21 別動隊
「戦艦『アズミ』撃沈!」
「アサルトフレーム部隊の損耗率が30%を超えました!」
次々と入ってくる劣勢を告げる戦局。
キルレシオはこの戦力差でありながらほぼ1:1を維持している。
護衛部隊は大健闘していた。
それでも尚、足りない。
わずか一時間で三割以上の損害。
鑢で削り取る様に、戦力が減っていく。
櫛の歯が欠ける様に戦線が崩れていく。
「格納庫! 一機突っ込んでくるぞ! 退避!」
今もまた、被弾し戦闘継続が出来なくなった機体がぼろぼろの状態で臨時補給所となった格納庫へと突っ込む。
消火剤を撒かれ、真っ白になった機体からパイロットが引き摺り出されていった。
前線が戦場ならば銃後もまた戦場だった。
その中で、仁は拳を握り締める。
「俺は……」
こんな時に戦うために軍人になったのではないか。
その思いが胸中で大きくなっていく。
だというのに、この土壇場で仁は機体に乗り込むことさえできない。
教え子達さえ戦いに出て、未だ行方が知れない。
最終確認地点まで未だ防衛軍が進出できていないのだ。
生きている可能性があるとしたら、デブリ帯に逃げ込んで隠れ潜む事だけだ。
どうか無事で居てくれと今の仁には祈るしかない。
そんな願いを聞き届けた様に、通信士が歓声を上げた。
「四回生達との通信が回復しました!」
「よし! 聞こえるか?」
『教官ですか!? 助かった……』
約一時間ぶりに聞いた教え子の声には深く安堵が滲んでいた。
「損害は」
『訓練生は全員無事です。ですが、オッド大隊長が落とされてしまいました……』
「それはこちらでも確認している。よく頑張ったな」
多数のドローンによる中継で実現させた通信だ。
流れ弾どころか、デブリ一つに当たるだけでもドローンは簡単に落ちる。
まだ通信が生きている間に仁は手身近に今後の流れを伝える。
幸い、訓練生達の現在位置はデブリ帯と言う予想が外れていなかった。
人型に見つかる前に逃げ込めたのはあらかじめ仁がポイントを割り出していたお陰と言えよう。
調べた甲斐があった。
ここからならば、計画通りに動ける。
「これから第二軍が前線を押し上げる。それに合わせてお前たちもデブリ帯から進出。第二軍と敵を挟撃し、そのまま後方へ突破しろ」
このまま戦闘が終わるまでデブリ帯に隠れていて、発見されない保証はない。
いや、むしろ今まで見つからずにいる事の方が奇跡的なのだ。
それに縋るわけには行かない。
危険を冒してでも険しい壁を乗り越えるべき時が今だった。
第二軍も損耗が激しい。
しかし訓練生達を救出するための作戦に志願してくれたのだ。
仁を始めとした訓練校の人間は皆その決意に感謝を捧げている。
「タイミングが命だ。進出ポイントはここ。チャンスは一度だけだ。遅れるなよ」
『は、はい!』
「敵陣の背後からの一点突破だ。教練を思い出せ」
これに近い戦況での訓練も行っている。
それと比べると大分厳しい状況。
訓練をどれだけ己の物と出来たかが試されている。
「全員無事で――」
「ドローンが撃墜されました……通信途絶」
通信士の無念そうな声。
仁は激情を堪え切れずに拳で机を叩く。
「戦線が押されつつあります。残りのドローンでは通信の再接続は困難です」
「分かってる。それでも足掻くぞ。残ったドローンの再配置を」
撃墜されたドローンの穴を埋める様に、再度展開していく。
その間にも戦況は傾きつつあった。
「巡洋艦『ロクサーヌ』、機関部に損傷。航行不能!」
「っ! 空間振動を検知!」
「援軍か!?」
襲撃直後から出し続けていた救援要請。
第二船団の救援部隊が来てくれれば戦局は立て直せる。
時間的には来てもおかしくはない。
だが通信士は悲鳴の様な声を挙げた。
「違います! これは人型です! 数は十二! 護衛艦隊展開宙域から船団を挟んで反対方向にオーバーライト!」
「別動隊だと……」
全く想定していなかった伏兵。
いや、仮に想定していたとしても対処できたかどうか。
第三船団防衛軍の総力を挙げて漸く今の戦局なのだ。
ここで予備兵力を温存していたら正面の群れに押し切られていた。
そしてそれは現状にも言える。
宇宙艦の一隻でもそちらに向かえば前線が崩れるかもしれない。
そうなれば待っているのは残った七千近い人型による船団全ての蹂躙。
対して、奇襲をかけて来たのは高々12体。
移民船団はその名の通り船の群れだ。
12体がその全てを蹂躙するには時間がかかる。
例え半数が落とされたとしても、残り半数を守れればそれでいい。
防衛軍の上の人間はそう考えたらしかった。
