第十八話「横綱の必殺技」

 力道山を筆頭として、大相撲出身のレスラーが多くある(あった)ことは前述したとおりだ。

 その力道山。

 力士時代に得意とした突っ張りに、空手のアレンジを加えた空手チョップは力道山の代名詞ともなった。

 その力道山に次いで成功したといえるのが玄龍天一郎だ。

 力道山と同じくチョップを得意としているが、フィニッシュホールドとして拘るのは飽くまでパワーボムである。

 その玄龍と激闘を繰り広げたこともある第五十四代輪島大士は、力士時代の代名詞「黄金の左」にちなんで命名された「ゴールデンアームボンバー」なる技をフィニッシュホールドとした。これは相手に向かって走り込んだ勢いのまま、腕を相手の喉にあてがって後方へと倒す技である。ちょうど相手を巻き込む形で倒れ込む大外刈りの変形と考えてもらって差し支えない。

 輪島引退後は使い手のなくなったこの技を、同じく大相撲出身の田上明が「喉輪落とし」の名称で復活させている。ただゴールデンアームボンバーから大きくアレンジが加えられており、田上のそれは「喉輪落とし」の名が示すとおり、相手の喉頸を引っ掴んで高々と持ち上げ、後頭部からマットに叩き付ける形となっている。

 田上は喉輪落としを元に様々なバリエーションを開発しているが、どれも本人のイメージに沿ったダイナミックな技であった。田上と同じ団体に所属した元力士力皇りきおうも、喉輪落としの発展型をフィニッシュホールドにしている。

 第六十代横綱双羽黒光司(大関までは北尾。プロレス転向後も同じ)は北尾ドリラーと呼ばれる変形のパイルドライバーを多用し、これは独特の「溜め」の動作が、フィニッシュホールドたるに相応しい破壊力を思わせる技であった。

 とどのつまり、世に大相撲出身のレスラーは多くあり、そのことごとくが豪快な技を好んで使用したということだ。


 本人を目の前にしてああでもないこうでもないと相談するのは大般若興行の主力メンバーである。

 つい先日の後楽園ホール大会で大般若孝と激闘を繰り広げていたはずの長崎浩二や極悪坊までがその輪に加わって、新たに大般若興行に参戦することとなった狛ヶ峰のフィニッシュホールドを考案している最中であった。


 それにしても、と狛ヶ峰は思った。

 前回の後楽園ホール大会のメインイベントでは、双方が有刺鉄線ボードや有刺鉄線バット、ビッグファイアなどの凶器攻撃或いは反則攻撃を加え、血で血を洗う抗争を繰り広げていた者同士が、今はこぢんまりとした道場の一つ屋根の下に集い、お互いの意見を披瀝しながらあれやこれやと談合しているのである。

(あの闘いはいったい何だったんだ)

 狛ヶ峰でなくとも、プロレスを知らない者がこのギャップを目の当たりにすれば懊悩を禁じ得ないというものであろう。


「聞いてた? 横綱」

 不意に、大般若に話しかけられた狛ヶ峰。

 慌てて

「すみません。聞いてなかったっす」

 とこたえる。

「フィニッシュホールドの話なんだけどね、歴代一位の最強横綱らしく、高角度で溜めのあるパワーボムでどうだって話」

 パワーボムをフィニッシュホールドとする代表的レスラーといえば玄龍であることは前述した。また大般若孝自身もパワーボムの変形であるサンダーボルトパワーボムをフィニッシュとして愛用している。

 プロレスラーの本質は自己愛の塊であり、彼等は他のキャラクターと被ることを極端に嫌う生き物である。したがってパワーボムをフィニッシュに使用することは、同じ大相撲出身でパワーボムを愛用している玄龍にとってはキャラかぶりも良いところで、業界のご法度ともいえる選択であった。

「玄龍さんからはオッケーもらったし、俺だって横綱にだったら全然使ってもらって良いですよ」

 大般若孝は気前良くそう言ってのけた。新人に対しては異例の優遇と言って良い。

 それに狛ヶ峰がパワーボムを使う場合は、二メートル近い高身長を活かし、相手を頂点まで担ぎ上げた体勢で少し溜めを作り、しかる後にマットに叩き付けるよう徹底することで、他のパワーボムの使い手との差別化を図ることが出来ると大般若孝は考えたのである。

 これには大般若興行の他のメンバーも賛意を示した。

 しかし狛ヶ峰のこたえはこうだ。

「受け身からやらせて下さい」

 

 相撲の受け身は柔道やプロレスのそれとはっきり異なる。セメント並みの堅さがある土俵上では、柔道やプロレスのような受け身を取っていたのでは怪我をしてしまう。なので衝撃を和らげるために身体を転がすのが相撲の受け身である。

 だがプロレスは違う。

 プロレスの受け身というものは、相手の技の見栄えを良くする目的で取る受け身なのである。そもそも本来、倒れてはならない競技である相撲に慣れきった力士がプロレス式の受け身に困惑し難渋するのは古今の倣いであった。フィニッシュに豪快な技を好むという力士出身レスラーの傾向は、裏を返していえば攻め込まれて受け身を取ることを強いられるような試合が苦手という事情があったのかもしれない。

 狛ヶ峰はその受け身を教えてくれというのだ。

「横綱に受け身なんて必要ねぇって」

 とする極悪坊のような意見もある。

 インディー団体では稀有な巨体を持つ極悪坊の立ち位置は、デビュー後の近い将来における狛ヶ峰の立ち位置のモデルケースといえるものであった。つまり極悪坊も、相手から攻め込まれて受け身を取らされる場面が極端に少ないのである。

「受け身なんざいいから、豪快な技で沸かせりゃいいんだって」

 極悪坊は自信ありげにそう言い切った。

 しかし狛ヶ峰は新人たる身も顧みず言ってのけた。

「自分、やられっぷりで見せたいと思います」

 表情を変えることなくそう言った狛ヶ峰に、一同が固唾を呑む。なにか、強い思いを胸の裡に秘めていることは明らかだった。

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