25 駆け引き

 続けて二体落とした結果生じたのは、僅かな連携の乱れ。

 

(やはり動揺している)


 それは仁にとっても今日が初めての経験。

 ASIDとは何の感情も無く、無機質な視線を向けてくる存在だった。

 ただ数を頼りに一直線に向かってくる敵だった。

 

 対してこの人型達は何だろうか。

 明確な意思を感じる。

 戦いに術理がある。

 

 そして今、味方が落とされたことで動じている。

 

 これではまるで――。

 

 仁の思考が何かを掴みかけた。

 そしてすぐさまに振り払った。

 結論は既に出ている。

 敵だ。敵でしかない。

 

 扇状に展開した四体の人型ASIDがそれぞれの得物を振りかざして仁のレオパードを囲む。

 

 視線だけを飛ばしてその武装を確かめる。

 その大半は剣の様な物体と、槍らしき物。

 

 武器。それもまた特異。

 これまでのミミズ型は皆、固定武装――言い換えれば生まれ持った身体の一部を使っていた。

 人型にもそれはあるのだろうが、それとは別に自ら作り出した武器を手にしている。

 

 既に報告としては聞き、自身も見ているがこうして明るい船団内で改めて見ると驚きを隠せない。

 

 三つ又の槍。

 その両端の穂先からエーテルの弾丸が生み出される。

 

 仁は機体の脚部を崩すようにしてその攻撃を回避する。

 地面に激突する寸前で姿勢を低くして駆けさせる。

 

 地面を舐める様な走りは重力下で前方投影面積を下げる為の苦肉の策だ。

 一体の足元を狙う。

 即座に飛んでくる蹴り。

 その一撃も回避。

 横をすり抜けて背後へと回る。

 

 仁の機体は現在、防御にエーテルを殆ど割いていない。

 敵とのエーテル出力の差。

 そこから防御よりも攻撃と機動力にリソースを回すことにしたのだ。

 

 お陰で、その二つについては人型ASIDに抗することが出来ている。

 機体を錐揉み回転させながら飛ぶ。

 その最中、ほんの一瞬機体が天頂を向いた瞬間。

 

 レオパードのエーテルライフルが光を噴いた。

 

「三つ!」

 

 今しがた蹴りを放った一体。

 その後頭部を正確に撃ち抜いていく。

 この一発でオーバーヒートしたライフルを投げ捨てた。

 持ってきたライフルは残り二丁。

 

 良くて四発。悪ければ二発。

 

 まだここから先行した三体を追撃することを考えれば使い切る事は避けたい。

 腰のウェポンラックからエーテルダガーを引き抜く。

 

 刃は形成しない。

 その間合いをギリギリまで隠すつもりだった。

 

 だが、相手は過去に船団の戦力と交戦してきたのだろう。

 エーテルダガーの間合いを既に知っているような立ち位置でこちらを攻め立ててくる。

 

「やっぱりこいつらは賢い」


 ミミズ型とは雲泥の差である。

 明確な知性。

 それは戦う上で人間側のアドバンテージの一つが失われたことを意味する。

 

 だが同時に、それはもう一つの武器を人間が使えるようになったという証。

 

 フェイント。

 言葉にすればそれだけだ。

 しかし単純な突撃しかしてこなかったミミズ型はこちらの行動を予測するなどと言う事はしてこなかった。

 

 だからこそ、今人型にはその駆け引きが成立している。

 思い込み。

 それを相手に誘発させる。

 

 そんなことはあり得ないと思わせてしまえば対応が一手遅れる。

 

 例えば、レオパードの攻撃は効果が無いと思わせたり。

 

 例えば――。

 

「ふっ」


 短く息を吐いてエーテルダガーを振り払う。

 刃の形成にかかった時間は一瞬。

 

 相手はこちらが刃も作らずに素振りをしたと思ったら味方の首が飛んでいたとしか思えなかったはずだ。

 

 エーテルライフルと同様に、相手の防御を突破するために収束させたエーテルダガー。

 その刀身は最早糸の様な領域だろう。

 それ故に眼で見てもその存在は気付けない程だ。

 そして更に、その刀身は通常の三倍にまで拡張している。

 

 通常のエーテルダガーを想定していた相手には面白いくらいに嵌った。

 

 一体の首を飛ばしたのち、返す刃で逆袈裟に切り裂く。

 咄嗟に後ろに飛んだのは悪くない判断だったと仁は思う。

 

「実は更に伸びるんだこれ」


 通常の五倍の長さを持つ刀身。

 最初に見せた三倍の刀身ならば回避できたであろう跳躍はしかし、足りない。

 腹部のエーテルリアクターを破壊されて、その一体も倒れ伏した。

 

