第38話 ドラゴンファイト

 ファイナルの朝も晴天だった。

 天が味方をしてくれているとレージは思った。

 それだけでテンションが上がるからだ。


「レージ、なんかファイナルの前に発表があるらしいよ」


 テルが厩舎に来てレージを呼ぶ。

 残っているのはファイナルだけ。

 このタイミングで何を発表するというのだろうか。

 テルに連れられて、観客が集まる第一会場へ向かった。


「さあ、今日は王国杯のファイナルということで、実況を私マイク・ウルーセンが務めさせていただくぜー!」


 拡声器のような魔法により、声がブルーガーファーム全体に響き渡る。


「そして、本日はスペシャルゲストがいるぞー!」


 観客がどよめく。


「なんと、竜騎士隊の大隊長、ドレイク・オルフェーヴルさんをお招きしておりまーす!」

「よお、よろしく頼むぜ」


 マイクの横にドレイクが登場し、歓声と拍手が鳴り響いた。


「あ!」


 そんな中、レージだけが全く違う反応をする。


「どうしたの、レージ?」

「いや、昨日声を掛けてきたおっさんだって思って」

「え! ドレイク大隊長から声掛けられたの!?」

「いや、偉そうな軍人だなとは思ったんだけど……」

「あの人は、ドラグーン・ツヴァイ。つまり竜騎士隊で序列二位の実力を持つすごい人なんだよ」

「うぇ!? そんなすごい人なの?」


 レージは昨日の自分がとった不満を表に出した態度を悔いた。

 ドレイクは立ち上がり、手を挙げた。

 静まり返った観客たちに向けてドレイクはにやりと笑う。


「今日のファイナル、ちょっとルールを変えさせてもらうぜ」


 一転、ざわざわとする。

 本来セミファイナルまでと同様に、ファイナルも普通にエアリアルリングを行う予定だった。


「まあ、ルールを変えるって言ったらひとつしかねぇよな。そう、ドラゴンファイト形式だ」


 一気に歓声が鳴り響く。


「おおっと! ここでドレイク大隊長から大胆な提案だー!」

「アホ、提案じゃねぇ。これは命令なんだよ」


 そう言って、ドレイクは近くにいた大会委員長に睨みを利かせた。


「あれってアリ?」

「まあ、軍は実力至上主義であり、階級至上主義だからねぇ」


 まさにパワハラ現場を目撃した気分だが、そういうのがまかり通る世なのだろう。

 大会委員長は慌てて事務局へ戻った。

 進行とか色々と見直す必要があるのだろう。


「王国杯、ひいてはエアリアルリングの大会は全て竜騎士隊の能力向上のためにある。ドラゴンファイトは本来軍に所属していない者が行うのは危険なためご法度なわけだが、今日はそれを俺の権限をもって許すって言ってんだ」

「よっしゃー! ここでドラゴンファイトのルールを説明するぜ! 簡単に言えばコースを二人同時に飛んで、先にゴールした方の勝ちってもんだ! コースの中では魔法を使おうが、武器を使おうが何でもアリ!」


 エアリアルリングのドラゴンファイト形式。

 順番に飛ぶのをシングル形式と呼び、ドラゴンファイト形式は同時に飛ぶってことで、エアリアルリングの基本的なルールは踏襲されているようだ。


「レージ……棄権しよう」


 テルが真剣な眼差しでレージに訴えかけた。


「ぇ、なんで?」


 最高潮に達している観客とは真逆なテルの言葉にレージは驚いた。


「ドラゴンファイトは本当に危ないから」

「でも、基本的にはエアリアルリングと同じなんじゃ……?」

「ドラゴンファイトの本質は妨害だよ。つまり、相手に危害を加えて、自分が先着するのが一番手っ取り早いの」


 魔法も武器もOK。つまり、ゴールを目指しながらも戦闘が行われるということだ。

 しかも空中で。

 落ちたら死ぬ可能性もある。


「さっき大隊長も軍以外の人がドラゴンファイトをするのはご法度って言われてたでしょ? 実際法律で禁止されているほど危険なんだよ」

「そうなの? 模擬戦はいいのに、ドラゴンファイトはダメってよくわかんないなぁ」

「模擬戦は相手を殺さないことが前提となっているでしょ。でもドラゴンファイトは違うの。殺す気でやるほぼ実戦の訓練なの」

「そう……なんだ」


 レージは俯いた。


「うちの牧場のことはいいからさ。ね、レージ?」


 俯いたのは、こんな雰囲気なのに笑ってしまったからだ。


「ごめん、テル。俺、ちょっと楽しみになってきちゃった」


 もしかしたら自分がおかしいのかもしれない。

 死と隣合わせとなる危険な競技なのに、わくわくが止まらないのだ。


「自分がどれだけやれるか、ロッテがどれだけやれるか、チャレンジしてみたいって思って」


 レージは顔を上げてテルを見据える。


「一番を取りたい」

「もう、レージ……生粋の負けず嫌いなんだね」


 テルは呆れて笑った。

 牧場のことももちろんある。優勝して来年の格付けをキープしたい。

 でも、それ以上に今はリゼルと真っ向から戦えるのが楽しみなのだ。

 クマ狩り、魔法合宿、野盗との戦い、そして騎竜の訓練。それらを経験してきた自分が、今どこにいるのかの試金石になる。

 今この場にロッテはいないが、厩舎に戻ってからいちおうロッテの意思確認もしようと思う。

 いや、ドラゴンに意思確認って意味わからないけど、たぶんロッテは答えてくれるだろう。

 それも肯定的に。


「コースの下見を十分後に始めます。選手は準備をすすめてください」


 実況とは違う女性の場内アナウンスが流れた。

 レージは踵を返し、抑えきれない心臓の高鳴りを感じながら厩舎へ戻った。

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