第5夜  怒涛の如く

 ーー臨海副都心。第2の都市。


 皇海街すかいまち

 シンボルタワーになっている“ルシエルタワー”。


 その55階で、人間があやかしに変貌していた。

 それは、今まで戦ってきた“闇喰い”の仕業である。


 闇喰いは、人間に巣食いその全てを乗っ取る。

 魂も、記憶もそして……人間としての“理性”そのものも。


 闇に取り込まれた人間は、“あやかし”へと変貌し、更に狂暴化する。


 “殺人兵器”へと変わり果てるのだ。


 闇に侵された魂。その心を“救える”のは、退魔師しかいない。

 故に退魔師は、昔から“あやかし達に恐れられていた”


 絶対的な“強者”であり、最大の敵でもある。


 そしてーー、今また。


 闇の到来は、繰り返されようとしていたのだ。


 楓と葉霧の前で、“闇”は確実にこの現世を覆い始めていた。



「こんなにいるのか……」


 葉霧のその表情は強張る。


 展望室のフロアには、鬼と化した人間たちが集まってきていた。それは、もう人間としての姿など一切ない。


 真っ黒な身体。体格すらも倍。

 男女の差もわからない。

 一つの生命体として、集合していた。


 頭の上には角が二本。

 全身が、漆黒。


 闇に染まった“闇鬼”だ。


 楓は葉霧の隣で、夜叉丸を握り締めた。


(魂を救うのは葉霧しか出来ねぇ。けど……こんだけいたんじゃ、葉霧の身体が……)


