第26話 奪還

 月明かりしかない中、ゆっくりと辺りを見回しながら5分くらい北へ飛ぶ。

 ちなみに方角は星と月の位置を見るとわかる。これはオーイツに教わったことだ。

 少し離れたところから、ドラゴンの翼をうつ音と、金属と金属がぶつかり合う音がした。

 レージはサマンサのペースを上げて、音の方へ急ぐ。

 テルはレージが戦っていた箇所から少し北に行ったところで、もうひとりの逃げた黒ローブと戦っていた。

 テルの攻撃は基本的に槍攻撃によるヒット&アウェイだ。

 コタロウを敵に突っ込ませて槍を振るう。

 黒ローブの方は、その槍を二本のナイフでうまくいなしたり、回避している。

 この黒ローブはレージが対峙した男以上の身体能力と戦闘練度のように感じる。

 動きに無駄がなく、土魔法や水魔法を駆使した防御でテルを苦戦させている。


「テル!」

「レージ! よかった、無事だったんだ」

「いちおう男はとっ捕まえたよ」

「さすがだよ!」


 それに対して黒ローブが舌打ちをする。


「なさけない」


 黒ローブは女の声でそう呟いた。

 この世界では男女間での身体能力の差が少ないように感じる。

 というか、地球ではありえないような身のこなしをする。まるで映画のワイヤーアクションだ。

 どれだけ機敏な動きをしようとも、ここからは二対一の状況となる。

 しっかりとこの状況を活かしていかなければいけない。


「レージは弓や魔法でサポートお願い。私は接近戦だよ」

「オッケー」


 テルが黒ローブに突っ込む。射線に入ってしまうので、レージは回り込んで射線を確保する。

 矢の残りは4本。ここぞというタイミングで使いたい。

 テルの突きのタイミングでエアカッターを放つも、どちらの攻撃もかわされてしまう。


「フレアピラー!」


 テルの魔法で、地上から火柱がいくつも立つ。

 差詰め炎の壁といったところ。

 これで黒ローブの動きを制限する狙いだろう。


「コタロウ、炎弾!」


 テルがそう言うと、コタロウが少し仰け反って口から炎の弾を何発も吐き出した。

 ファイヤーボールとは比較にならない巨大な火の玉が複数飛んでいく。

 最初の一発を黒ローブはバック転しつつ避けるも、地表に着弾した途端に爆発する。

 まさに強烈な一発だ。

 黒ローブは爆風で飛ばされ、フレアピラーで囲まれたエリアに追い込まれる。

 そこにさらなる炎弾が襲いかかる。


「レジストフレア!」


 片手を炎弾にかざして、水魔法の上級防護障壁が展開する。

 それに炎弾が当たってかき消されてしまった。

 かなり高度な水魔法を操れるようだ。


「スカイエアロ!」


 レージは間髪入れずに真上から降り注ぐ風の刃を放つ。風C級の魔法だ。

 避けられない今なら効果的な魔法のはず。

 そして、直後に魔法の効果なしで矢を放った。


「めんどくさいな」


 黒ローブは呟くと同時に、レジストフレアを展開していた方向を真上に向ける。

 それでスカイエアロを受け止めると、もう片方の手で刺さる前に矢を掴んだ。


「はぁ!?」


 思わず素っ頓狂な声をレージはあげてしまう。

 火属性魔法を防御する魔法で風魔法を受け止め、さらに放たれた矢を掴むって意味がわからない。

 確実に矢が当たったと思ったタイミングで防がれてしまったわけだ。

 動体視力、反射神経、身体能力。どれを取っても異常にすごい。

 レージが驚いているタイミングで、フレアピラーを突き抜けて黒ローブの背後にテルが現れた。


「なに!?」

「油断大敵だよ!」


 黒ローブも思わず虚をつかれたのか、反応が鈍る。

 テルは槍を逆手に構え、相手の肩目掛けて思いっきり突いた。


「あまい」


 瞬間、黒ローブが槍をすり抜けたように見えた。

 蜃気楼のように身体が揺らめき、槍を避けてみせたのだ。

 しかし、フードの部分に槍が引っかかり、フードの一部がちぎれるのと同時にはだけた。

 赤い短髪で強気な目の少女が顔を出し、ニヤリと笑う。年齢はレージたちとそうは変わらないように見えた。

 そして、勢いのまま突っ込んだテルとの距離を一気に詰め、ナイフを振り抜いた。


「いたっ!」


 それをテルは槍を持ってない左手の籠手で受け止めた。

 尋常じゃない衝撃がテルの身体を走る。

 黒ローブはすぐに離れ、テルを乗せたコタロウもすぐに上空へ飛んだ。


「いたたた」


 槍を脇に抱えて、手首をさする。


「ふんっ。竜騎士ごっこには負けないよ」


 そう言って懐から小袋を取り出した。

 レージはその間に、相手の見えない位置である斜め後ろにサマンサを移動させる。

 もちろん位置としては把握されるだろう。


「あんたら、これがなんなのか知ってるわけ?」


 その問いはテルに向かってだった。

 テルは黙って少女を睨む。


「はんっ。なんにも知りもしな――あっ!」


 まだ少女が話している途中だったが、小袋に矢が命中し、矢と共に地面に刺さった。

 レージは空気を読まずに死角から矢を放っていた。


「そういうのいいからさ、返してほしいんだよね」


 レージはひとつ仮説を立てていた。

 魔法というのは位置というか、存在を感知されるんじゃないかと。そういう技術があると思う。

 ウィンドウアローがことごとく簡単に避けられたのは、魔法を纏っていることが原因だと思ったのだ。

 そこで、なんの細工もせずに、小袋に向けて矢を放ったというわけだ。

 もちろん、これを少女に向けて放っていたら、殺気を感じて避けられていたかもしれない。

 殺気ってなんだよって話だが、最近ではレージもなんとなく、自分が狙われているという悪寒が走る感覚がある。


「ちょ、まっ!」


 すぐにもう一発少女へ向けて矢を放ち、直後にサマンサを小袋の方へ全速力で誘導する。

 少女は焦ったのか、後退して矢を避けつつ、小袋へダッシュした。

 しかし、レージはサマンサの体を少女と小袋の直線上に入れる。これで簡単には拾わせない。

 サマンサは小袋のところで急停止して身をかがめ、レージは目一杯乗り出して小袋を拾った。

 同時に後ろから少女が跳躍してレージを襲うが、一瞬だけ早くサマンサが飛び上がった。


「ファイヤーストーム!」


 テルが魔法で着地直後の少女を攻撃するが、レジストフレアでいとも簡単に防がれた。


「テル! ここは退こう!」


 レージは冷静に戦力分析をしていた。

 今のレージと負傷したテルでは協力しても勝てない相手だ。

 一瞬の隙をつけたのは運が良かったが、完全勝利を求めたら奪い返される可能性もある。

 ドラゴンに乗っている自分たちの方が速く移動できるし、今は退くべきだ。

 もちろん、帰る場所は特定されているが、少なくとも近日中に再度襲撃してくることはないだろう。

 相手もこちらが警戒すると思うだろうし、顔が割れている分相手自身も警戒を強めないといけない。


「わかった!」


 テルは怪我していない方の手で手綱を持ち、コタロウを上昇させて南側を向く。


「あっ、ちょっと、待って!」


 少女は上空に手を伸ばすも、もちろん空を切る。


「やばい……依頼失敗だ……」


 少女が呟いた声はギリギリ聞こえるか聞こえないくらいかだった。

 なんとか盗品は奪い返すことができたものの、その代償はテルの負傷という結果になった。

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