19 仲直りの仕方

「……じん?」


 もそもそと、自分を包んでいた毛布を剥ぎ取って澪が目を覚ます。

 周囲を見渡すとそこは見慣れた――だけど、自分の家ではない場所。

 胸元に一緒に抱き込まれていたペンギンのぬいぐるみが転がり落ちる。

 

「お、目が覚めたか嬢ちゃん」

「じぇいく?」


 寝起きでしゃっきりとしない頭で澪は現在地を把握した。

 把握はしたが、何故ここにいるのかは分からない。

 電子ペーパーでニュースを見ていたジェイクが気付いて歩み寄る。

 

「じんは?」

「あいつは仕事だ。今日はちょっと早いからって言ってたな」

「そうなんだ……」


 目が覚めた時に仁が居ない状況は初めてで澪は落ち着かない様子だった。

 何時も同じベッドで寝起きしているので、直ぐ傍に仁が居た。

 そうではない現状に違和感を覚えている。

 

「ほら、朝ごはん食べるだろ嬢ちゃん。キューブフードで悪いけどな」

「うん、食べる」


 もそもそと。微妙な食感の食事を終えて。

 何時もと違って落ち着かない様子の澪を見てジェイクも少し疑問を抱いた。

 

「どうしたんだ、嬢ちゃん。何かあったか?」

「……うん」


 澪は小さく頷く。

 

「どれ、話してみな。仁程頼りにならないかもしれないけどよ」


 ジェイクが厚い胸板を叩いて請け負うと澪も口を開いた。

 

「じんに怒られた」

「怒られた? そりゃまた何で」


 今一、ジェイクには仁が澪を叱りつけるという姿が想像できない。

 むしろ、普段を見ていると甘やかしすぎてはいないかと思う程だ。

 

「ピカピカ来ないかなって言ったら怖い顔してがーって」

「ぴかぴか?」

「お空がピカピカする奴」

「お空がピカピカ……ああ」


 澪の拙い説明。それでジェイクは概ねの事情を理解した。

 

「そっか、嬢ちゃんはあれが来て欲しかったのか」

「うん……」


 今朝の話を聞いた後ではジェイクも仁の気持ちが理解できる。

 教え子が配備されるかされないかという時にASIDの襲撃を待ち望むような事を言われてカッとなってしまったのだろうと。

 

「なあ嬢ちゃん。何でそのぴかぴかが来て欲しかったんだ?」

「……きれーだから」


 シンプルで子供らしい解答にジェイクは口元に苦笑を浮かべる。

 確かに。その光の実情を知らなければ綺麗だろう。

 澪はペンギンのぬいぐるみに顔を埋めて続ける。

 

「あと、ピカピカが来るとじんが抱っこしてくれるから」

「そうなのか?」

「うん……」


 可愛らしい理由だった。

 とつとつと澪は自分の胸の内を語る。

 

「じんに抱っこされるとうれしーの……」


 その触れ合いを待ち望んでいた。

 仁がそれを聞いたらどんな顔をするだろうかとジェイクは思う。

 

「じん、みおの事嫌いになっちゃったかなあ……」

「そんな事は無いと思うぞ」


 自分の頭を撫でながらジェイクはそう言う。

 むしろ有り得ないと断言してもいい。

 

「まああいつも今ちょっと一杯一杯だからな。少し澪の嬢ちゃんの事を考えられなくなってるところはあるけどよ」


 それでもジェイクは仁がどれだけ澪を気にかけているか毎日のように目にしている。

 甘すぎる所はあるが、良い保護者になろうと努力している。

 

「今日だって嬢ちゃんにちゃんとしたご飯を食べさせてやってくれってわざわざ頼んできたんだぜ」

「そうなの?」


 昨日、喧嘩する直前に仁に食べられないと言われたことは澪も覚えている。


「まあ多分、仲直りのきっかけが欲しかったんだろうな」


 喧嘩したとは一言も言ってはいなかったが、話を聞いた後ではそういう意図が見えてくる。

 

「なかなおり?」

「喧嘩した後はそうするもんだ」

「そうなんだ……じんとなかなおり出来るかな」

「出来るさ。お互いに仲良しでいたいと思ってればな」


 そう言うと、澪はぬいぐるみに埋めていた顔を上げて小さく頷いた。

 

「さて、それじゃあ俺は食事の準備をするか。嬢ちゃん、偶にはやってみるか?」

「お料理? したい! したい!」


 先ほどまでしょんぼりとしていたのはどこに行ったのか。

 ジェイクの提案に澪は目を輝かせて飛び跳ねる。

 その切り替えの早さをジェイクはうらやましく思う。

 

