第13夜 破門

「ようやく“役者”は揃ったか。最強の退魔師、鬼一族の長、そして……“この世界をブッ壊す狂者”。どっちが“正解”か、勝負だ。楓。」

 東雲しののめは長く鋭い銀色の刃を楓に向けた。“螢火の皇子ほたるびのみこ”が現れた事で、一時中断してしまったが楓と東雲の対峙は終わりではない。

 楓は妖刀夜叉丸を握る。蒼い鬼火が銀色の刃を纏っている。

「お前とはどっちにしても闘い合うやりあう宿命だったんだ。お前が“母親”を喰い殺した時から。」

 楓の蒼い眼は目の前の人間と何ら変わらない青年を見据えていた。

「アレは“親”じゃねー。“エサ”だ。それでも、40手前までは生かしてやったんだ。充分だろ。」

「お前は知らねーんだよ。喰い散らかしてさっさと里を離れたから。“しずく”さんは、お前にボロボロにされても生きてた。でも、どーにもなんなかった。けど、言ったんだよ。死ぬ間際にオレに言ったんだ。“これでいいの”って。」

 楓は東雲に刀を向けた。

 蒼炎に覆われた刃の切っ先を。

 東雲は少しだけその蒼く煌めく眼を開いた。

「お前が人間をどー思ってんのかは知らねー。けど、“雫”さんはあの時、息子お前に喰い殺されても受け止めた。」

 楓の身体を蒼い炎が纏う。全身を燃える様に包む。

「お前の知らねー人間はたくさんいる! 涙流して傷ついて死んでゆく人間を、オレは視てきた! でも“を護ろうとしてた”。何かを必死に護ろうとして、死んでったんだ!」

 楓を纏う蒼い炎は彼女の怒声に比例する。

 蒼い炎は、更に強く燃え盛る。まるで、炎と一体化している様だった。

「それは、オレたち鬼も、“あやかし”も、人間もだ! 護ろうとしてるモンは違くても、その想いは同じだ!」

 楓は怒鳴り、左手を東雲に向けた。

 蒼い炎が彼女の左腕を覆っていた。

「他者でも自身でも、何かを護ろうとして死んで逝こうとするのを見掛けた時、、、オレは放置出来ねーだけだ!! 雫さんを助けられなかったから!」

 カッ! と、眩い閃光が走る。

 地上60階の展望台を全て埋め尽くす蒼い閃光。眩く光は覆う。

 楓の左手から放たれたのは、蒼い炎の旋風だ。竜巻の様な炎が噴射の様に東雲に向かって放たれた。

 ハッーーと、東雲は一瞬出遅れた。楓の言葉を聴いてしまっていたからだ。

 だから、蒼炎の旋風が己を包むのを防ぐ為に、自身の力。“武装と防護”。それを発動するのが、遅れたのだ。

 それでも、永年……半端者ハンパもんとして生きて来た知識と、経験値は身体能力と俊敏さを勝手に動かす。考えるよりも先に“危険予知”は働く。力が発動する。

「“破門”!」

 黒い鬼火が身体を覆う。

 楓の蒼い鬼火の旋風が突っ込んでくるのを、彼の身体の前に黒い鬼火の防護壁は現れる。シャッターの様に、遮断した。

「オレは……もう二度と元婚約者お前みてーな奴も見たくねー!!」

 楓は夜叉丸を振り下ろした。

 蒼い炎がカマイタチの様に飛んでゆく。

 黒い炎の防護壁は、カマイタチで斜めに切り裂かれる。

「ぐっ………!」

 東雲の右肩から腰元まで、斜め一直線に炎の斬撃。更に、目の前にあった黒い炎のシャッターは、同様の切れ筋。壁が剥がれ落ちるかの様に裂けてしまったのだ。

 東雲は右肩を抑えながら、床に膝をつく。

 しゃがみこんだのだ。

 はぁ……はぁ……と、荒く息をしながら、痛そうな顔をする東雲は、顔をあげた。

「お前のそーゆうのがイラつくんだよ。大人しく俺らに“護られ”、鬼の一族やってりゃー良かったんだ。それをお前が“鬼狩り”で人間を助けて、“月“の力で弱った所に………。」

 東雲は、地面に落ちた修羅刀をつかんだ。

 その柄をぐっ。と、握った。

「“螢火の皇子”に出会ったのが……、お前が狂った始まりだ。人間を憎めなくなったお前は……、もう“修羅姫しゅらき”じゃなかった。」

(俺の知るお前は……消えた。)

 東雲は、修羅刀を握り立ち上がった。

 紅く染まる右肩が、じわり。と、黒き血に染まってゆく。

 楓は、右手の着物の袖からボタッと垂れる“黒い血”に、目を瞠る。

(……“黒い血”……? まさか……!)

