第6夜  葉霧と斑目

 ーー葉霧は、目の前で消えていく闇喰いを見つめていた。


 白い退魔の力。それにより消滅する人影。

 自分を取り囲む人影は、退魔の力に覆われ消滅した。


「中々……やりますね。ですが、息が上がってますよ? 退魔師殿。」


 斑目まだらめの金色の眼は、悍ましい程に不気味だ。葉霧の少し、呼吸荒い状態。それを見ながら笑う様に光る。


 表情は淡々と。

 だが、眼と口元だけは面白くて敵わない。そう言いたげであった。


「あんまり……なめられるのは、好きじゃないんだ。手加減しているつもりか? それとも……お前の力は、数体の闇喰いを操る程度なのか?」


 葉霧はそう言うと黒いスーツ姿で、軽く浮いてる斑目を見据えた。碧色の眼が強く煌めく。


 斑目の涼し気な表情が、一瞬だけ歪む。引き攣る様に。


「挑発とは……また。いい性格してますね。」

「それはどうも。」


 涼し気な表情同士の……冷めた闘志の剥き出し合いだ。旗から見ると、さらっとした会話に見えるが、お互いの眼だけは、相手を睨みつけている。


「それではお望み通りに。」


 斑目はやはり不敵。

 勝ち誇った様な笑みを浮かべた。


 彼からしたら、葉霧がとても“力を隠し持っている”様には、見えない。それどころか、さっきから退魔の力を使い、闇喰いを消している。


 疲労困憊。そう見えているのだ。


 ジジ……


 奇っ怪な音をたてながら、斑目の手には黒い球体が浮かび上がる。それは徐々に実体化していく。

 同時に拡大。


 最終的には、大きく膨れあがったバルーン程度になった。


 葉霧に……余裕なんてない。


 実際に消しても、消しても、斑目は闇喰いを人型にさせて、向けてくる。


 その攻撃は接近戦。葉霧は特に武道をやってはいない。喧嘩など持っての他だ。温厚気質だからだ。

 何事も穏便に事を済ませる。波風立てない。


 その為……慣れていない。

 目は追いつく。普段、楓が戦う所を視ているからだ。


“あやかしの急所”を探すのが、彼の役割だ。

 その為……スピードには、目が追いつく様になった。


 だが、接近戦での回避は体力を奪われた。更に連続しての、退魔の力。


 そう。彼は“一気に終わらせたい”

 敢えて……挑発したのだ。


(斑目ヤツの急所は、右眼だ。だが、それを攻撃しようとすると、闇喰いが庇う。操る闇喰いは……斑目の意志と、“同調シンクロ”している。)


 葉霧は、目の前で巨大化していく闇喰いを見据えた。


 あやかしの魂。それが今、斑目の手中に集まって来ているのだ。斑目は、闇喰いを呼び付け他者を襲わせる“殺戮者”を、産み出す。


(複数を相手にするのは得策じゃない。スキを狙えない。その余裕が無いだけだが。強大だとしても……まだ、単体の方が斑目に、意識を向けられる。)


 大きな球体はその姿を変える。


「何なんだ………」

「バケモノ……」

「こんな……何なの? 一体……」


 黒い鳥籠の様な檻。大きなその鳥籠には、人間たちが捕らえられている。さっきからずっとこの展望室で、繰り広げられる情景を、見せられているのだ。


 恐怖と悲鳴が彼等を襲っている。出る事もできず……目も反らせず……一部始終を、見ているしかない。


 そしてーー、葉霧の前に現れる巨大な闇の影。

 怪物の様な姿をした闇喰いの姿に、茫然としていた。


「言っておきますが、そう簡単に……私に触れられると、思わない方がいいですよ? こいつらは私の意志を尊重します。」


 斑目がそう言うと闇喰いは、葉霧に向かってくる。黒い影の様ではあるが、実体に近い。


 繰り出される手は大きく、葉霧を押し潰そうとしてくる。


(意志……。やはりそうか。)


