第23話 夜盗

 季節は秋。

 さほど暑くない夏が終わり、厳しい寒さを迎える冬に備える季節。

 レージが異世界に来たのはどうやら夏だったらしい。

 肌感的には春っぽく感じていたが、そこまで暑くなる地域じゃないようだ。

 それ故に、冬はとても寒くなるとのこと。

 雪が降ることも多いし、そうなると食料の確保も難しくなる。

 そのため、秋はとても忙しくなる。


「いやー、今日も疲れたな」


 夕食後、魔法の教科書を読んで勉強し、いい時間になったのでレージは厩舎に戻ってきた。

 シャルロッテの竜房内のランタンに魔法で火を灯し、ごろんと横になり、横で丸くなっているシャルロッテを撫でる。

 今日は食料の買い出し、そしてそれらを保存食に加工していく作業を延々と行っていた。

 加工作業をやっていて、レージの中ではちょっとした疑問があった。

 この厩舎が良い例だが、温度管理する魔法陣というのがあるのなら、冷蔵庫、もしくは冷凍庫も作れるんじゃないか。

 この世界では基本的に食料を常温で保存している。

 肉とかもすぐに燻製にしたりして加工する。

 さらに言えば、魚の流通が少ない。町の市場にも魚はあまり並んでいなかった。

 恐らくは鮮度を保つ技術がないからなのだろう。

 鮮度が落ちる理由がわかっていないからなのか、冷気の魔法陣は技術的に難しいのか。

 寒い地域ならわかりそうなものなのだが謎だ。


「明日、テルに聞いてみようかな」


 そう言って、目を閉じる。

 明日はシャルロッテの馴致をしよう。だいぶハミにも慣れてきたし、調竜策を使って飛ぶ練習をしよう。

 意識が落ちる直前、ランタンの火を消してなかったことに気が付く。

 再び目を開き、ランタンに向けて風魔法を掛ける。水魔法だと次使う時に火がつきにくくなるため、風魔法で消す方が良いのだ。

 真っ暗になり、再び目を閉じようとしたその時だった。


ススッ


 本当に微かに、なにかが通った音がした。

 なにかと思い、体を起こす。

 竜房から外を見るが、真っ暗で何も見えない。今日は天気が悪く、月明かりがないのだ。それに加えて、まだレージの目が暗闇に慣れていない。

 レージはすぐに矢筒を腰に付ける。なにか嫌な予感がした。


「ロッテはここで待ってるんだぞ」


 小声でシャルロッテに言い、弓を持って外に出た。

 気のせいであればそれでいい。幽霊はごめんだが、確実に気配を感じた。恐らく魔物じゃなくて人だ。

 厩舎を出て、向かい側にある家に視線を送る。

 どこも灯りはついておらず、すでに就寝しているのだろう。

 レージが慎重に周りを見渡していると、家の二階の窓が静かに開いた。

 そして、そこから二つの人影が飛び降りてきたのだ。


「誰だ!」


 レージは大きな声を出し、すぐに弓を構える。

 誰かわからない状態で矢を放って良いものか、一瞬悩んだことでその二つの人影が反対方向へ駆け出す。


「なに!?」


 テルが二階の窓から顔を出し、レージを見つける。


「たぶん泥棒!」


 逃げ出したことで、悪意があることがわかった。

 レージは矢を放つも、当たらない。暗すぎて距離感が掴みづらいのだ。


「テル! お前は武器を持って降りてこい! レージとナッツ! 竜装の準備だ。二匹分な」


 オーイツが家から飛び出し、それぞれに指示を出す。

 ナッツも眠そうな目をこすりながら、家から出てきた。

 レージとナッツはオーイツと共にコタロウとサマンサの装備を整える。


「いいか、ここからはしばらく平原が続いている。北の方に逃げたのは見えたから、恐らく一番近い森に逃げ込むつもりだ」


 オーイツの説明にレージとすぐに降りてきたテルが頷く。


「勝負は森に入るまでだ。あっちの足がなにかによるが、ムシュフシュ程度ならヴィーヴルで追えばまだ追いつく」

「わかった。光魔法のサーチライトで探してみる」

「なにが盗まれたかわかるか?」

「あたし、お兄ちゃんの部屋のドアが開いてたの見たよ」

「くそったれ! 俺は古傷があってドラゴンには乗れねぇ。すまねぇが頼んだぞ二人共!」


 テルとレージはそれぞれコタロウとサマンサに跨り、すぐに出発した。

 そして、テルが光E級のサーチライトで索敵する。


「ごめん、その魔法使えなくて」

「ううん、そういうのはしょうがないことだから」


 暗い中の飛行はただでさえ神経を使う。

