第14夜 修羅姫と退魔師と闇鬼と。

 真っ黒な鬼は禍々しく。

 美しかった青年の姿は面影もない。憎悪、執念、悪意すべての負の怨念を纏いし闇。それが鬼と化したのだ。彼の名前は東雲しののめであった。だが最早、、、現状は“闇鬼”だ。闇喰いと言うあやかし達の負の塊が、その身体を巣食い彼を闇堕ちさせたのだ。美しく成長した蒼き鬼姫、修羅姫は彼を見つめた。かつての同胞の変わり果てた姿を。

「楓。」

 傍に歩み寄ったのは玖硫葉霧くりゅうはぎりであった。退魔師螢火の皇子ほたるびのみこの後継者である。彼の右手には授かった“破邪の刀”。白き光を纏う刃が神々しく煌めく美しい刀だ。

「わかってると思うが、、、“闇鬼”になってしまえば、“殺す”しかない。」

 葉霧の紅く染まる髪から覗く碧の眼。光輝くその眼は宝玉の様であった。だが、優しい眼差しは変わらない。

「彼は元々が“鬼”だ。人間が闇鬼となったのとは状況が違う。」

「……わかってるよ。」

 楓は右手に持つ“夜叉丸”を握り締めた。蒼い鬼火をその刃は覆っていた。闘うと言う意思は彼女の眼には宿っているが、その表情は何処か戸惑ってる様に見えた。葉霧は続けた。

「冷徹に聴こえるかもしれない。俺は、、、“殺す”つもりだ。」

 楓は葉霧の少し低い声をハッキリと聞いた。ギュッと手を握り締めた。

(わかってる……アレはもう東雲じゃない。闇堕ちした鬼は……葉霧の力でもきっと元に戻らない。暴走は止められねー。)

 楓は夜叉丸を構えた。真っ直ぐと黒い巨大な鬼を見据えた。霧の様な煙の様な黒いソレを鬼の全身は覆っている。実体はあるがそのせいで不気味さと禍々しさが余計に感じられる。得体が知れない。

(あやかしや鬼が闇喰いにやられればどうなるか。皇子はそれを危惧してたから、、、命を賭けてたんだ。だから、幻世うつせとの通り道を封印した。)

 楓の蒼い眼は闘志を宿す。更にその表情もきりっと凛々しくなる。

(こうなる事を予感してたから、オレを現代に寄越したんだ。)

 楓の心は決まった。葉霧は凛としたその横顔を見つめ安堵した。

(楓は大丈夫だ。何も変わらない、、、戸惑いも無さそうだ。後は……“倒す”だけだ。)

 葉霧もまた強い闘志を闇鬼に向けていた。真っ直ぐと巨大な鬼を見据える。

 闇鬼は獰猛な牙がある。大きなその口端に、鋭く尖る牙だ。上下に生え揃う牙は、異様に白い。身体が漆黒だからか鋭い牙は、まるで鋭利な刃物だ。

 更に人間では有り得ない。その呼吸の息すらも黒い煙。放つもの全てが悪しきものとしか思えない。

「殺るか? 殺られるか? 掛かってこい。弱者よ。」

 巨体になった闇鬼の右手には同様に巨大化した刀剣が握られている。修羅刀も正に等しく成長した。だが、先程の様に銀色に光輝く刃ではなく、黒き靄に覆われてしまっている。正に凶器。それを振り下ろしたのだ。

