20 襲撃の日

「さて、これから諸君らは出撃するのだが、ここで一つお知らせがある」


 出撃直前の最終ブリーフィング。

 その席で仁は口を開いた。

 

「今日の寮の夕食だが……焼肉だ」


 空気がざわつく。

 キューブフード全盛の第三船団であっても、外食の焼肉は人気だ。

 仁もこれだけはキューブフードでは代用できないと思っている。

 

「しかも今回は、食べ放題だ」


 ざわめきが大きくなる。

 船団の守り手である軍人には優先的に食料が回される。

 とは言えこのところは最低限のキューブフードばかりで、食べ盛りの彼らもフラストレーションが溜まっていた。

 三食毎日キューブフードで良いと言う仁は仁で変わり者なのだ。

 

 そこに飛び込んできた焼肉食べ放題。

 士気はうなぎのぼりだった。

 

 仁も訓練生達を送るにあたって色々と対策を練った。

 だがそれ以上に、士気を如何に下げないようにするか。

 その答えがこれだ。

 これだけ喜んでもらえると、仁もポケットマネーを解放した甲斐があった。

 

「何事も無いとは思うが、全員無事で戻ってこい」


 前半はむしろそうあって欲しいという願望だ。

 後半は祈りだ。

 誰一人欠けることなく、またここに揃って欲しいという。

 

 その言葉を受けて、全機出撃していく。

 

「滅茶苦茶疲れました……中尉、私にもその食べ放題は適応されるんですか?」

「……その内にな」


 無理難題を押し付けた軍曹の催促。

 目線を逸らしながら仁は答えた。

 隣でボイスレコーダーを弄っている整備兵の姿は見ないようにしていた。

 

 最初の二時間は平和に過ぎていた。

 初めての実機。

 緊張で隊列を崩しそうになるトラブルもあったが、それ以外は概ね問題なく哨戒が続く。

 

 このまま後二時間。

 何事も無く過ぎてくれと仁は拳を握り締める。

 

 その願いは、裏切られた。


「空間振動を検知。数……百、二百……尚も増大!」


 訓練校併設の指揮所。

 三回生と四回生の哨戒任務の為に設置されたそこで通信士が転送されてきたデータを読み上げて悲鳴を上げる。

 仁にとってもその数は余りに想定外。

 彼が前線に立っていた頃でもそんな大量のASIDの襲撃は無かった。

 

 警戒ラインの内側。

 良くも悪くも大雑把な転移方法であるオーバーライトで、これほどまでに精密な転移を実行する。

 想定外にも程があった。

 

 スクランブルをかけるが、相手の方が一手、二手早い。

 

「データ照合……人型です!」

 

 これまでの襲撃とは桁違いの数。

 

「まさか、これまでの全てが偵察と陽動だった。とでも言うのか」


 全て船団の夜間帯に襲撃してきたのもそういう物だと誤解させるため。

 ASIDの生態には分からない事が多い。

 今回の人型はそういう習性だと深く考える者が少なかった。

 

 ましてそんな戦略めいたことを考えているなどと想像した者など皆無。

 

 結果、これ以上ないくらい見事に船団側は虚を突かれた。

 

 タイミングとしては最悪。

 よりによって訓練生が哨戒任務に当たっている時に来なくても、と仁は悪態を吐く。

 

「こちらCP。臨時第一哨戒大隊オッド隊長。数が余りに多すぎます。一時後退を」

『分かっている! 各機、速やかに後退だ! まともに遣り合っても戦いにならん!』


 四回生を臨時で率いる小隊長へ仁は後退を促す。

 向こうもそれは百も承知だろう。

 焦ったような声が返される。

 

「護衛艦隊は?」

「旗艦ゲイ・ボルク以下、全艦緊急発進。防衛線の構築を開始しています」


 不意を打たれたにしては迅速な対応だ。

 だが人型による襲撃はつい数時間前。

 損傷のほとんどはまだ未修理だろうし、補給も全ては完了していないかもしれない。

 

「訓練校格納庫も臨時の補給所として機能することになる。整備班に準備急がせろ!」


 この訓練校で実戦経験者はそう多くはない。

 最も現役に近いのは仁というレベルだ。

 

 自然、彼が周囲に指示を出すことになる。

 

「それから損傷機体が緊急着艦する可能性が有ります。消火班の準備も」

「分かりました」


 後はこの指揮所がそのまま前線部隊の臨時指揮所に移行するかどうかだが、それについては船団司令部からの通達を待つしかない。

 

「……敵群。展開していきます。船団を包囲するつもりの様ですね」


 メインモニターに表示された船団周辺宙域図。

 そこに赤い光点が大量に広がっていくのが見える。

 

