第17夜 騒然

 東京都臨海副都心 皇海街すかいまちは、騒然としていた。

高層ビル群が建ち並ぶ大都市では、たった今までそのシンボルタワーでもある、“ルシエルタワー”で多くの人間達が軟禁状態だったからだ。

 街中はほぼ規制線が張られ、道路も通行止め状態。多くの警察官が交通整理に駆り出され、上空では自衛隊のヘリが飛ぶ。だが、彼等が目的とするのは“制圧”ではなく救助だ。この騒然を鎮圧化するのが目的ではない。

 よって、自衛隊のヘリは既に軟禁状態の人間達がほぼ解放されたと報告を受け、その上空を後にしようとしていた。

 だが、街中では解放された人間達と介抱しようとする警察官、機動隊、救命士達がパニック状態の彼等を鎮圧する作業に追われていた。

 何故なら、解放された人間達が口走るのは、彼等の想像を斜め上行くモノであったからだ。

 「だからっ!! “鬼”!! 真っ黒な鬼が居たんだってば!!」

 「それに蒼い髪した女の娘みたいな鬼も居たの! 刀みたいの持って、助けてくれようとしたんだってば!!」

 「ああ、そう。まだ中に居るんじゃないのか?」

 「それと……少年も居た。赤い髪したガタイいい綺麗な顔した少年だ、その蒼い髪した鬼娘と居たんだよ。」

 大きな交差点だ。

 普段なら車通りも激しい。そのド真ん中で、解放された人々と、警察官達の口論は続いていたのだ。タワーで黒い鳥籠の様な物に囲まれていた人間達に、怪我はなく健康体そのものだ。だが、皆、目の当たりにした現実にパニック状態である。 

 けれども興奮もしていて兎に角、何があったのか? と、警察官に聞かれてこの騒動になったのである。

 「だからっ! 落ち着いて下さい!」

 「皆さん、順番に病院に搬送しますから、そこできちんと診察受けて……」

 「俺達は正常だっ!!」

 そんな中、食って掛かったのは1人のサラリーマンだった。グレーのスーツを着た青年が、目の前の警察官の胸ぐら掴んだのだ。警察官も、機動隊も、救命士も驚き一瞬怯んだのだ。

 青年は更に叫ぶ。

 「目の前で同僚が喰われたんだ!! アレは薬物とかの幻覚じゃないっ!! 真っ黒なデカい鬼に喰われた! 叫び声も聞いた!他にも喰われた人を俺は見たんだっ!! この目で!!」

 胸ぐら掴まれ怒鳴られた警察官は、驚き言葉を失っていた。青年は、くっ。と、悔しそうな顔をしてその手を離した。誰もが沈黙であった。

 (なるほど。意識は聡明、混濁してる様子もない。かえで葉霧はぎりの事も記憶に残っている。となれば……最早、隠し通せるモノではないだろう。だが……今の軍事力にあやかし対策などされてない。)

 その騒動を眺めていたのは、“玖硫鎮音くりゅうしずね”であった。

白髪の髪はアップに纏めてあり、深紅の着物を着た150㌢程度の小柄な老女である。鋭い眼はブラウンの瞳が光る。彼女は“玖硫葉霧”の祖母である。

 「ばーさん!」

 鎮音ははっ。とした。振り返るとそこには、異国風の顔立ちをしたかなり綺麗な顔立ちをした少年が居た。

 名を“雨宮灯馬あまみやとうま”、葉霧の幼馴染である。

 身長185超えでガタイも良く、一般高校生男子の体格を上回る、ブロンドの髪が煌めきさらさらとしている。グレー混じりの眼と、黄色がかったグレーの瞳が真剣な眼差しで、鎮音を見据えていた。

 「灯馬か、どうした?」

鎮音は彼を見て聞いた。

 「タワーに入れる、俺らはこれから葉霧と楓のとこに行く。それを伝えに来た。」

 鎮音は目を丸くした。はっ。として、目前の大きなシンボルタワーを見上げた。普段は装飾されたライトで煌めく電波塔だ。けれども今は、只の灰色の塔である。

 「確かに……あの黒き光が消えているな。」

 「あー、さっきまでは弾かれるみてぇだった、けど今は何も反応しねぇ、つか、自動ドアまで開く。」

 鎮音は灯馬の声に着物の袖に両腕通し、腕を組んだ。

 (どう言う事だ? 禍々しい気配はこの街をまだ覆っている。クソ。私の“力”がここ迄衰えていたとは。大きな気配は感じられても、“詳細”まで解らぬ。葉霧や楓の様な“察知能力”が消えかけている。これでは……“先手”が打てぬ。今はこの者達を信じて任せるしかないか。)

 鎮音は1代でここ迄、退魔師たいまし玖硫一族を担って来た人物である。だが、やはり老衰と葉霧の力を“無理矢理解放”させたことが、皮肉にもその力の衰えを早めてしまったのだ。平和になったと言うのもあるが、1番は老化である。

 「解った、任せよう。楓と葉霧を頼む。」

 「うす。」

灯馬はあどけない笑顔を鎮音に向けると、仲間達と共にタワーに向かったのだ。鎮音はそれを何処か遠い目で見つめていた。

 

 ✢✢✢✢✢✢

  

