18 出撃準備

「急な話ではあるが、君たち三回生、四回生は本日より哨戒任務へと組み込まれることになった」


 朝のブリーフィング。

 普通の学校ならばホームルームの時間に当たると言えばいいのだろうか。

 講堂に集められた四回生、三回生へ自分たちの教官から伝えられた言葉。

 

 思った以上に反応は薄い。

 どちらかと言えばまさか、よりも遂に、という感情が見える。

 

「変則スケジュールになるので、各自注意するように。午後から四時間の哨戒任務に就く。午前中は貴様ら用に実機の調整だ。何か質問は?」

「やる予定だった今日の講義はどうなるのでしょうか」


 その問いは真っ先に気になる物だろう。

 一つ頷いて仁は答えた。


「後日に回される。日程は現在調整中だ。他にあるか?」


 後日というのを聞いて一部の訓練生が露骨にがっかりした顔をする。

 さてはこいつら、サボれると思っていたなと仁は軽く睨む。

 

「て、敵を発見した時、どうすればいいのでしょうか」

「基本的には臨時で貴様らの上官となる小隊長に聞け。ただ、訓練小隊は遅滞戦闘を仕掛ける必要もない。速やかな後退が許可されている」


 青ざめた顔で問いを投げた一人は、その回答に少し顔の血色を戻した。

 これも当然気になるところだろう。

 後退が許されているのならば少しは気が楽だ。

 

 今の恩師の回答を聞いて別の訓練生は顔をしかめた。

 

「質問です、教官。臨時の上官って何でしょうか? こういう時は戦技教官が着いてくるんだと聞いていましたが」


 その問いに他の訓練生達もあれ、そういえばという顔をする。

 通常、訓練小隊が任務或いは訓練として配備された時には戦技教官が上官となる。

 つまり、自然と彼らは仁の指揮下で任務を行うものと考えていたはずだ。

 

「……私は同行しない」


 その言葉を告げるのに仁は少なくない苦痛を伴った。

 

 日に日に情けなさが増していく。

 どうして、自分は今戦うことが出来ないのか。

 

「各々訓練の成果を発揮するように……他になければ実機調整を始めるぞ。各自格納庫へ集合だ」


 口早に質問を打ち切る。

 この件でこれ以上追及されることは避けたかった。

 仁が抱いている後ろめたさがそうさせる。

 

 後三時間。

 きっとこれまでの人生で一番早く過ぎる三時間になる。

 そしてその後は最も長く感じる四時間が待っているのだ。

 

 ここしばらくの襲撃で、訓練生達の実機演習は取りやめになっていた。

 必然、彼らが実機に触れるのは久しぶりの事となる。

 

「久しぶりに実機に乗れるんだね」

「こんな状況でもちょっと嬉しいよね」

「写真撮ったら怒られるかなあ」


 ある意味でいつも通りな訓練生達に仁は少しだけ安堵する。

 もしも、ガチガチに恐怖で震えていたら。

 自分は何て声をかければ良いのか分からなかった。


 腕を組んでもやもやしている仁を、幾人かの訓練生達が陰から見ている。

 

「うーん、でも何で東郷教官ついてこないんだろう」

「確かに妙だね」


 小隊長――あくまで訓練生のだが――クラスが集まってそんなことを話し出す。

 

「ちょっと小耳に挟んだんだけどね……」

「先輩はゴシップ好きですから」

「聞き込みしたの間違いじゃねえのか?」

「小耳に挟んだの! 教官、実機の操縦が出来ないらしいのよ」


 三回生と四回生。先輩後輩が入り混じった噂話。

 当人たちは声を潜めているつもりなのだろうが、段々と興奮して声が大きくなっている。

 

 そしてそれは仁にも届いていた。

 

(聞こえてるぞ)


「いや、有り得ないでしょうそれは。あれだけ私たちをボコボコにしておいて操縦が出来ないって言われるのなら、私たちは何なのさ」

「……乗ってるだけ?」

「笑えねえ冗談」

「違う違う、操縦できないじゃなくて、実機の操縦が出来ないの」


 割と真面目に、こういう話はどこから漏れだすんだろうと仁は思う。

 今回の件なんてほとんど知っている人間がいないというのに。

 

「というかね、むしろそんな事よりもビッグなニュースがあるんだけど」

「そんなこと言うなし!」


 自分の渾身のネタをそんなこと呼ばわりされた一人が憤慨する。

 そして仁もちょっとだけ落ち込んだりした。

 

(そんな事呼ばわりは無いだろ……)


