまうつもりはないことだろう。

 慎重に、だが着実にシェルターの外壁を削ろうとしているのが分かる。

 

 天井から落ちてくる粉末と化した構造材。

 それが意味することにジェイクは頬をひきつらせた。

 

 よりにもよって真上である。


「くそっ、嬢ちゃん。走るぞ!」


 ちょっとでもその破滅から遠ざかろうとジェイクは澪の手を引いて走ろうとする。

 だが澪は外部の光が差し込み始めた穴を見上げて動かない。

 

「おい、嬢ちゃん!」

「なあに?」

 

 じっとその視線は頭上に。

 ついに貫通した外壁から、人型ASIDが姿を現す。

 あっと言う間に同じフロアに居た人間が逃げ去っていく。

 その逃げっぷりはいっそ惚れ惚れとする程だった。

 

 ジェイクと澪だけが取り残される。

 

 空いた穴から伸ばされるASIDの手。

 何を思ったか澪はジェイクの腕をすり抜けてそちらへと歩いて行ってしまう。

 

「おい、馬鹿、そっちへ行くな!」


 その背に手を伸ばすが届かない。

 変な所で物怖じしない子供だと思っていた。

 まさかこのタイミングでその行動力を発揮されるとは思わなかったジェイクは虚を突かれる。


「おー」


 感心しているのか何なのか。

 いつも通りの声を出しながら澪はASIDの手をペタペタと触る。

 ジェイクが連れ戻そうとするよりも早く、ASIDの手が澪をそっと包み込んだ。

 

「飛び降りろ!」


 叫ぶも間に合わない。

 そのまま腕を引き抜かれて人型ASIDは姿を消す。

 

「クソっ」


 咄嗟に動けなかった己の足に拳を叩きつけながらジェイクは何をすべきか考える。

 だがただの飯屋の店主である自分に出来ることなど、この状況ではなかった。

 

 そしてその悩みすらも吹き飛ばそうと次の動きがある。

 

 再び光を遮る影。

 それが人型ASIDの持つ何か――銃口によく似た穿孔部を見てジェイクは頭が真っ白になる。

 逃げなければ。そう思っても身体が動かない。

 

 久しぶりに間近で見るエーテルの輝きに、その身が焼かれそうになった瞬間。

 唐突に人型ASIDが姿を消した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 シップ5へと突入した仁が目にしたのは異常な風の吹き荒ぶ市街地。


「空気が流出しているのか……?」


 恐らくは侵入したASIDの一群であろう。

 仁の様にエアロックを通らずに来た集団の開けた穴は、移民船の空気を次々と奪っていく。

 幸いと言うべきか。

 シェルターは個別の空気を持っているし、移民船自体が持つ空気も膨大だ。

 一時間程度はまだ空気は持つだろう。

 

 それよりも侵入したASIDの姿を探す。

 見つけたのは飛び去ろうとする人型ASIDの一団。

 そしてシェルターに銃の様な物体を差し込んでいる一体の人型ASIDだった。

 

 この位置で撃墜すれば爆風がシェルターの中を焼く可能性がある。

 咄嗟にそう判断した仁はウェポンラックに取り付けてあったシールドを掲げて、勢いを殺さぬままに突撃する。

 

 全力のシールドチャージ。

 互いのエーテルコーティングが干渉しあい、シールドが嫌な音を立てる。

 それに構わずに仁は機体を更に押し込んだ。

 相手のエーテルに競り負けたシールドが真っ二つに割れる。

 

 シェルターから引きはがすことに成功した仁は半分になったシールドを投げ捨てる。

 下敷きになった自動車がスクラップに姿を変えた。

 

「推定リアクター出力……こちらの十倍以上。やっぱり連中の中でも精鋭か」


 大体予想していた通りだ。

 その程度ならばいくらでも戦いようはある。

 それよりも問題なのは、今まさに離脱しようとしている内の一体。

 

「冗談……クイーンクラスじゃないか」


 ASIDは女王ASIDを頂点とした群れを形成している。

 その群れの頂点であるクイーンタイプ。

 それを撃破すれば、そこに属する群れの全てのASIDが停止する。

 

 弱点であると同時にその群れで最も強い個体。

 

 それがクイーンタイプ。


 仁のレオパードが捉えた推定出力は自機の二十倍近い。

 1000ラミィという数値は正しくクイーン級だ。

 黒い、騎士めいた風貌。

 だが離脱してくれるというのならば文句はない。


 レオパードのライフルが人型ASIDを照準する。

 外観から武装だと察したのか。

 銃口から逃れる様に動く人型に仁は舌打ちを一つ。

 

「鈍っているな」


 決して追えない速さではない。

 むしろ人工的に再現された重力下では宇宙空間の様な無茶な速度は出せないので遅いくらいだ。

 

 問題は仁自身もその重さに慣れていない事。

 重力下での戦闘など実戦でもほとんど経験が無い。

 機体の手足に絡み付く重力が煩わしくて仕方ない。

 

