第十二話「大般若孝対玄龍天一郎 其之二」

 エプロン際を伝い、助けに入る長崎浩二。ロープ越しに玄龍の髪を掴み、ヘッドバッドを叩き込む。すると千手観音も場外から長崎浩二に襲い掛かるわ、大般若孝は隙を衝いて玄龍を場外に投げ落とすわで大般若興行側得意の場外戦にもつれ込んだ。大般若組の時間である。

 長崎浩二がリングサイドの長机を利用して、千手観音をパイルドライバーの体勢に捉える。するとこのタイミングを見計らったかのように、大般若興行の若手が長机の周囲を取り囲みしっかりと長机を押さえ、固定させた。


 バキン!

 長崎浩二は若手の助力も得て、長机上でのパイルドライバーを成功させ、長机は真っ二つに折れたのであった。

 一方の大般若と玄龍。

 リング上での一対一ならば兎も角も、場外戦でのパイプ椅子の扱いには一日の長がある大般若。パイプ椅子で玄龍の背中を叩いた一撃は強烈で、玄龍は場外にうずくまりしばらく動けない。

 場外戦で玄龍、千手観音両者を大いに痛めつけた大般若、長崎組は対戦チームに先立ってリングイン。レフェリーの場外カウントが十八を数えたころ、怒りを隠さずパイプ椅子を手にした玄龍がリングに復帰した。

 だが場外戦ならいざ知らず、場内にこれを持ち込もうとすればレフェリーのチェックを受けるのは必然。

 玄龍の抗議の声を、集音マイクが拾う。永年の激闘で傷付いた声帯から、

「あいつもやったじゃねえか!」

 というしわがれた声が場内に響く。

 エプロンサイドでレフェリーともめる玄龍。そこへレフェリーをはねのけ、大般若が玄龍にノータッチヘッド。前のめりになった玄龍の頭を、今度は左の小脇に抱え、ロープ越しのDDTだ。

 レフェリーは大般若にはねのけられた衝撃で悶絶し、立てないでいる。

 その隙に大般若孝、玄龍が持ち込んだパイプ椅子を手に取り、リング中央にこれを敷いた。玄龍を引き起こして再びDDT。今度はパイプ椅子上に玄龍の頭頂部を叩きつける。両手で頭を押さえながら足をばたつかせ苦悶する玄龍を尻目に、大般若が長崎にタッチ。パイプ椅子の使い方とタッチワークで圧倒している。

 玄龍、千手観音組もタッグ屋で鳴らしたが、場外戦を交えた闘いともなると大般若長崎組に一日の長があるか。

 しかしここは玄龍も黙っていない。

 依然倒れたままで反則カウントを取れないレフェリーの隙を衝いてパイプ椅子で反撃。勢い込んでリングインした長崎浩二に追撃を許さない。

 千手観音にタッチする玄龍。

 しかし場外戦で負ったダメージは容易に回復せず、戦況は千手観音に不利。たちまち青コーナー側に追い詰められ、エプロンの大般若が千手観音を押さえ、その千手観音に対して長崎が激しく張り手を見舞う一方的な展開だ。そこへようやく意識を取り戻したレフェリーが駆け寄り反則カウントを入れる。

「ワン、ツー、スリー、フォー」

 ファイブカウントまでであれば反則が許されるというプロレスのルールをついて、ギリギリのフォーカウントまで千手観音を押さえつける大般若孝。一旦離してカウントが止まると、再度ファイブカウントの範囲内で千手観音を押さえつけ、長崎が打撃を加える。

 反対のコーナーからいくら玄龍が抗議の声を上げても、ルールの範囲内なのでいかんともしがたい。このあたりの上手さが光る大般若組だ。

 しかし怒りの玄龍はエプロンを降り、自らの場外に出て千手観音を押さえつける大般若を場外戦に引き摺り込んだ。

 リング上では散々反則攻撃を受けた千手観音の、怒濤の反撃が加えられていた。ヒットマンラリアット二連発からアバランシュプレス。千手観音のフィニッシュホールドだ。

 カウントが入る。

 ワン、ツー! 

 そこへ大般若孝が滑り込むようにリングインし、ピンフォールをカットする。玄龍はまたしても場外戦で大般若にしてやられ、ダメージを負ったが、しかしエプロンに戻ってタッチを求める大般若孝の額もパックリと割れて出血している模様だ。

 玄龍が自陣のエプロンに復帰する。

 双方ともダメージを負って、自陣までが遠い千手観音源と長崎浩二。

 ほとんど同時に、それぞれのパートナーへのタッチが成立した。終局を予感する観客のボルテージがさらに上がる。

 大般若の割れた額に拳を叩きつける玄龍。ダウンした大般若を引き摺り起こしてパワーボムを見舞う。玄龍のフィニッシュホールドである。

 だが狛ヶ峰戦をなんとしても成功させたい大般若孝。玄龍天一郎に敗れてしまってはその道も途絶えると言わんばかりに必死のキックアウト。

 カウント二・九九八!

 これがとどめとばかりに再び大般若を引き起こした玄龍。立て続けに二度目のパワーボム。いよいよフィニッシュか。

 そのときである。パワーボムの体勢に大般若を捉えた玄龍が、前のめりにつんのめった。

 カウントが入る。

 これも二・九九九八。

 大般若孝が玄龍のパワーボムをキドクラッチに捉えて押さえ込んだのだ。何が起こったのか俄に状況を掴めない玄龍。かろうじてキックアウトしたが反撃できないでいる。今度は大般若がサンダーボルトパワーボムの体勢にその玄龍を捉え、叩きつけた。

 カウント二・九九九九。

 混乱の中にありながらもキックアウトする玄龍。見れば玄龍組のコーナーでは、場外を伝って長崎浩二が千手観音源の足下にしっかりと組み付いて釘付けにしている。

 そこへ、二度目のサンダーボルトパワーボム!

 玄龍の分厚い体をがっちりエビ固めに固めた大般若孝。レフェリーがすかさずカウントに入る。

 ワン、ツー、スリー! 

 三つ入った!

 大般若孝がプロレス界の盟主ともいえる玄龍天一郎を撃破したのだ。会場にものすごい歓声。拍手。歓喜の嵐である。抱き合って喜ぶ大般若孝と長崎浩二。


 試合後のインタビューで、玄龍天一郎は語った。

「闘う前は、大般若如きで横綱戦とかふざけんじゃねえって俺なんか思ってたけど、今日あいつとやって本気度が見えたような気がしたよ。

 横綱戦、良いんじゃない? こうなったら楽しみだよね」

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