 ドゴォ! と、地鳴りの様な音が響く。楓は咄嗟であった。

「葉霧っ!」

 葉霧の腰を掴み地面を蹴った。振り下ろした刀剣は、展望室の地面にめり込み陥没させた。同時に爆風を巻き起こす。まるで爆発でもあったかの様に。

 その爆風から楓は葉霧を庇ったのだ。

「うわ!」

 だが、少し後ろにいた新庄拓夜しんじょうたくやは、気絶した沙羅を膝に抱えていたが爆風で吹き飛ばされたのだ。

「くそ!」

 展望室の入り口であるエレベーター付近まで吹き飛んだ2人に、楓は顔を顰めた。

 だが、気配は感じた。天井付近まで飛び上がった楓に闇鬼は、刀剣を突き出した。その気配を感じたのだ。

「飛来。」

 ドスの効いたその声が聴こえた時には、黒炎と風を纏う突き刺し。それが楓に向けて放たれたのだ。葉霧を左腕で抱えながら楓は、

「蒼炎舞っ!!」

 蒼い鬼火を纏った夜叉丸を薙ぎ払った。蒼い鬼火は黒炎を薙ぎ払ったかの様に見えた。だが、拡散したのだ。それはまるで風刃の手裏剣の様であった。

 それが、楓に目掛け飛んできたのだ。

「!!」

 葉霧を抱え、刀を薙ぎ払った楓に突発的に襲って来た黒炎の風刃たち。それは楓の全身を貫こうと無数であった。

 目の前に“飛来”したソレらを咄嗟の判断で避けるだけの余裕は無かった。目を見開きぎゅっと降ろした刀を握った。

(今、オレが“鬼火”を発動させれば、葉霧も巻き込む。ムリだ。避けらんねー!)

 楓が鬼火で全身を纏い防御体制に入れば、楓自身は護れるが、抱えてる葉霧も“敵”だと認識する。彼女の力は相手を選ばない。自身を護る為の力だ。つまり……対象外は攻撃する。

 葉霧は楓に向かう黒炎の風刃を避けようとしないのを見つめた。

(……バカ女!)

 葉霧は左手を差し出した。

 カッ!!

 左手の中指が光を放つ。彼の指には“鬼神嵐蔵らんぞう”から譲り受けた神珠❨ヌシの力を宿した珠石❩の指輪が嵌められている。紅炎の壁が楓の前に幅かる。防護壁の様に燃えたぎる紅炎の壁が、風刃の攻撃を遮ったのだ。葉霧は怒鳴った。

「楓! 降ろせ!」

 と。

 楓はその声にハッとした。

 紅炎の壁が目の前を遮った事にしか目がいってなかった。

 その壁の向こうから闇鬼が、巨大な刀を振り下ろすのを彼女は気が付かなかったのだ。

 葉霧は抱えられては不自由だ。更に、楓は自身を犠牲にしてでも、自分を護ろうとする。それがわかっていたから、叫んだのだ。

 案の定、、、楓は刀を受け止めた。

 だが、それは蒼い鬼火で纏った刃で。

 ガキィンン……!!

 刃と刃がぶつかる音が響く。

 更に蒼い鬼火と黒炎がお互いの前で燃える。まるで火柱の如く、混ざり合う事のないその炎は2人の顔の前で炎上していた。

「何が修羅姫だ? どうした? 本気だせよ。そんなもんじゃねーだろ。」

 黒炎が楓の顔を覆った。やるで焼き尽くすかの様に。

「くっ!」

 楓は鬼火を纏う刃で闇鬼の刃を防ぐだけで、精一杯だった。片腕だ。右手一本。それで、巨大の力を防いでいる。

 更に黒炎の鬼火は禍々しい。触れるだけで全身を焼き尽くされそうな熱が襲う。顔を覆い頭を覆い、更に肩までも覆う様に黒炎は刃から放たれていた。覆われたその部分からまるで溶けていくかの様だった。熱いと言うよりも溶けて……何かに支配される感覚だった。

「楓!!」

 葉霧の声が響いた。

 その声の後、直ぐだった。

 葉霧は左手を闇鬼に向けた。

「“退魔滅却”!!」

 白い光が闇鬼の頭上から降り注ぐ。それはまるで太陽の光の如く。

 ジジ……と、闇鬼の大きな頭を焦がす様にその光は降り注ぐ。

「ぐあっ!」

 それは闇鬼の悲鳴であった。

 正に漆黒の鬼の頭は白い光に包まれ燃えたのだ。

「ぎゃあっ!!」

 苦しむ様な声をあげ、奇声ともとれるその声をあげ闇鬼は楓の刀を押し切ろうとしていた修羅刀を離したのだ。

 ゴトン……と、巨刀は地面に落ちた。闇鬼の手から離れたのだ。

 悲鳴、雄叫びそれらを放ちまるでのたうち回るかの様に闇鬼は、頭を白い炎に焼かれながら、叫んでいた。

 楓はようやく葉霧を地面に降ろした。

 白き炎に焼かれながら、闇鬼はその眼だけは強いままだった。

 ギロっと葉霧を睨みつけたのだ。

「退魔師!!」

 闇鬼は地面に落ちた刀を掴んだ。


 決着がつく時が来た。

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