第12夜 蒼き鬼娘

 大きな黒龍は、少女を2人飲み込んだ。

 うようよと黒炎を纏う龍2匹は、高層の展望台に現れ、瞬く間に鬼娘楓と、霊能師の穂高沙羅と言う少女を丸呑みしたのだ。

 龍とは言うが、水天龍が寄越した“水竜”の様にシャープでキツネ顔な者ではない。

 明らかにトカゲ。

 恐ろしい牙を持つ獣感の強い形相。

 更に、その体毛は恐竜に近い、硬い皮に護れられた古代の姿。古龍と言うに相応しい者達であろう。

「楓……。」

 退魔師の末裔である“玖硫葉霧くりゅうはぎり”は、眼の前に現れた黒炎の龍たちを前にして、表情を硬くした。

「ど……どうすればいいんだ?? 葉霧くん?? 沙羅は?? 楓ちゃんは??」

 そこに来て、いちお“あやかし専門部署”と言う名目で、警視庁に起ちあがった“機密部署”。

“特殊捜査課”の刑事である“新庄拓夜しんじょうたくや”は、狼狽えていた。

 葉霧や鬼娘楓に会い、それなりに“人間と異なる種族”とは遭遇して来たが、日は浅い。

 戦闘経験も遭遇比率もそこまで高くはない、完全な“素人”だ。

 ようやく、“霊力を籠めた銃弾”を持つ“霊銃”を、持たされ撃つようになったぐらいの、ただの人間だ。

(………どうすればいい? あの黒龍を消して……2人は助かるのか? いや、そもそも俺の力で消せるのか?)

 葉霧が迷うのも致し方無い。

 彼もまた、“退魔師として覚醒”したのはつい最近だ。現れる“あやかし“が、初見。戦闘経験は数知れている。闘いに遭遇して、ようやく”退魔の力“を使いこなしてるだけだ。それも、彼の祖先の才能が開花させているだけ。その事で、彼は闘って来れた。更に鬼娘楓の経験豊富な知識のお陰で、命拾いしてきたのだ。

「んじゃーま、食われるのは人間からだな。楓。聞こえてんだろ? お前が“本気”出さねーと、霊能師とかゆーオンナは餌になる。」

 黒い和服姿の“東雲”は、右肩に妖刀修羅刀を載せてそう言った。

 ぽんっと肩に銀色に光る刃を載せ、隣にいる黒龍に目を向けた。

 その時だ。

 カッと、東雲の隣ににいた黒龍が腹を蒼く光らせたのだ。風貌はトカゲに似てるが胴体はヘビ。地面に長い尾をトグロ巻き立っていたが、その腹部が蒼い閃光を放った。

 ギエッ!!

 何とも言えぬ苦痛に満ちたその呻き声。獣とも鳥とも言えぬただの悲鳴。

 黒龍は大きな頭を後ろに倒した。

 長い胴体はその反動で背面に反り返った。

 蒼い閃光を放つ腹部は、破裂したのだ。

 それを脇で見ていた東雲だけは、笑った。

(やっと拝めるか……、“覚醒”したアイツ“を。)

 それは、まるで好奇心。

 愉しむかの様な笑みであった。

「楓!」

 葉霧は、閃光眩く目も開けてられない程で叫んではいたが、その爆風を感じ目を閉じていた。

 眩しい閃光と爆風に必死に堪えるだけだった。

「う……わっ!」

 隣にいた筈の新庄は、身体がぶわっと浮くのを感じた。そのまま吹き飛んできた爆風に攫われた。吹き飛ばされた事を知ったのは、葉霧から数十メートルと離れた地面に打ち付けられた時だった。

 堪える力を彼は持っていない。人間だから。

 葉霧は吹き飛んだ拓夜も気にはなったが、それよりも黒龍の腹を突き破った”それ“を見据えた。柔らかくなった爆風と薄くなった蒼い閃光。その中で、仰け反った黒龍の身体が、蒼い炎で焼き尽くされていた。

 蒼い炎を背面にーー、現れた。

 長く煌めく蒼い髪。

 神々しく煌めくその身体は、蒼い炎を纏う。

 白い着物姿であるが、膝下から布は開き長い脚が美しく立つ。

 素足は、長い蒼き爪を生やす。

 更に右手には、“蒼い炎を纏う刀”。

 牙が閉じてる口からもはみ出て視える。

 蒼く煌めく炎を宿した眼。

 頭の上に浮かぶ角はーー、更に深い蒼。

「まさか? 楓か?」

 葉霧は、その顔立ちが何ら楓と変わらないのを見て、目を見開いた。

 大きな猫目も健在。

 風貌は些か大人びているが、顔立ちは同じ。楓が、10代から20代後半ぐらいまで成長した。そんな風貌だった。

 だからかーー、白い着物の胸元は豊満であった。着物が開け、抑えきれないほどに成長していた。身長も普段の楓より高い。

 155から170程度まで伸びている。すらりとした長い手足が、美しく綺麗であった。

(え……? てか、 胸デカ!)

 と、葉霧が思うほど。通常の楓はとても可愛いらしいサイズだからだ。

 少し成長した楓は、色気が強く……、葉霧は少し見惚れてしまっていた。東雲はぼうっと見惚れている葉霧を見て、小馬鹿にするように笑った。


 ふん。と。


「このオンナが“鬼一族の長”なのはチカラだけじゃねーんだよ、この“美貌”。これで人間も簡単にコロっとイカれる。貴族どもはコイツを鬼だと知っても手に入れたがる。」

 東雲はそう言うと腰に手を充てた。

「破滅と混沌を呼ぶ“鬼女”、当時は有名だったんだぜ? これでも。野郎ってのはどの時代も、オンナで狂うからな。」

 その声に

「え?? 楓ちゃん?? 楓ちゃんなの??」

 声を出したのは拓夜であった。

 吹き飛ばされたが、何ら支障はないらしい。ひょっこりと、葉霧の隣に立ったのだ。

「鬼もバカじゃねーからな、ただ人間の前に現れて喰らう、それやってれば返り討ちだ。騙して喰らう。そうやって生き延びて来た。“種の保存”の為に。」

 東雲は葉霧を強く見据えた。

「……沙羅を返してもらう。」

 その時だった。

 東雲の隣にいた楓が、蒼き炎を纏った刀を構え

 右脇にいる黒龍を薙ぎ払ったのだ。

 東雲はそれを刀を肩に担いだまま、見つめていた。蒼い炎で焼かれながら、胴体を真っ二つにされた黒龍のその姿を。

 彼は切り裂かれた胴体が吹き飛んだのを見て、笑った。


 にたり。


 と。

(俺の力なんてクズか、なるほどな。)

 まるで、新しい獲物か玩具を見つけた様な、愉快そうな顔をしたのだった。

 黒龍の身体は胴体を切り離され、腹部から沙羅が落ちてくる。

 それを楓が抱きかかえた。

 受け止めたのだ。

 更に、その後ろで黒龍は蒼き炎に焼き尽くされた。東雲の放った黒炎纏う龍二匹は、簡単に消滅したのだった。

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