 退魔の力は、負担が掛かる。

 身体を疲労させるだけではなく、精神力すらも奪う。


 そして、寿命さえも。


 楓は螢火ほたるび皇子みこが、かつてそうだった様に、いつか葉霧も“身体に負荷が掛かりいなくなってしまう”んじゃないか。と、不安で仕方がない。


 だからこそ、一人で何とかしようとした。


 “闇喰い相手”では、葉霧の力に頼るしかないからだ。


 今の時代には、“隠し者かくしもの”もいない。

 退魔の力を使える他の術者もいない。

 陰陽師もいない。


 ぎゅっ。


 楓は柄を握りしめると、葉霧の方を見る。


「葉霧……」

「大丈夫だ。俺は。“楓みたいに無茶をする性質”じゃないんだ。」


 楓は言う前に言われてしまったので、すっとぼけた顔になってしまった。


 ぽかーんとしていた。


「あ……そう。」


 ごほん。


 気を取り直す。


 咳払いして。


「ならいいんだ。うん。」


 と、わらわらと近寄ってくる闇鬼達の方に、視線を向けた。


 葉霧は少しだけ柔らかく笑う。


 楓のこの“いつでも能天気”な所に、救われる。


「楓も。だからな。わかってると思うけど。」

「わかってる。」


 葉霧の声にそう答えると、楓は刀を握り走り出した。


 一斉に向かってくる闇鬼たち。


 その数は凄まじい。

 まるで大群だ。


 フロアが真っ黒に染まる。


 楓は刀を振るった。

 闇鬼たちを次々と、斬り殺していく。


 首を撥ね、その身体を突き刺し……“息の根”を止める。


 殺してしまうと“人間”には戻らない。

 だが、魂の浄化。


 それを葉霧の力は出来る。


 人間として“死ねる”のだ。


 闇に囚われ“闇喰い”となり、彷徨うことはしなくなる。それならば、殺す前に退魔の力を使えばいい。


 だが、それは“神”にしか出来ない。

 退魔師は、人間だ。


 特別な力を持ってはいるが、“神の様に無限”ではない。


 己の身と心とを喪失していく。

 その為、“数多くの退魔師”が存在していたのだ。


 葉霧は、覚醒してからまだ“浅い”。


 元々の“強さ”でどうにかなっているが、いつか“負荷”はカタチになって襲うだろう。


 楓は……それを“懸念”している。


 その為にも、“戦う”負担を減らしたい。

 だから、楓はいつも突っ込むのだ。


「葉霧。あの娘はどうしたの? お菊ちゃん。それにモグラ。」


 沙羅が、葉霧の元に駆け寄ってきた。


「隠れてる。」


 葉霧は沙羅の方には視線を向けない。


 目の前で闇鬼たちを斬り殺す楓の姿を、見据えていた。


「そう。ならいいけど。こんなにいるんじゃ……危ないからね。」


 沙羅は大鎌を既に握っていた。

 それだけ言うと、駆け出した。

 楓と共に、闇鬼たちを薙ぎ払う。


 葉霧は向かってくる闇鬼たちに、右手を向けた。


 白い光は、“退魔の力”


 闇を消し去り葬る力だ。


 人間の眼を忘れた黒い眼は、葉霧の白い光を見つめていた。

 光を見つめているその間に、その身体はじりじりと焼き尽くされていく様な、熱に包まれる。


「うぅ……」

「あぁ……」


 呻き声に近い。

 その声をあげながら、降り注ぐ白い光に身体を燃やされてゆく。


 あやかしと言う、全く別の生命体から“人間”に還る時だ。


 神々しいまでの白い光が、真っ黒な大群に降り注ぐ。


 蹲り膝をつき光に、まるで何もかもを拭い去られる様に、その身からどす黒い影が、姿を現す。


 地面にばたばたと倒れてゆく闇鬼たちの姿は、影が抜けると……たちまち人間の姿に戻ってゆく。


 それを見ると……闇鬼たちの足は止まった。


 この様子をまるで傍観者の様に、宙に浮き椅子にでも腰掛けているかの様に、足を組んで見つめていた斑目。


 その金色の眼が、止まってしまった闇鬼たちを強く見据える。


「どうしました? その力に怯える必要はありませんよ。言ったでしょう? もう“人間”じゃないんですよ。貴方たちは。“ヒトを殺して食った化物“です。」


 斑目はフッ……と笑う。


 闇鬼たちは、言葉は発しない。

 それにその表情も鬼のままに、恐ろしい顔つきをしている。


 だが、止まっていた。

 床に倒れた人間たちを見て。


(人間の姿に戻った者達を見て……“自我”が働いたか。それともまだ……“僅かに人間としての心”が、残っていたか。忌々しい。“あの秘薬”さえあれば、“希望”などと言うふざけた感情も、消しされたものを。)


