第28話 準備

「いらっしゃませー! あっ、テルちゃんとレージくん!」


 ロゼットは笑顔で二人を出迎えた。

 接客業としては素晴らしいが、武器屋という物々しい場所にはマッチしていない。


「こんにちはー」

「今日はどうしたの? っていうかその腕どうしたの?」

「ちょっと、怪我しちゃって……」

「あらら」


 ロゼットは包帯で吊られた腕を見て痛そうと呟き、心配そうな顔をする。


「えっと、今度の王国杯のエアリアルリングのエントリーと、それ用の装具を用意しようと思って」

「あらテルちゃん、その腕で出れるの?」


 あ、という顔をしてテルが怪我していない方の腕を振って否定した。


「実は、今回はレージが出るんです……!」

「レージくんが!? この前までひとりでドラゴンに乗れないって感じじゃなかったっけ?」

「そうなんですけどね……あはは」


 レージは苦笑いしか出ない。


「レージはすごいんですよ! 昨日もドラゴンに乗った状態で夜盗と戦って、弓で相手を射ったんですから!」


 すごいよいしょされてるけど、悪い気はしない。


「うそ!? ドラゴンに乗るのだって簡単なことじゃないのに、その上で弓を構えて、さらに相手に当てたの?」

「まぁ、そうなります……」


 なんていうか、ものすごく恥ずかしい。

 あんまり自慢することでもないし、昨日は無我夢中だったし。

 すると、ロゼットがレージの背負っている弓に目をやる。


「その弓、シンプルだけど良い弓ね」

「ありがとうございます」

「丁寧に使い込まれてるし、装飾とか派手さはないけどしなやかさがあるもの」


 自分を褒められるよりも嬉しかった。

 弓術に関しては、まだまだたくさん課題がある。

 今の段階では、ある意味この弓に教わっているようなものだ。


「で、装具だっけ?」


 ここは武器屋だが、一部の防具や騎竜用の装具も揃っていた。


「自分の鞍と手綱は用意しないとね。あとはロッテちゃん用に頭絡とハミでしょ。それとそれとレージの正装もね」


 テルに言われるがまま、装具を見て回る。

 鞍は長時間乗っててもお尻が痛くならないものを。馬と違って細かい振動は少ないものの大きな揺れが多く、騎乗時間がドラゴンの方が長くなりがちだ。さらに言えば、ドラゴンは鱗が硬いので、ドラゴン側に合わせる必要がない。

 手綱は滑りづらいことも大事だが、レージの場合は両手を放すケースが多いため、絡まりづらくて形状が保たれる硬めの革を選ぶ。革を包み込むようにゴムみたいな素材が滑り止めとなっている。

