第29話 アピール

「では、ルールの説明をします!」

「はい先生!」


 こんなやり取りから始まったのが、テルによるエアリアルリングのルール説明だった。

 オーイツが敷地内に魔法でエアリアルリングのコースを作ってくれた。

 それを眺めながら、原っぱに座って説明を聞く形だ。

 傍らにはハミを噛み噛みしているロッテもいる。


「エアリアルリングは空中に浮いた輪っかを順番にくぐってゴールする競技のことだよ。あれのことね」


 テルが空中に浮かぶ様々な色の光の輪っかを指差す。

 ランダムに見える、いたる方向に向いた輪っかが10個ほどある。


「スタートの輪っかは白、ゴールは黒って決まってるの。で、基本的に虹色の上から順番に行くってイメージね。ファーストリングが白、セカンドリングが赤、橙、黄色、黄緑、緑、水色、青、紫、で最後が黒」

「ん、あれ虹色って八色だっけ?」

「うん、そうだけど?」

「……わかった、覚えておく」


 別に七色が絶対ということもないだろう。日本では七色だったけど、他国がそうだったかはわからないし、虹を見てあれは何色に見えるって言われても、虹色だから七色って答えるだけだ。

 この世界では八色なのだから、それに従うまでだ。


「ファーストリングを通過したらタイムの計測が開始されるよ。黒いラストリングを通ったタイミングで計測終了ってこと。そのタイムが速い人とドラゴンが勝ちって感じ」

「リングに触れるとどうなるの?」

「良い質問だよ!」

「あ、ありがとうございます」


 テルがビシっと先生っぽいポーズを取る。

 すっかり役に入ってる感じだ。


「リングに振れるとリングが明滅するの。明滅しているリングの数掛ける10秒が加算されるんだよ」

「ふむふむ、ルールは概ねわかったよ」


 ルールはそこまで複雑じゃない。

 障害馬術のジャンプオフと似たところがある。

 ただ、何が複雑かってコースが三次元なことだろう。


「ちなみにコースを間違えると……?」

「もちろん失格だよ」

「デスヨネー」

「コースはね、下見時間があるからその時に覚えれば大丈夫!」


 当然コースの図面なんてない。

 いくら下見があるとは言え、これ覚えられるかな……。


「それじゃ、さっそくコースの下見をしてみようかって言おうと思ったんだけどその前に……」

「え、なに?」

「レージ、誰に乗って大会に出る?」


 唐突な質問にレージはぽかんとする。


「サマンサのつもりだったけど……?」


 というか、サマンサ以外のドラゴンで練習したことないし。


「だよね。でもサマンサは大会に出れないの」

「え! なんで!?」

「サマンサは一昨年の大会に出場しちゃってて、一度でも大会に参加したことのあるドラゴンは、その年度以外の大会出場ができなくなっちゃうの」

「なんて、謎ルール……!」

「ううん、これはちゃんと理にかなってるんだよ。大会の目的が優秀なドラゴンの生産を増やすことだから、同じドラゴンで連覇しても意味がないんだよ」

「なるほど、ドラゴンの品評会を兼ねてるって言ってたのはそういうことなんだね」


 では一体誰に乗るというのか。


「そこで提案としては、三匹の中から選んでもらうっていうのがいいかなと思ってるんだよ」

「三匹?」

「うん、まずは私がよく乗ってるコタロウ。能力はピカイチだけど、ちょっとクセが強い。次がハル。この子は気性は大人しいけど飛行能力がちょっと劣る感じ。優勝目指すとなると厳しいかも。最後はウララ。この子はハミに敏感で暴れん坊だけど、飛行速度は随一だよ」


 それぞれどんなドラゴンかはわかるが、サマンサのようにちょうど良い感じのやつはいないのか。

 しかも名前が全部和風なんだよな。


「くぃーん!」


 レージが考え込んでいると、ロッテが立ち上がった。

 そしてバサバサと翼を打ち、私がいるというアピールのようなものをしてくる。


「いやロッテ、さすがに無理だろ。まだ調竜策で飛ぶ練習すらしていないのに」

「くぃーん!」


 ロッテの目はやる気に満ち満ちている。


「ロッテちゃんは成長が早いとはいえ、まだ幼いから難しいと思う」

「くぃーん!!」


 テルの言葉にかぶせるようにロッテが力強く鳴いた。


「わかった、ひとまず調竜策をつけて飛ぶ練習をしてみようか」


 しかしロッテのアピールは止まらない。

 ロッテは屈み込み、ほら乗ってみろよと言わんばかりだ。


「うそだろ……いくらなんでも無茶だろ……?」

「うんうん、危ないと思うよ。まだ飛んだこともないのに」


 ロッテは再び立ち上がると、じゃあ見てろよとでも言いたげなように一瞥し、力強く大地を蹴って跳躍した。

 そして翼を何度も打って高く飛び上がった。


「おい、ロッテ! マジかよ」


 風圧を感じながらレージも慌てて立ち上がり、ロッテを見上げる。

 ロッテは空中を円を描いて旋回し、ホバリングしてレージを見た。そして一言。


「くぃーん!」


 どうだ見たかとでも言ってるのだろうか。

 ロッテはレージにべったりということ以外には、比較的素直なドラゴンだった。こんなに我を見せるのは珍しい。


「すごい……」


 テルが小さく呟いた。


「ロッテ! 戻ってこい!」


 レージは声を張り上げてロッテを呼んだ。

 旋回しつつ滑空して降りてくる。そしてレージのすぐ近くに降り立った。


「ロッテちゃんすごいね、うん、本当にすごい……!」

「そ、そうなの?」

「前に、人は赤ちゃんの時に立ち上がって歩くことを教わるかって言ったじゃない? でも赤ちゃんはいきなりスタスタ歩けるわけじゃないよね。ドラゴンも最初からこんなコントロールして飛行できるわけじゃないんだよ。だから調竜策を使って少しずつ慣らしていくんだから」


 テルの言葉には説得力があった。

 確かに初めてなにかをやる時、すんなりうまくいくことなんて少ない。

 特に身体的な問題であればなおさらだ。


「ロッテ、気持ちはわかったよ」

「くぃん」


 レージはゆっくりと息を吐き、ロッテの目を見据えた。


「あと3週間しかない。でも今のロッテを見たら3週間もあるって思えてきた。一緒にがんばろう!」

「くぃーん!」


 ロッテは嬉しそうに鳴いて、レージに顔を寄せてきた。

 それをレージは撫でることで答えてあげる。


「よし、じゃあ乗ってみるか!」

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