 斑目は葉霧に眼を向けた。

 狡猾そうな顔は、更に冷たい表情に変わる。


「退魔師……。やはり“邪魔”だ。」


 斑目は、葉霧に向かって行かない闇鬼たちの前に、ふわっと降り立つ。


 まるで空を浮き飛ぶ様にしながら、葉霧の前に降りたのだ。


「やはり“お前”を先に、殺すしかなさそうだ。」


 斑目の表情と声は、冷たくなってゆく。

 その表情は険しさを増した。


「葉霧!!」


 楓はその様子に、叫んだ。

 斑目と対峙する葉霧の姿が、目に飛び込んできたのだ。


 斑目は、人間たちの身体から出てきた黒い影の集合体に、右手を向けた。


 宙でうようよと纏まってくその黒い影。

 人間たちを巣食い“闇鬼”にした、闇喰いだ。


「余り使いたくは無いんですがね。人間は多いので。ですが……仕方ありません。」


 斑目の右手を黒い光が包む。


 それは、闇喰いたちに向けられた。

 黒い光はまるで、影たちを覆うかの様に包む。


 影がカタチを変えてゆく。


「ちょ……ちょっとなに?」


 沙羅は斑目の直ぐ脇で、何やら異様な姿に変わってゆく闇喰いを見つめていた。


 大きな人型。


「私の力は“闇を創り出すこと”。“闇喰い”をこうして、“呼びつける”事が出来るんですよ。」


 巨大な闇の塊だ。


 葉霧もそれが大きな闇鬼に、変わってゆくのを見ると目を見開く。


 斑目のその光に寄って、現世にいる闇喰いたちが、引き寄せられたのだ。その事で、闇喰いが膨大した。


 ハッキリとした鬼の姿にはならないが、実体の無い影はまさに鬼であった。


 角が見える。


「闇喰いを呼び出し……“闇”を創り出す。つまり“他者を襲う闇の者”を、創り出す。コイツは闇喰いを増大させた者。実体は無いが……。」


 斑目は凡そ“カタチ”となった闇喰いの鬼の姿を、見ると手を降ろした。黒い光は消えていた。


 斑目の隣で巨大な鬼の姿をした闇喰いは、後ろを振り向いた。


 茫然としている訳ではないが、ただ立ち尽くしている闇鬼たちに、ゆらりとその身体を向けた様に見える。


 前も後ろも黒い鬼のカタチだけで、わからない。

 顔も無ければ目もない。

 ただ、頭部らしき所に角が二本、生えてる様に見えるだけだ。


 楓と沙羅を、襲っていた闇鬼たちも止まった。


 それは余りにも……恐ろしい光景だったかもしれない。


 闇喰いの影は、中心を大口の様に開いた。

 まるで胸元から腹部周辺であろうか。


 そこを真っ黒な口の様に開くと、目の前にいる闇鬼たちを吸い込んでゆくのだ。


「な………!」


 楓でさえ、口から声が溢れた。


 闇鬼たちは、吸引される様に身体を吸い取られてゆく。

 バキュームで吸い上げられるかの様に、その身体は伸びやがて大口の中に、吸い上げられる。


 身体ごと丸呑みにするわけではなく、ゴミクズの様に吸われてゆくのだ。


 それも一気にたくさんの闇鬼たちを。


 まるで取り込んでいる様であった。



「本能は“喰うこと”ですからね。闇喰いだけあって、その本能はとても強い。異常ですよ。こうやって“集合体”になると、その力を果敢に発揮してくれます。“本能”だけで、動いてくれる。」


 大きなバキュームだ。


 次々と闇鬼たちは、吸い取られてそこから消えてゆく。

 大口の中に入り込み、目の前の闇喰いの腹は膨れ始めていた。

 それだけではない。


 影で実体の無かった筈のその塊。


 それが、一回りも大きく変わり鬼の姿を、晒したのだ。


「実体化した……」


 葉霧の目に映ったのは、大きな身体の闇鬼だ。

 その後ろ姿を見て驚いたのだ。


 真っ黒な肌をした“鬼”が、現れたからだ。


「不完全な自分をどうすれば“完全”にできるか。それを、知ってるんですよ。“本能”で。他者から奪えばいい。他者を取り込み己の“血肉”に変えればいい。極端ですが、闇喰いはそれを“実行”出来る。何しろ元は“怨念の魂”ですからね。」