 60階は展望台である。さっきまでライトなど非常灯した付いてなかったが、急に展望台は一気にライトが点灯したのである。

 「え? なに?」

 天井の白いライトが点灯し、驚いて見回したのは同行していた少女、“穂高沙羅ほたかさら”である。

 顔立ちは綺麗系、髪色はダークブラウンで、少し重めの前髪はぱっつんスタイル、腰まであるロングヘアはポニーテールにしている。サラサラで髪の量が余り無いのか、金のピン留めの様な、ヘアアクセサリーで、留めているだけだ。頭の上にちょこんと乗る桃色の石のついた髪留め。ぱちんと、はめるだけらしい。

 すらりと長身のスタイルいい少女である。

 「沙羅、エレベーターが動いてる。」

その隣で、エレベーターが1階から昇って来るのを表示盤を指差し言ったのは青年だ。 

 “新庄拓夜しんじょうたくや”、沙羅の恋人で刑事である。

 柔道で鍛え上げられた体躯は逞しく、身長も178センチと中々の大きさだ、地毛が、明るいのか少し茶の混じった黒髪は、ベリーショートスタイルで、毛先がツンツンだ。寝癖とも言う。目元ぱっちりの二重瞼で、爽やかイケメンくんである。

 「えっ!? さっきまで止まってたよね??」

 「うん。」

 「沙羅っ!」

 そこに楓の声がしたのだ。2人は はっ。として、振り返った。自分より背丈大きい葉霧をお姫様抱っこして、運んでくる蒼い髪の鬼娘が居たのだ。

 すたすたと、何ら重そうではなく身長185越えのガタイいい少年を、僅か155㌢の小柄な少女がお姫様抱っこして歩いて来るのだ。異様な光景ではあるが、沙羅も拓夜も ほっ。とした顔をしたのだ。コレが鬼娘楓と、退魔師玖硫葉霧の通常運転だと知ってるからだ。

 「楓!」

 沙羅は直ぐに立ち上がり駆け寄った。楓にお姫様抱っこされてる葉霧の顔を覗き込む。ぐったりとしていて、意識は無さそうに見えて、沙羅は不安気な顔で楓を見たのだ。

 「だ……大丈夫なの!?」

 「や? 解んね、つかオレも葉霧も戦闘中に“回復薬”使い切ってんだ、だからさぁ、何とかしてくんね?」

 楓は縋る様な目を沙羅に向けたのだ。❨楓は女だが自分をオレと呼ぶ。鬼娘だからなのかは定かではない。❩

 「いや……何とか言われても…回復薬って、飲むとか舐めるとか、食べるとかじゃん? 意識無い人にはちょいムリあるよね??」

 沙羅は困惑してそう言ったのだ。すると、白い角生やした鬼娘は、はぁぁ。と、がっくり項垂れたのだ。とても哀しげに。

 「だよな……オレがもっと強ければ…葉霧にこんなムリさせねぇで済んだのに。」

 (や。充分だと思うけど。)

 沙羅は思うが言えなかった、余りにも落胆してる鬼娘を前にして。すると、あ。と、拓夜が声を上げた。

 「そーだった! 俺、頼まれてたんだよ!」

 拓夜は慌てて立ち上がったのだ。楓の元に駆け寄ると、黒のスラックスのポケットに手を突っ込んだのだ。 

 楓の前で拓夜は取り出した。蒼い小瓶を。それは、ハーバリウム瓶で中に液体が入ったものだった。

 「何だ? それ。」

 楓は拓夜が掴んでるハーバリウム瓶を眺めた。

 「ほら。黒髪おかっぱの“お菊ちゃん”、あの娘がさ楓に渡してって。葉霧の薬だって。」

 拓夜が興奮気味で言うと楓は ふ〜ん? と、疑いの目を向けたのだ。拓夜はその疑惑の目に慌てて言った。

 「いやいやいやいや! ガチだから! なんかね、振りかけるって言ってたよ?」

 拓夜は言うときゅぽんっ。と、瓶の栓を抜いた。コルクに似た栓だ。

 「あ。“聖水”みたいね。」

 沙羅が言ったのだ。

 「せ〜すい?? 何それ?」

楓がきょとん。としてると、沙羅は答えた。

 「聖水って祈りを捧げた水。お祓いとかに使われるんだけど、類似ってことで言っただけだから。深い意味ないからね?」

 沙羅は楓に念を押した。ふ〜ん。と、楓は頷いた。

 何しろ彼女は現代知識はゼロ。世界情勢も皆無、自分が生きていた平安時代の環境の事しか脳内には無い。後はコッチで要らぬ知識ばかりを叩き込んで棲息中。

 「確か……顔にかけろ。って言ってたな。お菊ちゃん。」

 拓夜は言うとハーバリウム瓶に入る液体を、お姫様抱っこされてる葉霧の美しい顔に振り掛けた。それは本当に透明で水みたいな液体であった。パッ、パッ、と、最初は躊躇して塩振りの様にしていたが、面倒になったのか顔面にびちゃびちゃと、掛けたのだ。

 きちんと最後の一振りまで掛け終わると、びしゃびしゃになった葉霧の顔色が、青白から徐々に肌色を取り戻していったのだ。何ら光などもなく。

 更にうっすらとその目を開けたのだ。

 「わっ! 葉霧っ!?」

楓は目の前で開いた葉霧の瞳を見つめた。彼のライトブラウンの瞳が、楓の蒼く煌めく眼を見上げた。

 更に微かに微笑み

 「………楓………。」

 彼は名を呼んだのだ。  

 




 

  

   

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