第17話 観戦レポートと収穫
探索が始まって4時間、調査団は休まず森の奥へと突き進み、その間にすべての分隊がそれぞれ3、4頭の魔物を倒している。
魔物は脅威度C、Dクラスのものがほとんどだけど、そのどれもが手順通りに淡々と制圧されていた。
うん、すごい手際の良さだ。
僕のマップにくっついて来たガイダンス機能「先生」によると、魔物のランクは攻撃力、防御力、俊敏性などを総合した危険度によって定められ、最小討伐人数はDクラスで10名、Cクラスで15名とされているらしい。決して簡単な相手ではないよね。
でも、今回の調査ではC、Dクラスともに6人編成の分隊で難なく対処してしまっているので、一般的に言われている魔物のランクと、ここタキトゥスにおける認識はあきらかにずれている。
その証拠に、戦闘時の兵士たちのやり取りを聞いていると、CクラスももDクラスもまとめて「小物」という表現で括られていた。
ただ、2匹いたBクラスの魔物のことは「そこそこのやつ」と呼んでいて、この時は2つの分隊が共同で対応してたけど、それでも5分とかからず無力化していたんだよねぇ……
これまでの獲物を数えたところ、爪長の赤が5頭、黒が18頭、ジローが20頭、ハラウェが18頭、ペンタが15個、そしてBクラスのユラメキが2頭で、合計78頭。
このほかにやたらと大きなクマやイノシシ、角の生えたウサギなども少し含まれるけど、魔物ではない動物は攻撃してくるもの以外は基本スルーの方針のようだ。
ちなみに、魔物たちの容姿だけど、爪長は僕が思っていたものとはぜんぜん違っていた。僕が名付けたならきっと「爪キック」という名前にしただろう。
後ろ足の爪が鋭い刃物のようになっている魔物で、体重を太い尻尾で支えて、長さ1メートルほどもある両足の爪でキック攻撃を加えてくる。
敢えて何かに例えるなら……カンガルー?
ただ、太い尻尾を木に巻き付けて木々の間を飛び渡ることもでき、森の中を縦横無尽に跳ね回る立体的な機動性はカンガルーどころではない。
危険な爪を備えた後ろ足は筋肉がマッチョに発達して暑苦しいほどムキムキだ。そして、その上には小ぶりな上半身が乗っかっていて、大きな瞳がクリリとした愛らしい顔はリスに似ている。信じられないくらいにアンバランスだけど、そんな感じ。
胴体部分だけを見れば、ポッコリとまあるく膨らんだお腹と、何を頬張っているのかモゴモゴと動く小さな口がとても愛らしい。
しかし、その性格は凶暴で、動くものにはとりあえず蹴りで挨拶をするというコミュニケーションスタイルのようだ。とてもチンピラな性質をしている。
ひょっとすると、モゴモゴと噛んでいるのはチューイングガムか噛みタバコなのかもしれない。
元々は小動物だったのが、この暗い森で生き抜くうちにグレてこのような姿に変わってしまったのかな。
僕は録画した爪長の映像横の備考欄に「森のチンピラ」と書き加えた。
こんな感じで、魔物の姿形についてはほぼすべて予想を裏切られた。
ただ一つ、ジローを除いて。
ジローは、大きなヤドカリに似た魔物だった。
その姿は、まるでラーメンどんぶりをひっくり返したような形をしていて、その殻の下にうごめく無数の白い触手が、もやしのように見える。
この見てくれはまさにジロー系、兄さんに連れて行ってもらったことがあるからわかる。あれはおいしかったなぁ、量が多くて大変だったけど……まぁとにかく、とても偶然名付けられたとは思えない……
いつ、誰が名付けたのかを調べれば、僕より前にこの世界に来た先輩の足取りが掴めるかもしれない。
僕は「先輩(ジロリアン)の影あり」とこれもまた備考欄に追記した。
まぁ、それはさておき、「暗い森」の調査を観察して分かったことがある。この世界における魔法のレベルと使い方だ。
まず、この世界で魔法が使える人間は意外と少ない。
町やお城の人たちの会話から、だいたい1000人に1人いるかいないかということが分かっている。
そう考えると、全員が魔法で身体強化をしているこの部隊は、すごいエリート集団だってことがわかるよね。
そのエリート集団においても、使用する魔法はレベル2が8割、レベル3が2割ほどの割合で、
つまり、この世界には魔法はあるけど使える者は限られていて、
母さんが全国から集めてきたという「
うーん、僕が母さんにかけたレベル7の治癒再生魔法というのはやっぱりやりすぎだったのかぁ……
まぁ、済んでしまったことは仕方がないよね。
次に戦い方だけど、ここまでのところ身体強化や武器への属性付与による近接戦闘が中心で、攻撃魔法をズドンドカンと打ち出すような遠距離戦闘は見られていない。
今日確認できた唯一の遠隔攻撃は、雷撃または炎の属性を付与した弓矢によるものだけだ。だけどその威力はあまり強力なものではなく、攻撃というより主に魔物の誘導や牽制に使われていた。
現時点での仮説だけど、この世界では魔法を身体から離れた場所に直接放つことが出来ないのかもしれない。
もしもその仮説が正しいなら、マップで魔法発動の対象や場所を選ぶことが出来る僕は大きなアドバンテージを持っていることになるね、これは朗報。
そして、今回の最大の収穫。
これは予想もしていなかったんだけど、魔物の魔法をサンプリングすることができた。
魔物は詠唱をしないので魔法はサンプリングできないと思い込んでいたんだけど、ダメもとで取り込んだデーターをよく確かめてみたら、人間の耳では聞こえない周波数帯の情報が含まれていた。
これを可聴帯の倍音周波数に変換すると旋律が見えて来たんだ。
それがこれ〈
生物に張り付いてその魔力を吸い取る魔獣ペンタの魔法だ。
この魔法はじつに厄介で、一度発動すると相手の魔力を利用して継続し続ける。例えるなら振り払えないヒルに血を吸われ続けるようなものだ。
考えるだけでぞっとしちゃうよね。
でも、この魔法は僕にとって必要なものだった。
今一番欲しかったものかもしれない。
僕の身体の中にある魔力をためる器は神さまが大きくしてくれた。
でも、まだ赤ん坊だから魔力は少ない。
このあいだ母さんから魔力を分けてもらったので少しは魔法を使えるけれど、命を狙ってくるような連中がいる中では身体強化や結界術式を常時発動しておきたい。そのためにも魔力は多ければ多い方がいい。
この〈
ドゴオオオォォォォォン!! ゴゴゴゴゴゴゴ!!
僕がマップ横のメモスペースに観戦レポートと考察をまとめていると、現地のカメラ映像を映し出していたディスプレイが一斉に眩く光り、凄まじい轟音と共にホワイトアウトした。
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