第27話 エアリアルリング
その日は寝不足な目をこすりながらも、忙しい一日となった。
午前中は捕らえた男を憲兵に引き渡した。
この憲兵というのは、王国内の治安維持を目的としている言わば警察のような存在だ。
王国軍の各隊からの希望者や推薦者が王国各地の派出所に送られて編成されている。
つまり、竜騎士の憲兵や、魔導士の憲兵など様々なのである。
レージはテルと一緒に市場のある大きな町の派出所へ向かい、男を直接引き渡したという流れだ。
そして、もうひとりの赤髪の少女の情報も話すと【夜更けの月】という盗賊団の情報を教えてくれた。
この盗賊団は、依頼されたものはなんでも盗む。依頼されなくてもなんでも盗む。というのをモットーとした、結局なんでも盗む盗賊団らしい。
裏社会でもそこそこ有名な盗賊団のようで、そこに精通する者が黒幕としているのかもしれない。
今は推測の域を出ないので、男の尋問を含めてなにか情報に進展があったら連絡すると憲兵からは言われた。
この世界における連絡手段というのは、風魔法と光魔法を組み合わせた魔法で電話のようなものがあるらしい。
説明を受けた印象だと、マーキングした相手に魔法の糸電話を繋ぐイメージだ。
ただ、これには風D級、光E級の適正が必要となるため、光の属性適正が足りないレージにはまだ使えない魔法だ。
そういう場合は、発信はできないが受信はできるらしい。つまり相手が自分に使ってくれれば、会話ができるというわけだ。
憲兵の派出所を後にしたレージとテルは、その足で病院へ向かう。
小さな診療所だが、いつもヴィンセント家がお世話になっている病院なのだという。
診療所に入ると、受付とかそういうのはなく、すぐに診察室になっていた。
中には白髪で腰の曲がった、かなり年配の白衣の老人がひとり。おそらく先生だろう。
テルが椅子に座って、患部を見てもらう。
「ありゃー、これは折れとるねぇ」
「やっぱり……」
「骨折となるとワシじゃ無理なのよねぇ」
ぇえ、治せないんかい!
多少のねんざ、打撲などはこの診療所で治せるが、骨折となると大きな病院に行かなければいけない、ということだ。
ただ、大きな病院では高額な医療費となるので自然治癒という選択肢しかないのだった。
「なんで、あそこの診療所じゃ治せないの?」
診療所を出てからレージがテルに問いかける。
「癒やし魔法も【魔法】だからね。属性の適正が高くないと、大きな怪我の治療はできないんだよ」
「なるほど」
属性値が低いと町の診療所程度、高くなっていけば大きな病院や軍の医療部隊で出世できるという。
ただ、診療所レベルでも軽い症状の患者はたくさん来るため、食いっぱぐれることはない。
軽い症状であれば料金が安く、重い症状であれば料金が高くなる。怪我でも病気でも同じ考えだ。
国民保険のないこの国では、医療費の負担はそれなりに大きい。
しかし、国の制度もしっかりとしているため、それに対する反感は少ない。
国の法律として、癒やし魔法の対価が定められているのだ。
これは癒やし魔法の価値を一定とし、平等に扱うことを狙いとしている。
このため癒やし魔法を悪用することも、良かれと思って無償で治すこともできない。
ただしいくつか例外があり、そのひとつは軍事行動に伴う使用は対価を必要としない。
基本的には王国軍に属していると様々な特権、恩恵があるということだ。
「困ったなぁ」
「どうしたの?」
珍しくテルが滅入っている。
歩く足にも力が入ってないように見えた。
「自然に治るの待ってたら、たぶん1ヶ月くらい掛かるって先生言ってたじゃない?」
「うん、骨折だしね」
「それだと、3週間後にあるエアリアルリングの大会に出られないんだよ」
「そりゃ、怪我してたら無理できないでしょ」
「その大会で良い成績を残すと、牧場の格付けが上がって軍からの評価が良くなるの」
「うんうん」
「そうするとドラゴンをたくさん買ってくれるから、牧場が潤うってわけ。で、この格付の仕組みは1年間のポイント制になってるんだよ」
つまり、大会に出ないとそのポイントが獲得できないということか。
「うちの牧場の格付けは、次の大会を逃すと獲得ポイントが足りなくて下がっちゃうの」
「あれだけテルは騎竜技術が高いのに、今年はあまりポイントを稼げてないの?」
「うん、去年お兄が亡くなってから人手が足りなかったから、バタバタしちゃってたんだよ。次の大会で優勝すれば問題ないと思ってたしね」
「そっか……」
そんな中、自分が現れたことももしかしたら影響してしまった可能性がある……。
「この格付って、牧場の身内が竜騎士隊にいる場合は格付けのポイントが自動付与されるの」
「いわゆるコネってやつか」
「去年まではお兄が軍にいたから、うちの牧場としては大会は趣味の範疇だったんだけど、今年はそうもいかなくて……」
なるほど、テルが竜騎士になりたい理由のひとつなのかもしれない。
オーイツは昔の怪我の関係でドラゴンに乗れないようだし、ナッツもまだ幼い。
「大会の頻度もそんなに高くないから、次の大会が今年最後なの」
「冬はめちゃめちゃ寒いって言ってたから、そういう競技をやる季節じゃないんだね。それにしても、エアリアルリングの大会って見てみたいなぁ。すごくおもしろそう」
「うん、すごくおもしろいよ……って、そうだ!」
突然テルが閃いた、らしい。
立ち止まって笑顔でレージを見る。
「どうしたの?」
「レージが出ればいいんじゃん」
「ほぇ?」
今まで出たことのない声が出た気がする。
「いや、ちょっと待って。まだ初心者の俺が、そんな大会なんて無理でしょ!」
「レージならいけるよ! うん、いける!」
どこからその自信がくるんだ?
いや、そりゃ大会には出てみたいよ。そういうの好きだし。
でも、そんな格付けを掛けたプレッシャーなんて勘弁してほしい。
「そうと決まったら、ロゼットさんのお店にいこう!」
「決まってないよ! 決まってないからね!」
「安心して! エントリーは私がしておくから!」
そこじゃねぇ!
どこぞのアイドルの書類選考かよ!
「レージにとって、良いこともあるんだよ?」
「良いこと?」
「うん。大会の入賞者はなんと、竜騎士隊の一次試験免除なの」
「うっ、筆記試験免除!?」
「そうだよ!」
「……やりましょう」
なぜ実技で筆記試験が免除されるのか意味不明だが、試験を受けるうえで一番厄介だと思ってたものを回避できるなら、この上ないチャンスかもしれない。
こうなったらやるしかない!
我ながら現金と思いつつ、あっさりレージは腹を括ったのだった。
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