 それでも次第に身体が馴染んでくる。

 無駄撃ちはしない。

 確実な照準。そう判断した仁はトリガーを引き絞る。

 

「1つ」


 極限まで収束されたエーテルの弾丸。

 最早針と見紛うほどのそれは仁の期待を裏切って微かな弧を描く。

 微妙に狙いが逸れた弾丸は人型の頭部ではなく、首筋を貫いていく。

 

 相手のエーテルコーティングを貫通できるだけ細く研ぎ澄ました弾丸。

 反面、その効果範囲も針の様に細い。

 的確に相手の弱点を射抜かない限りはまともなダメージを期待できない。

 

「重力の影響か」


 忌々しいとばかりに吐き捨てる。

 一発で敵を仕留められなかったのは仁にとっても久しぶりの経験。

 

 続く第二射。

 今度は補正された照準で、頭部を貫く。

 損傷としては非常に軽微。

 だがその一撃はASIDをASIDとして存在させる重要器官――プロセッサーを撃ち抜いていた。

 

「……二発でダメか」


 たったの二発。

 それだけで限界を迎えたエーテルライフルを見て仁は溜息を吐く。

 整備士が忠告してくれたように、今の機体は仁専用に調整されたレイヴンではない。

 標準規格品では仁が求めるような無茶なエーテルの収束に耐えられなかったのだ。

 

 むしろそれを予想していたからこその過剰な武装である。

 

 残り八体はこちらを襲うつもりはないらしい。

 背を向けずに警戒しながら離脱していくのを仁も見守った。

 

 いくら何でも八対一は分が悪い。

 都市部で乱戦となれば、流れ弾でシェルターに被害が出るかもしれない。

 引くというのならば、引かせようと仁は考えたのだ。

 

 仁も警戒しながら相手を監視する。

 そのレオパードの足元に駆け寄ってくる影。

 

 どこの馬鹿だと思った仁は相手を見て思わず外部マイクとスピーカーをオンにしていた。

 

「何やってんだジェイク! 危険だ!」

「すまねえ仁! 嬢ちゃんが攫われた!」


 その言葉を理解するのに仁は数秒を要した。

 それだけ衝撃的で理解しがたい内容だった。

 

「攫われたって……誰に!」

「あの、真ん中の奴だ!」


 ジェイクの指さす方向。

 そこには移民船の外壁へと向かう人型の一群。

 最も危険だと判断したクイーンクラスをジェイクは示していた。

 

 ジェイクに礼を言う暇も惜しんで。

 仁は追撃を開始する。

 

 疑問はある。

 何故澪が攫われたのかというのはその筆頭だ。

 

 だがそんな物よりも何よりも。

 このまま行かせるわけには行かない。

 その思いが仁を突き動かす。

 

「逃がさない!」


 焼け切れたライフルを投げ捨て、新たなライフルを手に取る。

 

 カメラは最大望遠。

 クイーンクラスの掌の中でしがみ付く澪の姿を捉えた。

 

 照準。

 狙うはクイーンクラスの頭部。

 一撃で仕留めて澪を奪還する心算の仁の前に、離脱しようとしていた人型ASIDが立ちふさがる。

 

「こいつら……!」


 この場に残るのは五体。

 クイーンクラスを含む三体は尚も離脱しようとする。

 

 この人型ASIDが何を考えているかは分からない。

 ただ確かな事は、あのように掌で包んだだけでは宇宙空間に出た人間は耐えられないという事。

 

「逃がさないと言った!」


 右手にライフル。左手にエーテルダガーを握る。

 針路を塞ぐように陣形を取る五体を見て仁は歯噛みする。

 

(やはりこいつら、知能が高い!)


 人型であるからか。はたまた別の理由か。

 研究者ではない仁には定かではないが、人型ASIDの知能は高い。

 

 ただ猪突猛進を繰り返すミミズ型よりも遥かに高度な連携。

 突入前に潰した三機はばらばらに攻めて来たのでまだ御しやすかったのだと理解させられる。

 

 こうして攻めあぐねている間にもクイーンクラスは外壁へと近づいていく。

 多少危険でも強引に攻めるしかないと仁は判断した。

 

 ここで逃したら。

 また失ったら。

 

 その先を仁は考えたくない。

 

 恐怖に突き動かされるように、右手のライフルで牽制射を放つ。

 最初から当てることを期待していないからか、収束されていないエーテル弾だ。

 

 最初は避けていた人型ASIDも、それが命中したところで意味をなさないと気付くと回避を止めた。

 それを見て仁は嗤う。

 

「馬鹿め」


 避けないのならば今度は必殺の一撃をお見舞いするのみ。

 ライフルの寿命と引き換えに放たれた針の一撃は、正確に相手の頭部を貫く。

 

「これで2つ!」


 澪との間にある壁。

 残り四体を睨みながら仁は叫んだ。

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