「これで五つ!」


 残りは一体。

 三度振るわれたエーテルダガーだが――今度は防がれた。

 槍の様な武器がその穂先でエーテルの刀身を弾いていく。

 その武器にエーテルを集中させているのか。

 収束した刃でも切り裂けない。

 

「見えている……? いや」


 恐らくはこちらの足運びや腕の振りから刀身が通るであろう箇所を予測して防いでいるのだと仁は判断した。

 大した腕前だと仁は舌を巻く。

 人間の尺度に収めるのはおかしな話だが、それだけの格闘技術を修めている正規兵はそうはいない。

 

 これが同僚なら頼もしいし、教え子なら将来に期待できる。

 だが敵だ。

 ただ厄介なだけだった。

 

 長さを適切なリーチに戻して剣戟を繰り広げる。

 刃と穂先がぶつかるたびに干渉しあったエーテルが火花の様に散る。

 

 1、2。

 1、2。

 心の中でリズムを刻む。

 攻防のやり取りを単調な物にしていく。

 

 無論、当たれば互いに一撃必殺。

 単調と言っても緊張感は途切れない。

 

 その中で、リズムを変える。

 振るった腕。

 それを見て突き出された人型ASIDの槍。

 

 花が咲かない。

 

 ほぼ不可視の刃。

 それが剣戟の最中に消えていた。

 迎撃の為に突き出された槍は、有るべき抵抗を失って無様に前へ流れる。

 更に一歩踏み込んで懐へ入り込む仁のレオパード。

 

 こうなるとは思っていなかった側と。

 こうしようと思っていた側。

 

 その反応には致命的なまでの差があった。

 槍を引き戻すよりも早くエーテルの刃を再形成して横薙ぎに振るう。

 

 上半身と下半身を分かたれて、槍を手にした個体も地面に沈んだ。

 

「これで6。なまじ頭が回るからよく引っかかるな」


 相手がどれだけこれまでに戦ってきたのかは分からない。

 だが少なくとも人類には母星の中で行われてきた戦争も含めれば2000年以上の戦闘経験が蓄積されている。

 その知識は確かに人間の、仁の力になっていてくれた。


 時間を稼がれたと仁は舌打ちする。

 残る三体は既に先を進んでいた。

 

 考えろと仁は頭を巡らせる。

 このままでは追いつく前に移民船の外に逃げられる。

 よしんば追いついたとしても、今と同じように二体が盾になったら残った黒騎士はただ一体、悠々と逃れるだろう。

 

 逃がさないためには――。

 

「始末書、で済めばいいんだけどな」


 侵入口を潰すしかない。

 無事だったビルの一つにエーテルライフルを乗せて、照準のブレを減らす。

 

 長距離狙撃は得意ではないが、贅沢を言ってはいられない。

 距離的には先ほど外で狙撃した時の方が長いが、こちらには重力の影響がある。

 

 人型の群れが侵入してきた穴。

 その付近にある船団の燃料系統のラインを狙う。

 じっくりと狙う猶予はない。

 黒騎士が近づきすぎたら澪を巻き込む可能性がある。

 

「先に謝っておこう。ごめんなさい」


 ここの修理を担当することになる誰かに謝意を捧げて狙撃した。

 狙い違わず撃ち抜かれた燃料系は、爆散。

 立て続けに起きた爆発は侵入口を巻き込んで崩落する。

 

 再度開通させることはそこまで難しくは無い。

 一分もかからないだろう。

 ただそれを除去しようとするのならば、今度こそ仁の狙撃が相手を射抜く。

 

 先行していた三機の足が止まった。

 

 動きを止めたな、と仁は嘲笑う。

 まだライフルは撃てる。

 燃料系よりも近いこの距離。

 外す筈がない。

 

 狙うは黒騎士の取り巻き。

 頭部を狙った一射。

 当たったと仁が確信できる物だった。

 

 しかしそれは振るわれた剣によって弾かれた。

 

 黒騎士が振るった長剣。

 それが急所を狙った一撃を弾いたのだと理解するのに一瞬かかった。

 

「仲間を庇った!?」


 それは初めて見るASIDの行動。

 過去を遡ってもそんな行動を取った個体は存在しない。

 更には今の狙撃を察知し、防ぐ剣技。

 

 エーテル量も合わせて他の個体とは違うと仁に感じさせるには十分な物。

 

 今の一射でエーテルライフルがお釈迦になった。

 残りは一丁。

 エーテルダガーは後四振り。

 

 貧弱な装備に仁は口元に笑みを浮かべた。

 頼りないと。

 

 だが同時に――。

 自分を終わりへと導いたあの巨躯を思い出す。

 

「あれに比べればマシな状況だな」


 少なくとも、戦う術がある。

 少なくとも、守りたい相手はまだ失われていない。

 

「澪は返して貰う」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る