 平衡感覚を視覚で感じにくいので、体に感じる重力の具合で判断しなければいけない。

 幸いサーチライトをテルが使ってくれているおかげて、ひとまずテルに付いていくことを意識すれば問題ない。

 しんと静かな夜空にドラゴンの翼の音と風の音だけが耳に入ってくる。

 陸生のムシュフシュの足音が聞こえるかどうか、空中だと微妙なところだ。


「お父さんの言ってたとおり、森まで逃げられちゃったら探すのは難しくなる。それまでに見つかるといいけど……」

「そういえば何を盗まれたの?」

「うーん、たぶんお兄の遺品だと思う。お兄の部屋にはそれくらいしか盗るものないし」

「ひどい。絶対に取り返そう!」


 相手が最短距離で北の森を目指すルートなら、そろそろ追いついても良さそうだ。

 集中して辺りを見渡す。

 ひんやりした風が体を冷やすが、アドレナリンが出ていて今は気にならない。


「なんかドシドシ走る音が聞こえる気がする……!」


 レージが言った直後、サーチライトに一瞬なにか動く物体が照らし出された。

 テルはそれを見逃さず、再びその物体を照らす。

 四足歩行で走るドラゴン、ムシュフシュだ。上にはフードをかぶった黒いローブを着た人が乗っている。


「いた!」


 テルの声と共に、レージは手綱を放し片腕に掛け、弓矢を構える。

 揺れるサマンサの上から集中して相手を狙う。

 ちょうど雲の切れ間から月明かりが差し、一帯が少しだけ見やすくなる。

 サーチライトに照らされているムシュフシュの前方に、もう一頭ムシュフシュが走っている。

 どっちが盗品を持っているかわからないが、ひとりずつやるしかない。

 森まではまだ距離がある。落ち着いて対処すれば、きっと大丈夫だ。


「撃つよ」

「うん!」


 模擬戦じゃなく、人を撃つことに若干の抵抗はあったが、状況が状況なだけに迷わないと決めた。

 レージはサーチライトに照らされているムシュフシュに乗る人に狙いを定め、ためらわずにウィンドアローを放った。

 放たれた矢は走っているムシュフシュの左後ろ足に命中した。人を狙ったつもりだったが、やはりドラゴンの上からではなかなかに難しい。

 結果としては功を奏した。

 ムシュフシュが足を引きずり、明らかに走る速度が落ちたのだ。


「私が行く!」


 それを見たテルが好機と捉え、果敢に突っ込んだ。

 空中からコタロウで滑空して突進し、槍を相手の肩目掛けて突く。

 しかし、黒ローブは寸前で体を捻り、ムシュフシュから飛び降りた。


「ちっ。こんなガキ共に」


 男の声だ。

 黒いローブの男は、なにやら紐でしばられた袋を懐から取り出し、もう一方のムシュフシュに乗る黒ローブに投げた。


「先行ってろ!」


 おそらく盗品なのだろう。

 テルは、攻撃した男と逃げていく黒ローブを見やって、一瞬迷った。


「テル! ここは俺が」


 すかさずその迷いを断ち切らせる。

 テルの方が騎竜技術も戦闘力も高い。

 そのため、盗品を取り返す確率が高いのは間違いなくテルだろう。

 かと言って、この男を逃がすわけにはいかない。本当に盗品を持ってないとも言い切れないからだ。

 ここでレージが男の相手をし、テルがもう一方を追うというのが最善だとレージは判断した。


「わかった! 無理しちゃダメだからね!」


 テルは、レージにこの場を託し、盗品と思しき袋を受け取ったもうひとりを追う。

 レージはサマンサの上から弓を構える。

 月明かりのおかげで、相手の位置がよく見える。


「おいおい、ドラゴンの上から弓で狙えるとでも思ってるのか」


 ムシュフシュに当てたのはマグレだと思われているのだろう。


「思ってるよ!」


 そう言って放ったウィンドアローは男に向かって一直線だった。

 男はまたもや体を捻って避け、ひゅーと口笛を鳴らす。


「恐れ入ったぜ」


 余裕のある声で見上げてくる。黒ローブのフードの下から鋭い目とニヤリと笑う口が見えた。

 マリルほどとは言わないが、相当な身体能力なのだろう。


「対竜騎士は好きじゃねーし、地対空戦なんてクソ喰らえだ。しかも精度の高い弓なんざさらに最悪だが、所詮ガキだ。遊んでやる」


 男はそう言ってフードを下ろし、素顔を見せた。

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