第16話 精鋭たち

 大きな両手剣を持った兵士が仰向けになったハラゥエにとどめを刺す。リーダーはハラゥエが完全に息絶えたことを確認すると、その腹に何かを書き込み、そして紙をぺたりと貼りつけた。


 小隊番号と分隊番号、捕獲日時と……紙は魔物除けの魔法陣か。

 後で回収するまで、他の魔物や動物に食べられたらもったいないからね。その様子を横目で見ながら、別の画面で先程の戦いの様子をリプレイする。


 まず、前衛がハラゥエの突進を一人で止める。

 スピードが乗った最初の攻撃を後ろに跳びながら受け、一度勢いを殺してから二度目にガッツリと受け止める。


 あらためて見ると、ハラウェの突進のすさまじさに驚く。


 ほんの僅かでもタイミングがずれれば、たとえレベル3の強化魔法を纏っていたとしても、押しつぶされてしまうんじゃないだろうか。


 一見余裕で対処しているように見えるけど、一歩間違えれば死が待っている。そんな状況の中で、ハラゥエの突進を冷静に受け止めながらその首を左側にねじって力をいなしつつ、この時点でひっくり返す下準備までしているのか、凄いな。


 それと、最初は気がつかなかったけど、このハラウェ、なんと背中の刺を飛ばしていた……

 兵士たちは何事もないかのように剣で弾いているけど、驚異的な反応速度だよ。画像のキャプションには「神経毒」と出ているので、かするだけで命にを落としかねない。このハラウェという魔物、間抜けな名前のくせにとても危険なやつだ。


 命の危機に面しても、冷静に決められた手順で確実に魔物を無力化する、その動きは実に事務的で淡々としていた。しかし、だからこそ余計に凄みを感じるのかもしれない。


 僅か10秒で、人よりはるかに大きく力のある魔物を制圧するタキトゥスの兵士たち。その底知れない実力に、僕はうすら寒いものを感じてぶるりと震えた。このいやな感じの汗の原因はこれだね。


「残念、小物でしたね、分隊長殿」

「まぁ、最初はこんなもんだろう。奥に行けば大物が出てくるさ」

 前衛兵士の問いかけにリーダーが応える。


「分隊長殿は大物を倒したことがあるんですよね?」

 別の兵士が身を乗り出して聞いてきた。


「あぁ、一度だけあるぞ、10年前の話だ。まぁ、俺は倒したというより倒された側だがな。聞いたことないか? 神饌しんせんの話」


「大地竜ですよね? 調査隊が壊滅したと教練で教わりました」


「あぁ、みんなぶっ倒されてな、最後に残ったのは領主さまと副団長の2人だけだった」


「死者はいなかったと聞いておりますが」


「俺たちは運がよかった、聖女さまに助けていただいたからな。当時お輿入れされたばかりのスワニーさまが負傷者全員に治癒魔法をかけてくださったんだ、ご本人が倒れるまで……普通なら調査隊の半数は命を落としていただろう、それだけ重症者が多かった。俺が今ここにいられるのもスワニーさまのおかげだ」


「その大地竜を3神様に神饌としてささげたんですよね」


「そうだ、その後の祝祭で大地竜の肉が城下の皆にも振舞われた」


「私その時8才だったけど覚えているわ、こんなに美味いものがあるんだってびっくりしたの」


 あれ? 隊員の中には女性もいるんだ……今まで面頬めんぼおを下げていたから気がつかなかった、たくましいなぁ。


「俺もだよ、うまかったよなぁ、もう一度食べたいなぁ」

 分隊長の周りに集まった隊員たちが目を輝かせてワイのワイのと騒ぎ出す。練度が高いので勝手にベテランの部隊かと思っていたけど、意外と若いのね。


 分隊長が軽く手を上げた。

 5名の隊員たちがサッと横一列に整列し、傾聴の姿勢をとる。


「全員、異常はないか」

「異常ありません」

 分隊長の問に隊員たちが声をそろえて返答する。


「今回の調査の目的は各種魔物の生息域の把握だが、同時に使徒さまの命名の儀における供物、つまり大物の調達を兼ねている。それは皆も察しのとおりだ」

 分隊長は隊員たち一人ひとりの目を見ながら話を続ける。


「大物は手強い。特に過去に討伐履歴のない初物の場合は、対策が確立していないため、間違いなく厳しい戦いとなるだろう。しかし、決して命を落としてはならない。これは領主さまのご命令である。そのことを肝に銘じて、各自全力をもってあたるように」


 ザッ、と全員が右手の拳を胸に当てる。

 続いて分隊長が短く笛を鳴らすと、ものすごい速度で森の奥に向かって駆け出していった。


 こんな人たちが普通にいる世界で生き残っていくというのは、やはり簡単なことじゃない……今はできるだけ情報を集めて、身体が動かせるようになったらすぐに訓練を始めよう。剣技に体術に……魔法は今からでも鍛えられるか、これは忙しくなっちゃうね。


 そうこうしているうちに、あちらこちらで戦いが始まっている。

 僕は全ての戦いを記録する勢いでカメラを飛ばした。

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