前線部隊は動かない。
そして、その十二体が出現した宙域の近くには――。
「不味いぞ、あそこにも訓練生達が!」
「動かせる部隊は無いのか!?」
「ある訳が無い!」
訓練校の教官たちが言い争う。
人型ASIDを相手にして、訓練生など役に立たないだろうと仁も思う。
無駄に死体を積み上げるだけだ。
「人型、移民船に取りつきました……シップ5です!」
仁の血液が凍り付いた。
シップ5には、今、澪が居る。
「船体……第一層貫通! このままでは内部に侵入されます!」
心臓の音が煩い。
二年前の出来事が頭の中で繰り返し再生される。
また、失うのだろうか。
そう考えただけで足元が覚束なくなる。
『もしもし、こちら格納庫』
「…………軍曹?」
前後不覚になりかけた仁の耳に、聞きなれた声が届く。
『ああ、中尉。丁度いい所に』
通信のダイアログが正面のスクリーンにポップアップする。
そこには予想通り、金髪の軍曹の顔があった。
「何の用だ。今は――」
『損傷機の部品換装が完了しました。コックピットブロック丸ごとの交換なので楽な物でしたね』
そこでわざとらしく、彼女は額を手で覆った。
『ところがこの有能な私としてはミステイク。コックピットブロックを旧式の物に換装してしまいまして。あちこちマニュアルで設定しないといけない機体何て操縦できる人居ないんですよね。認証無しでも乗れるんですが、誰かいないですかね』
金髪の軍曹は惚けた口調で問いかけてくる。
一瞬呆けた表情を晒した仁だが、次の瞬間には笑みを浮かべた。
「軍曹」
『何ですか』
「感謝する」
旧式のスタンドアローン型のコックピット。
つまり、操縦資格を取り消された仁であっても問題なく操縦できる。
元より、仁は自機の設定を手動で操作していたのだ。
無論、乗れる事と乗っても良いかは別だが、今の仁にとっては大した問題ではない。
戦場に立つ手段。それを手に出来たのだから。
「教官、すみませんが自分の仕事の代わりをお願いします」
「今はあんたも教官だけどね」
恩師はそう言って肩を竦めた。
「全く嬉しそうな顔をして。そんなんじゃまだまだ教官とは言えないね」
そうかもしれないと仁は思った。
やはり、直接自分の手で戦う方が性に合っている。
別に、教官の仕事も嫌いではないのだが。
「行ってきな。教え子がどれだけ成長したか見せておくれ」
「ええ。見てて下さい」
まず仁は格納庫に直行する。
「中尉!」
「軍曹! 装備のアセンブルを頼む!」
「任せてください! 何を持っていきますかっ?」
「ある物を詰めるだけ! ダガーを多めで頼む!」
「がってん!」
阿吽の呼吸とでも言うべきか。
仁の機体をずっと見て来た軍曹は、もしかしたら仁以上に機体の好みを熟知しているかもしれない。
口うるさく言う必要も無く、ウェポンラックに武装が取り付けられていく。
それを見ながら仁はパイロットスーツに着替えていく。
首から下げる指輪。一瞬迷ってそれもスーツの中へ押し込む。
「中尉が乗っていたレイヴンの設定をコンバートして入れてありますよ。細かい誤差は機体のコンピューターがその内補正してくれます」
流石、長いこと自分の機体を見ていただけあって気が利いていると仁は笑みを浮かべた。
ゴリゴリの機動力に傾倒した設定。
そのバランスの見極めは目の前の軍曹だからこそ出来た事だろう。
「B設定もか?」
「一応入れておきましたけど……いや、使わないでくださいよ!? これ機体はドノーマルのレオパード何ですから!」
「分かってる分かってる。使う予定は無いよ」
適当な返事をしながら、仁はコックピットへと潜り込む。
飾られた花冠。
古のエースが生涯戦場へと持ち込んだそれは戦勝祈願のお守りだ。
瑞々しい花冠は態々新しく入れてくれたのだろうという事が分かる。
付き合いの長い整備士の心遣いに感謝してハッチを閉鎖する。
たった一月離れていただけで懐かしいコックピットの空気。
「軍曹」
『何ですか』
「改めて言わせてくれ。ありがとう。お陰で俺は戦える」
面と向かっては恥ずかしくて言えなかった。
その言葉に金髪の軍曹は肩を竦めた。
『その言葉は帰ってきてから聞かせてください。この前まで見たいな、無茶な戦い方はしないで下さいよ』
その言葉に仁は微笑みだけを返した。
約束は、出来ない。
「CP。三回生達の位置と、人型ASIDの別動隊の位置を頼む。出すぞ」
静かに、一機のレオパードが訓練校の格納庫から星の海へ漕ぎだした。
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