 それは幸いにも、四回生達の臨時第一哨戒大隊を囲むような形ではない。

 後退する余裕は十分にあった。

 

 その一つ一つが人型ASIDだとすると、その数は万近い。

 船団のアサルトフレーム、レイヴンやレオパードの総数とほぼ互角。

 問題は、その戦力差だ。

 

 最新機であるレイヴンでさえ単純なスペックでは劣る。

 推定された人型ASIDの平均的な戦力。その比率は1:3とされる。

 つまり単純に三倍の数で互角という事だ。

 

 後は護衛艦で如何にその穴を埋められるか。

 

「っ! 敵陣後方よりエーテル反応増大! 砲撃来ます!」

「衝撃に備えろ!」


 注意を喚起すると同時。

 足元を突き上げるような揺れ。

 敵の攻撃が船団を直撃したのだと理解させれる。

 

「被害状況は?」

「市街ブロックには被弾しなかった様です。メインシップのエーテルフィールドは突破されました。再展開中!」


 外部映像に目をやれば、大型の砲らしき物を構えた人型ASIDの姿が映っている。

 今の砲撃はその一体がぶちかました物らしいと仁は予測した。

 

「エーテルカノンか」


 船団にも存在する大規模な砲撃を可能とする兵装の名を仁は挙げる。

 基本的な原理はエーテルライフルと変わらない。

 ただその出力が桁外れだ。

 ライフルが弾丸を飛ばすのだとしたら、カノンは柱を叩きつけるかの様な物だ。

 

「まずはアイツを抑えないとメインシップが沈むぞ……」


 破壊力の規模が違う。こちらの戦艦の主砲クラスだ。

 船団を守るエーテルコーティングも今の一撃で相当揺らいでいる。

 二発、三発と続けば突破されるのも時間の問題だ。


 当然、船団の護衛艦隊もそれが分かっている。

 そちらに向けて旗艦が加速していく。

 

 シップ5に被弾情報は無い。

 澪は無事だと己に言い聞かせる。

 

「オッド大隊長。離脱状況は!」

『――』


 応答がない。

 まさかと思い仁は通信士に視線を飛ばす。

 

「先ほどの砲撃時より、反応が消失しました……」

「訓練生達は!」

「全機健在です!」


 その言葉が返ってくるまでの一秒。

 心臓が煩いくらいに脈打つ時間だった。


「訓練生達! 聞こえるかっ。速やかに後退だ!」


 それに対する返答も無い。

 

「ダメです。広域に通信妨害!」


 四回生達とは完全に通信が途絶えた。

 指揮官が撃墜され、本体との通信が途絶えた訓練生達だけの部隊。

 動揺は如何程か。


「っ……統合ネットワークに訓練生達の最終座標を救援要請と共にアップロード! 護衛艦隊に頼むしかない!」


 今急行している艦隊が救援に向かってくれることに期待する。

 それが出来なくとも、戦線を押し上げることが出来れば孤立している訓練生達も後方に下げられる。

 無事でいてくれと、今の仁には祈る事しかできない。

 他者に任せなければいけない現状に忸怩たる思いを抱く。

 

「三回生の部隊は!」


 もう一つの哨戒任務に従事していた部隊に視線を向ける。

 四回生についてはこちらから出来る事はもうない。

 

「お待ちください……こちらは問題ありません。船団を挟んで反対側に展開しています」


 よし、と仁はその無事を確認して頷いた。

 

「そちらはそのままだ。座標送信。隊を集結させろ」

「了解。こちらCP。臨時第二哨戒大隊応答せよ」


 今の布陣ならば三回生の部隊が戦闘に巻き込まれる可能性は低い。


 宙域図を見つめる。

 最終確認ポイントのすぐ側にはデブリ帯がある。

 四回生の部隊がそこに逃げ込むことが出来ていれば。

 

「……通信中継用の無人偵察機があったはずだな?」

「有りますが……一発でも掠ったら撃墜ですよ。この状況では長持ちしません」


 小型であるがゆえに、ドローンにはエーテルリアクターが搭載されていない。

 エーテルを使用した武装が掠めればそれだけで容易く撃墜されるのは明らかだった。


「短時間でもいい。訓練生達と通信が取れるようにしたい」


 自分何かの言葉にどれだけの効果があるか分からない。

 それでも、孤立無援では無いと分かるだけでも訓練生には心強いのではないかと仁は思ったのだ。

 

「分かりました。整備班にドローンの準備を進めさせます」

「頼む。通信時間は限られている。今のうちに、彼らを後退させる作戦を練るぞ」


 例え戦場に立てずとも、全て人に任せたりはしない。

 後方で出来る事に仁は全力を尽くした。

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