 くっくっくっ……


 喉元鳴らし不気味に響くその笑い方。

 斑目は、口元に手を添えながら肩を揺らす。


「憎悪と怨念の塊は、生まれ変わっても“変わらない”」


 斑目がそう言った時だ。


 大きな闇鬼は、自分の足元にいる闇鬼たちを次々に殺し始めたのだ。


 二回りは小さいその身体を殴りつけ、蹴り飛ばし、暴力の沙汰を繰り返していく。


 闇鬼たちは抵抗する術もなく、片っ端からその拳で殴りとばされ、捻り潰されてゆく。


 正に、ライオンと小動物の様な光景だった。


 足元には、葉霧の力によって人間に戻った者達がいた。だが、その身体すらも踏みつけてゆくのだ。


 五メートル近い巨体は、フロアの中で暴れ回る。


「さて。ついでに鬼娘とあの人間の小娘も、殺してくれますよ。奴には“他者を殺す”。それしかありませんからね。」


 と、斑目は葉霧に視線を向けた。

 金色の眼と、碧の眼がぶつかる。


「気狂いすぎて話にならない。」


 葉霧の右手は、白い光が包む。


「気狂い。素晴らしい褒め言葉です。」


 右手に黒い光。

 斑目の金色の眼は、葉霧を見据える。


 先に動いたのは、斑目だった。


 身体の周りに黒い影たちを、何体も出したのだ。


 それはゆらゆらと浮く黒い影たちだ。


「闇喰いか……」


 葉霧の眼は鋭く光る。


 斑目はフッ。と、笑う。


「私の呼んだ闇喰いは、好戦的ですよ。」


 そう言った時だ。

 闇喰いたちは、その姿を浮遊する影からカタチを変えた。


 人型の姿になったのだ。

 実体は無いとは言え、それは葉霧の身長よりも高く、その身体つきすらも大きい。


 五体。斑目の前にいる闇喰いたちは、姿を変えると一気に向かってきた。


「普段。鬼娘に護って貰ってるお陰で、“接近戦”には向かなそうですよね? この者達は、“接近戦”が得意なんですよ。」


 斑目はやはり傍観者だ。

 向かってゆく闇喰いたちを見ながら、ほくそ笑む。


 飛び交ってくる闇喰いは、葉霧めがけそのまま、突っ込んでくる。


(速い!)


 退魔の力を放とうとしたが、頭上から殴りつける様に、右手を振り下ろしてきた闇喰いに、後ろに飛び避ける。


 その拳は地面に穴を開けた。


(実体が無いのに……破壊力があるのか?)


 葉霧は地面に穴を開けた拳の威力。

 それに不審に思った。


 だが、その答えは身を持って知ることになる。


 横から飛んでくる闇喰いは、葉霧のわき腹に蹴りをいれた。


 右脇腹を蹴り飛ばされたのだ。

 それはまるでドロップキックの様に、身軽に繰り出された。


「!」


 葉霧は、その衝撃に地面を足で滑る様に吹き飛ばされていた。


(“波動”か。直接的ではないが……波動で、攻撃してくるのか。)


 実体が無いから、物理攻撃ではない。

 だが、その衝撃を与えているのは、波動であった。


 故に直接、蹴られた様なダメージを食らう。


 痛みも勿論。



「くそ! 葉霧!」


 囲まれながらも回避している葉霧の姿に、楓は飛び出した。


 だが、目の前に闇鬼がいた事に気が付かなかった。


「楓!!」


 沙羅が叫んだ時には、楓の左頬は殴り飛ばされていた。


 巨体のパンチは、楓を壁に激突させるだけの威力があった。


 次に沙羅に右拳でその身体を、なぎ倒すかの様に殴りつけた。まるで、フリッカージャブだ。


 沙羅はその拳を、脇にもろに食らい吹っ飛んだ。


 地面に吹き飛ばされたのだ。


「イテーな! このデカ鬼!!」


 楓は唇から血を流していた。

 唇が切れたのと奥歯から、血が出たのだ。


 それを拭いながら立ち上がる。


 闇鬼は、楓の声に振り返る。


 牙を見せた笑み。

 不敵な笑みを浮かべた。


 強靱で鋼鉄そうなその黒い身体。

 歩くとのしのしと、音がしそうだ。


 太い右拳を握り、黒光りする眼で睨みつける。


 楓は、それを見ながらもやはり……葉霧の事が気になって仕方がない。


 ちらっと見れば、



 カッ!!


 と、葉霧の身体から白い光が突風の様に放たれ、囲んでいた闇喰いを消していた。


 だが、斑目は更に数体の闇喰いを葉霧に向けて用意していた。


「葉霧……!」


 葉霧に向かってゆく闇喰いたちは、やはり“殺戮者”の様であった。目標に向かって突っ込んでゆく。


(くそ! 傍にいんのに助けらんねぇ!!)


 ギリっ。


 楓は歯を噛みしめていた。


 目の前の闇鬼。


 その周りには、まだ人間から闇鬼に変わった者達もいる。


 今までの戦いと異なる状況に、楓と葉霧は置かれていた。





















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