 ロッテの装具はテルが良さそうなものを選んでくれている。まだ大きくなりそうなので、サイズを可変できるものにする。

 レージ自身が身につけるものは、まずグローブ。本来籠手を装着するが、その下にはめる薄手の革手袋が必要だ。

 弓を射る時に邪魔にならないもので、なおかつ手綱を握った時に滑らないものが望ましい。


「ちょっと条件が特殊すぎるのよね。騎乗して弓を射るなんてマニアックな戦法用に開発されたものなんてないし……」


 弓兵部隊の移動に地竜であるムシュフシュが使われることはあるという。

 しかしいざ戦闘、戦争の時には集団となって弾幕を張る戦法が主流で、そのため陣形をコントロールしやすくするためにドラゴンには乗らないのだ。

 ロゼットは弓兵部隊が愛用している手袋を見せてくれるが、どれも少し厚手で、手綱の感触が伝わりにくいものが多かった。


「あの、指先が開いたグローブの方が好みなんですけど」

「そういうタイプはないから、指先を切っちゃうのがいいかも」


 そう言って、騎竜用の薄手の手袋を見せてくれる。

 しなやかな手触りで、かなり良さそうに感じる。

 レージが指先を出したい理由は、その方が細かい手綱の感触を感じやすいからだ。馬術界ではマイナーだったが。


「これにします。あの、この手袋の左手は全部と右手は薬指と小指の二本だけ、第二関節から先を切っちゃってもらえませんか?」


 レージはこれまで弓を射ってきた経験から、矢を持つ方の親指、人差し指、中指の三本に負担がいくと感じていた。

 そこで、その三本だけはカバーできるようにし、他の指は指先が出るようにお願いをした。


「しょうがないわねぇ、特別よ?」


 そう言ってロゼットは手袋を持ってお店の裏側へ行った。


「その間に正装もみておこっか」

「正装ってどういうものなの?」


 馬術では白キュロットに燕尾服とかジャケットとかって感じだったが、どうもそういったものは置いていない。


「そりゃ戦闘服ってことだよ。鎧とかでもいいし、とにかく生存率を上げるものってこと」


 なるほどそりゃそうか。今の服は動きやすい反面、布一枚で防御力なんて皆無だ。


「そのうえで、かわいい、もしくはかっこいいものが理想よね」

「まあ、ダサいのはちょっと嫌だしね」


 色々と見て、レージは紺色のコートを選んだ。

 デザインがシンプルだし、軽いからだ。魔獣の革が使われているらしく、さらに防護魔法が掛けられており、防御力は高いとのこと。後ろの部分は腰から下に切れ目が入っており、騎竜した状態でも様になる。

 さらに胸当てと籠手、膝当てと、インナーを選んだ。

 これらを選んでいる最中にロゼットが戻ってきて、指先を整えた手袋を見せてくれた。

 ちゃんと切った箇所も裁縫して整えてくれていた。


「あとはブーツくらいかな」


 レージはこれまでジョッパーブーツを履いていたが、たしかにちゃんとした長靴が欲しい。

 ジョッパーブーツはくるぶしまでしかないため、馬術ではチャップスという膝下を保護するものを着用する。

 しかし、レージはこちらの世界に来てからそういったものはつけずにドラゴンに乗っていた。テルはいつも長靴を履いていたが……。

 長靴を履いて扶助を行うのと、ジョッパーブーツのみで扶助を行うのは細かな感触、強度共に雲泥の差が出る。なにより擦れて痛くなってくる。

 これまではないものねだりしてもしょうがないと思っていたが、手に入るなら話は別だ。

 レージは革が柔らかく、自分の足にフィットした一足を選んだ。黒を基調としつつ、トップ部分が赤く、ツートンカラーがとてもおしゃれだ。

 現実世界では黒一色がメジャーだから、ちょっと派手で躊躇しそうだ。しかしここは異世界、ちょっと冒険してみたくなる。

 そして全部を試着してみる。


「いいねいいね、かっこいいよー」


 ロゼットの煽てにテルがうんうんと頷く。

 まんざらでもないが、ここに来て変に冷静になってしまった。


「ぁ、あの、お金が……」

「あらレージくん忘れちゃったの? こういう時に王国訓練兵奨学金を活用しなくちゃ」


 なるほど、軍を目指しているわけだし、この制度を頼るのは良いかもしれない。


「でも確か全額負担の条件って……」

「18歳まで、およびAランク評価以上で王国軍への入隊って感じね」


 申し込み用紙を持ってきたロゼットが笑顔で言う。

 この笑顔はいったいどういう感情なんだろう。お前ならできるだろくらい思われてるんだろうか。


「やるしか……ないのか」

「そうだよ、やるしかないんだよ!」


 テルがレージの背中を叩く。

 これまでの人生でお金のことなんて心配したことなかったし、なんか社会に出るってこういうことなんだろうなと思う。

 これが責任というやつか。


「よし、がんばろっ!」


 控えめに拳を握り、レージは言った。

 大会まで時間はない。

 しかし、レージはなんとなくスタートラインに立てた気がして、高揚していた。

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