 しかし、こうして次々と変わっていく話題。

 それはそこらかしこで見られる光景だった。

 

 唐突に仁は理解してしまう。

 

 こうして、不安を紛らわせているのだと。

 

 平静でいられるはずがない。

 いくら哨戒任務とは言え、そのまま交戦に突入する可能性はあるのだから。

 

 しばし考えた仁は自分に出来る事を一つ見つけた。

 

 格納庫を見渡し、目当ての人物を見つけた。

 

「久しぶりだな、軍曹。元気だったか?」

「中尉! 最近中尉の無茶な注文が無いのですこぶる元気ですよ」


 冗談なのか、本気なのか俄かには判断しがたい事を口にした金髪の軍曹。

 仁のレイヴンの整備を一手に担っていた才媛である。

 ジェイクと同じく、仁の同期でもあった。

 

「実は頼みごとがあるんだが……」

「うわあ……それ絶対また疲れる奴ですよね……」


 露骨に嫌そうな顔をする軍曹には悪いと思いつつも、仁は頼みごとを口にした。

 

「実は今教官をやっているんだが……」

「なるほど。訓練生達の実機調整に付き合ってきたんですね。ははーん。分かりましたよ、私にひよっこの機体の面倒を見て欲しいって事ですね」

「その通りだ」


 仁は頷く。

 軍曹は見渡し、ざっと見ても百人はいる訓練生達を認めた。


「……私、中尉の事嫌いになりそうです」

「そこを何とか!」


 軍曹の腕は身をもって知っている。

 彼女が担当してくれるのならば、機体整備の面では憂う事が無くなる。

 

「今度ご飯でも奢ってくださいよ、ほんと……」

「キューブフードで良ければ」

「あの、ほんと思いますけど。あんな餌喜んで食べるの第三船団の人だけですからね?」


 別船団出身の軍曹は湿度高めの視線を向けて、溜息を一つ。

 

「流石にこれ全部を私が隅々まで見るのは不可能ですから。あくまで最後のチェックだけですよ? 過度な期待しないでくださいね」

「ああ。お前が確認してくれるのなら安心だ」

「またそういうこと言う……」


 少し嫌そうな顔をしながら軍曹は肩を回した。

 

「そんな事言われたら任せてくださいって言いたくなっちゃうじゃないですか」


 そう言い残すと、軍曹は他の整備兵達に指示を出し始めた。

 これで機体に関しては安心できる。

 

 その間に、仁は現在の船団周辺宙域図を呼び出した。

 

「デブリ帯が二か所。風は……大したことないな」


 質量の大きいデブリ、小惑星が存在すると真空には風が吹く。

 それらの発する重力があたかも風の様に、外乱を加えてくるのだ。

 

 幸い、その様に影響が出る程の重力を発する物は船団以外に存在しない。

 

「いざとなれば、このデブリ帯に隠れる事が出来るか」


 万一に備えた退避場所の選定。

 逃げ込める場所があると思えばそれだけでも安心に繋がる。

 

 無論、デブリ帯とて安全な場所ではない。

 戦いによって生み出された残骸の集まる場所。

 通常、アサルトフレームの装甲はデブリ程度で損傷する事は無い。

 

 エーテルコーティング。

 リアクターから生み出されたエーテルが装甲の表面に被膜として展開される防御兵装である。

 基本的には第二の装甲として機能する。

 同量以上のエーテルをぶつけない限りは突破できない強固な壁だ。

 

 それでも稀に高速で飛来するデブリが、その守りを力任せに突破して傷を刻むこともある。

 あくまでコーティングは補強。

 絶対無敵の防御を保証する物では無いのだ。

 

 故に、油断すると自身もデブリの仲間入りをすることになる。

 

「……最悪は、船団その物を盾にするしかないな」


 本末転倒の様にも思えるが、移民船団の移民船はいずれも巨大なエーテルリアクターを保持している。

 そこから生み出されたエーテルは、アサルトフレームを遥かに凌ぐエーテルコーティングを展開できるのだ。

 故に、防御力だけならば船団の方がはるかに高い。

 

 無理をして撃墜されるよりも、上手く盾として機能させて反撃した方が効率がいい。

 

 そうしたデータを仁は訓練生達に機体調整と合わせてまとめていく。

 今だけは頭の中から澪と喧嘩をしたことは忘れる。

 己の不甲斐なさも情けなさも忘れる。


 この瞬間に全力を尽くさなければ訓練生達が帰ってこれないかもしれない。

 その思いが仁を突き動かしていた。

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