第18夜 違和感

 ほぼ夜の様な世界だった60階の展望台。

ここは東京都臨海副都心 皇海すかい街にあるシンボルタワー。

 “ルシエルタワー”と言う。230メートルを少し越えた高さの電波塔だ。巨大高層ビルと同じ高さである。海に浮かぶ都市のシンボルであるタワーは、夜間になると海の色。蒼、紺碧、エメラルドグリーン、水色を基調としたライトが点灯し、美しいイルミネーションを提供する、有名な観光名所である。

 だが、先程までこのタワーは殺戮の地であった。今は静寂が包んでいる。

 そして………、その元凶と戦った“退魔師”の子孫、現役高校2年生の玖硫葉霧くりゅうはぎり”は、目を覚ます。

 「………かえで………。」

 瞳開けると直ぐにぶつかるのは、心配そうな顔をしてる愛しい少女であった。白い角を持つ、蒼く煌めく眼をした少女だ。

 「葉霧!!」

 直ぐに聞こえるのは安堵してるのに何故か叫ぶ声。そして、角生やした鬼娘なのに、泣きそうな顔が瞳に飛び込んで来る。

 葉霧は、くすっ。と、笑ってしまう。

 「ああ、大丈夫だよ。」

彼がそう言うと直ぐに ほっ。と、わかり易く安堵の息を吐く。目の前の鬼娘は。けれども、彼は気づく。ん? と。

 直ぐに右手で顔を触る。手に付く……水が。触れた事で解った。自身の顔面はびしゃびしゃだと。そして、彼は気づいたのだ、水を掛けられたと。

 「何で濡れてんの?」

葉霧が聞くと、鬼娘楓はわかり易く焦った。

 「えっ!? アレっす! 鬼が掛けました! 貴方様のお綺麗な顔に!」

 「は??」

 葉霧のライトブラウンの瞳が見開く。と、拓夜が言った。それも、彼にきちんとハンドタオルを差し出しながら。

 「ごめん、葉霧くん。お菊ちゃんから頼まれて。」

そう言われた葉霧は、楓にお姫様抱っこされつつ、拓夜が差し出したハンドタオル、その上に乗る蒼いハーバリウム瓶を見つめた。それを見つめた瞬間だった。ライトブラウンの彼の瞳が、碧色に煌めいた。

 え? と、驚いたのは沙羅だ。いきなり葉霧の瞳が碧色に発光したからだ。

 「葉霧? 」

 彼女は不安気に聞いた。だが、葉霧は身体を起こしながらハーバリウム瓶を見据えて言った。

 「“妖”❨あやかし❩の力が視えた。」

 そう、言ってからお姫様抱っこしてる楓を、葉霧は見上げた。

ん? と、楓がその視線に聞くと

 「楓、降ろして。」

葉霧は言った。

 「えっ?? 大丈夫かよっ!?」

 楓は驚いて聞いたが、葉霧は微笑んだ。

 「大丈夫だ。」

わ……解った。と、楓は頷き葉霧を降ろした。

 

 ✢✢✢✢✢✢

 

 葉霧は顔面を自分のハンドタオルで拭き、整えると拓夜の持っていたハーバリウム瓶を眺めた。液体はもう無い、只の蒼い瓶だ。それを隣で不審そうに眺めるのは楓だ。

 「祈仙きせんじゃねぇの? だって、お菊が持って来たんだぞ?」

 楓は蒼い瓶を眺める葉霧を見て言った。だが、彼は楓を見ると言った。

 「楓、忘れたか? 俺の“眼”は、退魔師の“力”。つまりこの眼になる時は、”退魔師“にとっての“敵”が居る時だ。」

 「や? けど、お菊が……。」

 楓が言うと沙羅が口を挟んだ。

 「楓、葉霧はお菊ちゃんを疑ってるんじゃなくて、退魔師としての“力”で言ってるんだよ。あたしは……何となく葉霧の“危険察知”は解るんだよね。」

 「え?」

 楓が聞き返すと、沙羅は言う。

 「あのさ、“あやかし”の歴史って人間の歴史と同じで、むっちゃ古いと思うのよ。でも、寿命とかは人間より遥かに永い。楓、アンタもそうじゃん? だから色んな奴居ても可怪しくないと思う。祈仙に似た奴だって居ても可怪しくない。」

