第32話 大会初日の朝
あっという間の三週間だった。
課題を明確にして、それに優先順位つけて、ひとつひとつ乗り越えていく毎日。
充実といえば聞こえはいいが、焦燥感もあったし、馬術経験があるとは言え初めてのエアリアルリングでなかなか慣れない部分も多かった。
挙げ句、オーイツの一言が重くのしかかる。
「レージ、がんばってるな。まあ、うちのことは気にすんな。この大会でダメだったとしても、ちょっと一年間我慢すりゃいいだけの話だ。食うもんがちょっとばかしひもじくなったり、雇いたい人材を雇えなかったり、必要な備品に経費を回せなくなるだけのことだ。そうしてりゃ、来年にはテルもお前も竜騎士になるだろ? その次の年からはしばらく安泰だからな!」
「……はい、がんばります」
なんなら気にしろとすら聞こえてくる言い回し。
来年、レージもテルも軍に入る予定だ。もちろん試験に受かればの話だが。
そうなると来年一年間は人手不足となる。そのために人を雇わなければいけないわけだ。
この牧場に恩返しをしたい。
その想いがあるからこそ、本当に負けられない戦いとなる。
もしも負けても、オーイツなら結局気にするなと言うだろう。でも、それに甘える気はさらさらない。
目指すはもちろん優勝だ。
――大会当日を迎えた。
「おはよ、レージ! 眠れた?」
「まあ、いちおうね。エアリアルリングの大会は初めてだけど、競技大会っていうのは初めてじゃないから」
「頼もしいね!」
ハツラツとしたテルとは対象的に、さすがに緊張気味なレージ。
いつも、一番緊張するのは大会が始まる前までだ。
始まってしまえば気にならなくなるし、むしろわくわくしてくる。
「今日は予選と決勝トーナメントのベスト16を決める2戦分ね」
「うん、まずは予選通過だ!」
「その意気、その意気!」
大会の会場には前日入りしていた。
大きな牧場で、宿泊施設も完備されている。
といっても、結局レージはロッテの抵抗によって竜房で寝ることになったのだが。
いや、慣れたものだから特に文句はない。
テル曰く、ここがリゼルの親が経営している牧場で、ブルーガーファームというらしい。
ブルーガーファームは毎年多くの優秀なドラゴンを排出している名門牧場で、ヴィンセントドラゴンファームと同様にヴィーヴルの育成をメインに行っている。
その御曹司がリゼルというわけだ。
「テル、調子はどうだ?」
金髪のイケメンが早速の登場。
黒いドラゴンを連れて歩いてきたリゼルがテルに話しかける。
「って、怪我でもしたのか。もしかして出ない……?」
テルの腕を見て、リゼルは多少動揺しているようだった。
「まあ、ちょっとね。その代わり特別ゲストを呼んであるから」
「ん? もしかして、こいつか? このあいだヒョロヒョロ飛んでたヤツじゃないか」
「甘く見ない方がいいと思うよ? なんせ、私が指導してるんだから」
「チッ。興が冷めたな。リベンジしてやろうと思ってたのに」
リゼルは踵を返した。
なんともクール系美男子だ。
当たり前だが、レージのことなんて全く眼中にない様子である。
「まずはリゼルに名前を覚えてもらわないとな」
レージは独り言のように呟いた。
自分はまだまだ初心者という自覚がある。
でも、この三週間やってきたことは、確かな自信にもなっている。
「まあ、勝ち進めばいずれ当たるから。その時ギャフンと言わせてやろうね!」
「はは、そうだね。あのキャラがギャフンって言うとは思えないけど」
お互い笑い合って、ふとテルの胸元に赤く光る宝石に目がいった。
「それ、どうしたの?」
「ああこれ? これが、この前盗まれそうになったお兄の遺品」
結局あの夜、レージは袋の中身を見なかった。
自分の立場では勝手に見て良いものじゃない気がしたからだ。
「宝石だったんだ。なんとなくだけど、高そうだよね」
「価値があるのかわかんないし、これがどんな宝石なのかわからない。でもまた家に盗みに入られるより、戦える私が身につけておこうと思ってさ。信頼できるロゼットさんのところでペンダントにしてもらって、ここから近いから昨日のうちに取りに行ったんだ」
「似合ってるね」
自然と出た言葉だった。
一瞬、時が止まったように静まり返った。
テルは不意を突かれて赤面し、ぎこちない動きでレージに背を向けた。
「あ、あはははは。ぁ、朝ごはん食べにいこっか」
「うん、いこう!」
大会初日が始まる。
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