「まだ今すぐにはやらないぞ? お昼の時だな」

「分かった!」

「それまでは昨日の続きでも見るか?」

「うん。見る!」


 元気を取り戻した澪はぬいぐるみを抱きしめながら頷く。

 その姿に笑いながらジェイクはディスプレイを操作して子供向けのアニメーションを流し始めた。

 

 どこかの家族が面白おかしく過ごすコメディ。

 

 それを眺めて澪は呟く。

 

「おとーさん……?」


 ◆ ◆ ◆

 

 そこから三時間ほど経過して。

 大人しく幾つかの番組を見ていた澪はお腹の音で空腹を自覚した。

 それはジェイクにも聞こえていたらしい。

 笑みを浮かべながら食事の準備を始める。

 

「さて、食事を頼まれたが……まあ正直食材の入手も難しい」

「そうなんだ……」

「だから今日は大した食材を使わずに作れるもの……こいつだ」


 そう言って出したのは何かの粉。

 

「……なに、これ?」

「第一船団からの個人輸入品なんだけどな。まずはこいつに卵と水を加えてかき混ぜる」


 卵はジェイクがちょっと怪しいルートで入手していた。

 通常価格の十倍近い値段を吹っ掛けられたが、元が元なので大した値段ではない。

 どうせ支払いは仁の野郎だと思っていたジェイクは全く頓着する事は無かった。

 

「よし、嬢ちゃん。手伝ってくれ」

「お手伝い?」

「ああ。これをかき混ぜるんだ。出来るか?」


 そう言いながらジェイクはボウルに入れられた粉と卵、水を泡だて器でかき混ぜる。

 手本を見せられた澪はそれなら出来そうだと頷いた。

 

「よし、じゃあ頼んだぞ」


 踏み台を用意されて、準備万端。

 ボウルを小さな手で押さえて、恐る恐る混ぜていく。

 粉っぽかった中身が生地へと変わっていくのに目を輝かせた。

 

「じぇいく! 何か変わった!」

「どれどれ。お、いい感じだな」


 そう言いながらジェイクは手際よくフライパンを並べて油を塗る。

 

「ここからは危ないから見学な」


 そう言って生地をフライパンの上に広げる。

 しばらくするとフライ返してひっくり返す。

 

 その一つ一つが澪にとっては新鮮な光景。

 じっと見つめていた。

 

「ほい、ホットケーキの出来上がりだ」

「すごい」


 掌を打ち合わせてジェイクの手際を澪は称える。

 

「さて、食べちまおう」


 勧められて初めて食べたホットケーキはふわふわで甘くて美味しかったと澪は思う。


「じんも食べればよかったのに……」

「……そうだな。こいつなら作り方も簡単だ。嬢ちゃんの家にもキッチンがあるんだろ? あいつに作ってやればどうだ」

「みおが? 作れるの?」

「ああ。火を使う時は仁に手伝って貰わないと危ないけどな。きっと喜ぶぞ」

「……いいかも」


 ジェイクの提案は澪にとっても魅力的だった。

 仁が喜んでくれる。

 それだけで澪のチャレンジ精神は刺激される。

 

「やってみたい」

「材料は俺が揃えておいてやるよ。作る日が決まったら教えてくれ」

「うん!」


 その日を楽しみにして澪は頷く。

 

 久しぶりにキューブフード以外の物でお腹いっぱいになった澪。

 その満腹感に誘われるように眠りに落ちる。

 

 そして――警報で叩き起こされた。

 

「……ぴかぴか?」


 この音が鳴る時はぴかぴかの時。

 澪の中でそう紐付けられていた音。

 対照的にジェイクは表情を青ざめさせる。

 

「おいおい、マジかよ!」


 ここしばらくの襲撃は全て夜だった。

 だからジェイクも少し楽観視していた節がある。

 ASIDとは本来無軌道な連中。

 そんな風に定期的に来る方が可笑しかったという事を思い出す。

 

「嬢ちゃん、逃げるぞ!」


 ジェイクのたくましい腕に抱きかかえられて、澪は最寄りのシェルターへと向かう。

 

「……なんか違う」


 仁と比べてもがっちりした胸板。

 仁に抱っこされた時とは違ってそこまで嬉しくは感じない。

 何が違うのだろう? と澪は首を傾げる。

 

 走る中で突き上げるような足元の揺れにジェイクはたたらを踏む。

 

「なんてこった……」


 船団に地震などという概念は無い。

 それが揺れたという事は外的要因しかない。

 極々稀に隕石が当たって揺れたという事もあるが今回はまず間違いなく違うだろう。

 

「被弾した……やべえぞこれは」


 移民船への被弾。

 それは敵がこの短時間で防衛線を突破して至近距離まで接近している事の証だった。

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