 楓は葉霧はぎりに目を向けた。

 葉霧は、、、ずっと2人を見つめていたが、楓の視線に気がつくと、ただ静かに頷いた。

 こくん。と、その首を縦に振ったのだ。

(……ウソだろ? なんで……。)

 楓は、葉霧から目を離し目の前の東雲に視線を向けた。

 東雲は、ゆっくりと立ち上がった。

 ゆらりと、立ち上がり身体を黒い炎は覆う。

 修羅刀と言う兄弟刀を握りしめ、楓を睨みつけた。

「昔の“参謀”として忠告しといてやる。お前のその“人間”に対する変な“情”。それはお前を滅ぼす。一族が滅びたのもお前のせいだ。お前が“人間に構い封印”された事で、鬼は目の敵にされた。」

 東雲の全身からはゆらゆらと湯気の様に黒い炎が立ち昇る。

 表情も変化はないが、ただ蒼い眼は不気味に光る。

「お前を庇っていた“最強の退魔師、螢火の皇子ほたるびのみこ”も死んだからな。そこからの鬼一族と、“人間”は戦になった。お前は知らねーけどな。寝てたから。」

 東雲の身体を覆う黒い炎は、更に天井に届きそうになっていた。

 燃え盛る炎は彼の身体の2倍にまでなったのだ。

「わかるか? “鬼狩り”は拡まった。それまで“お前”と言う存在を利用していた人間も、時代の流れでその地位が危うくなった。自分を護る事で精一杯。廃れていく時代。変化、世代交代。お前と“螢火の皇子”が目指した鬼と人間の共存は、消えた。」

 楓は目を見開いていた。

「誰も……“鬼一族”を認めなくなった。そこに“あやかし”だ。奴等は上手く立ち回った。共存ではなく隠れて潜む事を学んだ。鬼と、あやかしが区別されるのは“本能”の違いだ。」

 東雲は声も表情も姿も変わらなかった。

 だが、彼を纏う黒い炎は大きくなるばかりだ。

 豪炎が彼を覆っていたのだ。

「鬼は元来……“ヒト喰い”だ。人間を喰らう者。わかるか? 成長していく人間社会にとって“減退させる脅威の存在”。殺すだろ? それは。」

 東雲がそう言った時だった。

 彼の身体は黒炎を纏っていた。だが、今までは何ら青年体型だった。

 だが、その身体が大きく変貌したのだ。

「東雲っ!!」

 楓は叫んだが、彼の肉体は巨大化したのだ。それも、もう美しい青年の姿を凌駕した。

 巨大な黒炎に覆われた鬼ーー。

 それが、目の前に現れたのだ。

 それでも、彼の持つ妖刀修羅刀は健在。不思議なことに、その巨大化に同じ様に進化した。

 巨刀となり、人間と異なる鬼の姿をした東雲の右手に握られていた。

「だから殺してやる側になった。駆除されるべきはどちらか?」

 先程までの……美しい青年の声ではない。

 低く獣の様な声だ。

 ライオンが吠える様なその声で、変貌してしまった黒炎を覆う巨大な鬼は、笑った。

 鋭い牙がにたりと笑う大きな唇から生えていた。

「人間を喰らうのは“鬼”だ。あやかしじゃない。人間でもない。俺達が唯一、人間を“支配出来る存在”だ。」

 東雲は、そう言うと床を蹴り飛びだした。

 大きな右足は、今まで履いていた靴すら突き破ってしまった。

「東雲……なんで? なんでお前が“闇喰い”にやられてんだ?」

 楓は突っ込んでくる東雲に、ただそうつぶやいた。

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