 え? と、楓は目を丸くするが

 「や? 祈仙は稀少なあやかしだ。似た奴って……。」

 そう言った。だが、葉霧が言う。

 「幻世うつせから舞い込んでいたとしたら、可怪しくはない。」

 葉霧は楓に蒼いハーバリウム瓶を差し出した。え? と、楓は目を開く。葉霧は言う。

 「視てみろ。楓。お前なら祈仙の作ったモノかどうか解るだろ。」

 楓はそう言われて葉霧から蒼いハーバリウム瓶を受け取る。それをきちんと眺めた。じっくりと。

 ぼわっ。と、瓶の底に灯る。それは今迄視えなかったぼんやりとしたオレンジ色の灯火の様なものだった。

 「え??」

 楓はそれを視て葉霧に直ぐに目線を移した。

 「な……何?? 葉霧! 大丈夫なのかよ!?」

心配する様に言った楓に、葉霧は言った。

 「“害”は無い。今は。ただ……ずっと気になってはいた。」

 「え?? 何が!?」

楓は驚いていて聞くしかなかった。葉霧は真剣な眼差しで楓を見据えた。

 「”きょう“……。ナマケモノのあやかしだ。」

 「え……?」

楓が言うと拓夜が言う。

 「俺と沙羅が捕まった“倉庫”の事件ですね?」

 「あ。ナマケモノ……居たわ。ボーガン持ってるあやかし。」

沙羅が言った。

 葉霧は、それを聞き頷いた。ああ。と。楓はワケ解らずで、3人をきょと、きょと、と、見ていた。 

 「あの時、凶が使った“秘薬”。祈仙が作った様に言ってたが、祈仙に会った時に聞いた話だと、彼は“拒否”してる。つまり、凶は祈仙以外から提供されたか、或いは祈仙の秘薬と騙されていた可能性がある。」

 葉霧はそう言った。すると、沙羅が言う。

 「あ。つまり、“幻世うつせ”の奴ってこと??」

葉霧は頷いた。ああ。と。

 「この世界で秘薬を作れるのは“自身の血”で作るあやかしの祈仙しか存在してない。なのにも関わらず凶は、秘薬を使った。祈仙が渡す筈のない秘薬を。」

 葉霧が言うと拓夜が言った。

 「確かに、秘薬と言うのは聞きました。ナマケモノが言ってたのを。それに、あの“黒坊主”も。ああ、確か……自分の世界を創るとか。」

 ようやく楓が口を開く。

 「てことは? 葉霧、“幻世うつせ”から出て来てんだな? もう、既に。」

 彼女は眉間にシワを寄せていた。葉霧は楓を見ると言う。

 「そうとしか思えない。今回の騒動も“発端”としか俺には思えない。」

 沙羅がそれを聞いて言う。

 「でも待って。どう戦うのよ? 平安時代とは違うのよ? 陰陽師も居ないし、退魔師だって貴方しか居ない、そもそもあやかし視える人間だって稀少よ? 見せてる奴は別として。」

 葉霧はそれを聞いて言う。

 「さぁ?」

 首を傾げたのだ。

「「は??」」

 聞き返したのは拓夜と沙羅だ。だが、葉霧は言った。

 「稀少な存在は何も人間だけじゃない。この世界には俺達の知らない存在が居る、だが生きてる。何とかなるんじゃないか?」

 葉霧はそう言うと くすり。と、笑った。

 「なに言っちゃってんのっ!?」

 沙羅は激昂した。

 けれども……楓は、沙羅、拓夜にツッコまれる葉霧の、何処か余裕のある微笑みを見て思うのだった。

 (ああ……“皇子みこ”。何か解った。お前にすげぇ似てる、葉霧は。皇子も良く詰められてたな、“雪丸”にも。楽観的ではなくて……信じてるんだ、その時を生きてる者達を。)

 楓は沙羅、拓夜に詰められ微笑む葉霧を眩しそうに、眺めていた。       

  

 

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