第33話 下見

 大会は静かに始まった。

 開会式とかがあるわけでもなく、牧場特有のふんわりとした雰囲気の中、急にアナウンスが流れる。

 拡声器のようなもの(もちろん魔法だろう)で女性の声が牧場内に流れた。


「国王杯エアリアルリング、ミニマム級は第一会場となります。コースの下見を開始します」


 それを聞くと、準備運動をしていたレージとロッテはテルに見送られて厩舎前の練習場を出た。


「レージ、がんばってね! ロッテちゃんも!」

「うん!」


 レージはロッテを引いて、歩いて第一会場へ向かう。

 大会中は基本的に会場や練習場以外での騎乗はルールとしてダメで、ドラゴンから降りて、引いて歩くのがマナーなんだそうだ。会場付近を飛ばれるとまぎらわしいし、事故の原因にもなったりするかららしい。

 まずは予選だ。

 予選は参加者40人から16人に絞られる。

 単純にタイムが早い順でベスト16が出揃う形だ。シンプルでわかりやすい。

 ロッテを引きながらワクワクしてきたのを実感してくる。

 そこに、慌てた様子の男が走ってやってきた。身長が高く、ひょろっとしている。ちょっと大人びて見えるが、おそらくレージと同じくらいの年代だろう。


「君、ヴィンセントドラゴンファームのレージ・ミナカミくん?」

「はい、そうですけど」

「よかった、今流れたアナウンスは手違いで、ミニマム級は第二会場になるんだ。それを伝えたくてね」

「そうなんですね、伝えてくださってありがとうございます」

「それじゃ伝えたからね。第二会場だからね」


 念を押され、男は慌ただしく去っていった。

 レージとロッテは第二会場の看板を見つけ、そちらへ向かう。

 そして、エアリアルリングのコースを見つけ、会場に入ってからロッテに騎乗した。


「さって、下見だよ。テルの言ってたことを思い出していこうね」


 ロッテは軽く鳴いて応じ、スタートとなる白いリングへ飛翔した。

 下見の時は、リングを飛抜してはいけない。

 飛抜したと仮定して、ぐるっと回るのだ。

 レージは首を振って次の赤いリングを探す。

 この時、レージは妙な違和感を覚えた。

 なんていうのか、全体的にスケール感が練習してきた時と微妙に違うというか。

 赤いリングまでのコースを飛び、リング間が少し長く感じる。

 いや、気のせいだとは思うのだが。

 橙、黄色と回ったところで、後ろから声を掛けられた。


「やぁ君! 素敵な白銀のドラゴンだねぇ」


 声は野太い男の声だった。

 ガタイが良く、乗っているドラゴンも大きい。


「ありがとうございます」

「ただ、なんていうのかな……ちょっと小さくないかい?」


 男は苦笑いしつつ、レージとロッテを見る。

 そうだ、確かにロッテは小さい。ヴィーヴルの中でも小さい体躯だ。

 だが、違う。

 そういう話じゃない。

 そもそも、この男が乗っているドラゴンはおそらくヴィーヴルじゃない。

 ヴィーヴルよりも体格が一回りも大きい。


「もしかして、ここってミドル級ですか?」

「ははっ、困ったね。ミニマム級なんだろう?」

「あはは、マジか……」


 騙された……!

 なんの目的があったのかは不明だが、あのヒョロっとした男に騙されたのだ。


「あの、声掛けてくれてありがとうございます!」

「あぁ、いいんだよ。急いだ方がいい。まだギリギリ間に合うと思う。健闘を祈っているよ!」

「はい!」


 レージとロッテは急降下し、第二会場の入り口に降り立つ。

 そして、すぐにロッテから降りると、ロッテの手綱を引いて全速力で第一会場へ走った。

 飛んでいければすぐなのに。

 ただし、ここでルールを冒して失格になったら元も子もない。

 まだチャンスはある。まだ時間はあるんだ。


「第一会場だ!」


 看板が見えて、会場に入った瞬間に、すぐにロッテに騎乗した。

 幸いロッテは疲れていない。普段走るということはあまりしないが、少なくとも飛ぶことへの影響はなさそうだ。

 レージは自分の息を整えながら白いリングを探す。


「ファーストリングは、あっちか!」

 

 コース全体を眺める余裕もなく、まずはファーストリングに向かう。

 そして向かう途中でくすんだ緑色のドラゴンとすれ違う。


「なんだ、間に合ったのか」


 ヒョロっとした男だ。

 すれ違いざま、確かにそう言った。それも下卑な笑みを浮かべて。

 だが、レージは振り向かない。

 今じゃない。

 必ず、借りを返す時は来る。

 そのためには、まず下見に専念することだ。


「次は赤!」


 ファーストリングからセカンドリングまではなめらかな曲線を描くことで、スムーズにいけそうだ。

 サードリングとフォースリングはすぐ近くで、左下側に垂直の位置関係にある。ここは連続で行くのは危険なため、一度ぐるっと逆方向に回転して、直線を長く取っていくのが良さそうだ。

 テルから言われたアドバイスが活きている。

 そして、レージがフィフスリングを通って、シックスリングへ向かおうとした時――


「下見時間終了です。選手は降下して待機してください」


 間に合わなかった……。

 コースを最後まで下見することができなかった。

 レージは渋々降下する。

 しかし、まだやることはある。

 レージの出番は三番目だ。

 出番が一番じゃなかったことが幸いだと無理やり思い込む。

 出番までの間に、残りのコースを覚えなくてはいけない。

 さらに言えば、一番と二番の選手のコース取りや失敗するパターンなども見なくてはいけない。

 レージは会場を歩きながら上空を見つめる。いろんな角度で見ておきたいのだ。

 女性のアナウンスと共に競技が始まった。

 一番の選手は、ドラゴンをうまく操作できていなかった。緊張していたのかもしれない。

 コース取りもあまり良くなく、リングにも何度か接触していた。

 ただ、おかげで後半のコースのクセが少しわかった。

 二番の選手はなかなかうまかった。

 無駄がなく、良いコース取りだ。すごく参考になる。

 ただ、二回ほどドラゴンとの折り合いが合わず、リングに接触してしまったようだ。

 二番の選手がゴールする直前、レージはロッテに跨った。


「いくよ、ロッテ」

「くぃーん」


 二番の選手がゴールしたと同時に大地を蹴って空高く舞う。


「三番、レージ・ミナカミとシャルロッテ。ヴィンセントドラゴンファームからの出場です」


 アナウンスを聞くことで、大会ということを実感できた。

 トラブルによって追い詰められているというのに、顔がニヤけてしょうがない。

 レージとロッテの初めての挑戦が今、始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る