第24話 空対地


 相手が地上、こちらが空中というのはそれだけで大きなメリットだ。

 まず相手の物理攻撃が基本的に当たらない。

 そうなると必然的に相手は魔法を中心とした戦い方を強いられる。

 そこが限定されているだけで、戦略上有利と言える。

 さらにレージは自ら近づいてリスクを負う必要のない弓を武器としている。

 つまり物理攻撃でも魔法攻撃でも、ずっと空中から攻撃できるわけだ。

 ただし、弓の弱点は攻撃回数にある。

 クマスター(正式名称はブラウングリズリー)との戦いでも痛感したが、一回一回の攻撃を大切にしなければ、すぐに攻撃手段を失ってしまう。

 今回はドラゴンに乗っているため、地上に刺さった矢を回収することはできない。いや、厳密には降りればできるが、そんな余裕が生まれるとは到底思えない。

 矢筒には残り8本の矢が入っている。


「おら、どうした? こっちから仕掛けてもいいのか?」


 月明かりに照らされた男の顔は、人相の悪さがそのまま夜盗としてぴったりの顔だった。

 目つきの悪さ、ボサボサの髪、ずっとニヤけている口元。

 こういう人が悪の道へいくのか、悪の道へいったからこうなったのか、レージにはわからない。


「何を盗んだんだ?」

「アホかよ。こっちはおしゃべりするために止まったんじゃねーんだよ」


 レージの問い掛けは無意味で、その返答と共に片手をかざしてファイヤーボールを放ってきた。

 そりゃそうか。

 妙に納得をしたレージは手綱を片手にまとめて握り、サマンサに脚で扶助を行う。そして難なく飛んできたファイヤーボールを横にかわす。

 夜に火の魔法は視認性が高く避けやすい。

 しかも魔法で言う初歩の初歩、ファイヤーボールを撃ってくるということは、口ほどにもない相手なのかもしれない。


「ファイヤーボール!」


 今度は両手をかざしてファイヤーボールを放ってくる。しかし放出された火の玉はひとつだけだった。

 一瞬肩透かしを食らったレージだったが、火の玉の前にいくつかの黒い物体が見える。

 ただのファイヤーボールじゃない!?

 思って、咄嗟にサマンサを横に大きくスライドさせが、思わぬダメージを受ける。

 ドスっとサマンサの胴体や翼になにかが当たった。

 ドラゴンは自身の魔法によって防護魔法が掛けられている。そのためダメージはかなり軽減されるのだが、なにかが当たったということにレージは動揺する。


「ごめん! サマンサ!」


 ファイヤーボールが放つ光によって逆光となったため、当たる直前までなにが飛んできたのかはよくわからなかった。

 サマンサに当たったいくつかの物体は、おそらく石だ。当たってから気づくのでは遅いが。

 男は両手をかざして魔法を放ち、ファイヤーボールはひとつしか生成されなかった。つまり、もう片方の手でなにか別の魔法を無詠唱で発動していたことになる。それが、おそらく土魔法で石を散弾に飛ばす魔法なのだろう。

 元来魔法は無詠唱で発動することができる。なぜ詠唱するかといえば、口に出すことで魔法イメージを明確化できるからだ。

 もっと生物学的に言えば、特定の単語を口に出すことで、当該魔法を強くイメージする条件付けにすることができるのだ。

 特に戦闘中は他にも考えることが山ほどある。

 そのため詠唱することで魔法イメージをブレずに発動できるというわけだ。


「へへっ」


 下卑な笑いでレージを煽る。

 実戦慣れしてるって感じだな。

 戦い方は相手の虚を突くスタイルで、決して王道とは言えない。

 だが、下位魔法の組み合わせの工夫、詠唱と無詠唱を組み合わせたフェイク、夜という視認性の悪さを利用した攻撃。

 参考というか、戦術として勉強になる要素がたっぷり詰まっている。


「エアカッター!」


 レージもただただやられているわけにはいかない。

 風D級の風の刃で応戦する。


「甘ちゃんだな」


 見えないはずの風の刃をいとも容易くバック転で避け、その返しでファイヤーボールを無詠唱で放ってくる。

 なんで避けられるんだ……?

 レージは全く理解できなかったが、動きを止めずに次の行動へ移す。

 サマンサを旋回させつつ、一度手綱を放して弓を構える。


「ウィンドアロー! エアカッター!」


 連続で風の矢と風の刃を放つ。

 そして、間髪入れずにもう1本の矢を魔法を掛けずに放つ。


「それは見えてるっての!」


 男は器用に体を捻らせて風の矢、風の刃と共にするりと避ける。

 しかし言葉とは裏腹に、最後に放った矢が肩をかすめた。


「チッ」


 男は舌打ちをするが、浅い傷は一切気にしない。


「ロックシューター!」


 すかさず反撃をしてくるが、散弾とわかっているのでサマンサを滑空させ大きく避ける。


「魔法だけじゃキリがねぇな」


 それはレージも感じていることのひとつだった。

 遠距離攻撃の打ち合いでは、お互いに避けれるためダメージの蓄積がない。

 こうなると、どちらか先に魔力が尽きるまで、という泥仕合になる。

 レージの状況としては、それでも良い。

 もちろん早く倒してテルの援護に行けることが最善だが、重要なのは勝つことだ。

 ジリジリと戦って、最終的に勝てるのならそれでも問題ない。


「めんどくせぇ。さっさと片付けるか」


 男はおもむろに懐に手を入れ、護符のようなものを取り出した。


「顕現せよ!」


 護符をかざした瞬間、一帯が明るくなる。

 なんだコレ……?

 そこに姿を現したのは、火の化身だった。

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