 振り下ろされる手。それだけでも、風を呼ぶ。


 葉霧は吹き飛ばされそうになりながらも、そこから飛んで避けた。


 大きな手は空振りだが、逆手が直ぐに飛んでくる。


 交差する様に、葉霧を捕らえようと伸びてくるのだ。掴み……捕らえられそうになるのを、葉霧は退魔の波動を放つ。


 手にぶつかる白い光。退魔の力に当たった手は、ぼろっ。と、崩れ落ちる。まるで砂のように。


 すかさず、葉霧は逆手に向けて退魔の波動を放った。


 片腕はまだ再生しない。そこに腕を捕らえる白い光の波動。引き千切られる様に、腕は落ちた。


 砂の様に流れ落ちる腕。


(今だ)


 葉霧は両手を失い動きが鈍くなった闇喰いの後ろから、斑目に白い光の波動を放った。


 斑目はそれを見ると、にやり。と、笑う。


 翳すのは右手。更に黒い球体。


 そこから飛び出してくるのは、多くの闇喰い。ズズズ……と、這い上がってくる様に、球体から溢れ出した。


「甘い……ですよ。」


 斑目がそう言ったのには、ワケがある。


 葉霧の波動に反応し、斑目を庇ったのは両腕無くした怪物だ。その身体を漂う様にカタチを変えた。


 波動の前に動いたのだ。まるで波のように。


 直撃したのは、その黒い塊だ。

 半身を漂わせ壁になったのだ。更に斑目から放たれた闇喰いたちは、崩れ落ちるその者に吸収される。


 葉霧の目の前で波動は消える。


 立ちはだかったのは、最初に現れた時と同じ。

 デカい怪物。瞬時に崩壊と再生をしたのだ。


(そう簡単には消せないか。)


 ふぅ。


 葉霧は息を吐いた。


 一瞬の出来事であった。




「葉霧がピンチ。」


 エレベーターの物陰に隠れているのは、お菊。その様子を見て飛び出したのだ。


「お菊!」


 更にモグラの浮雲番フンバ。だが、お菊とフンバの前にキラキラとした者が、現れる。


「あんた達が言ってもムダ。」


 蒼い氷の身体に包まれた“樹氷のヌシ”である。

 あやかしであり、樹氷の姫様と言われる“氷憐ひれん”だ。


 その姿は氷で覆われ人型ではあるが、全身が白っぽく光る。冷たそうな女性である。


「氷憐。」


 おかっぱ頭のお菊は、同居人である氷憐の登場に、黒い瞳を万丸くさせた。


「氷憐殿! 何処に行っておられた!? まったく! 直ぐにどっか行くんだから! 鎮音殿に叱られるのはアッシなんだぞ!」


 ぷんぷんと、湯気が沸きそうなほど顔を真っ赤にして怒るモグラ。茶色の毛をしたモグラは小さな身体で腕突上げて、はねる。


 ぴょんぴょんはねる。


「はいはい。わかったから。そこのダメそうな人間と見物してなさい。」


 ヒラヒラとした白い布をワンピースドレスの様に、纏っている。長い髪も蒼いが氷ついている。


 正に樹氷のあやかしだ。


 その口調と言い表情もとても冷たい。


「ダメそう!?」


 ひょっこりと覗いていたのは、“新庄拓夜しんじょうたくや”だ。楓と戦っている闇喰いに殴られ、気絶してしまった沙羅を介抱している。


 驚いた様に壁の隙間から覗かせるその瞳。頼りない顔をしてはいるが、現役刑事である。


 ふん。


 と、氷憐は鼻で笑うとそこから浮いた。

 とても小バカにした様な態度だ。姫気質なのであろう。


「なんなんだ? あのおなごは。」

「姐さん。だから。」


 フンバとお菊は葉霧の所に向かった氷憐を見ると、そう言った。お菊はカワイイ顔をしているが、とても辛辣な娘だ。まだ6〜7歳程度の幼女の姿をしている。


 彼女もフンバもあやかしだ。



「お困りのようね。それにかなりお疲れ様?」


 ヒラヒラと布を揺らしながら、氷憐は葉霧の隣に降りた。浮いている。長いその足は素足だ。


「氷憐? 何処にいたんだ? 今まで。」


(あやかしとは放浪グセがあるのか?)


 葉霧は彼女たちと同居している。


「フラフラと。」


 氷憐はとても美しい顔をしているが、表面硬そうにも見える。凍てついたあやかしだからだろうか。


「樹氷のヌシか。」


 斑目は眉間にシワを寄せた。


「随分といい趣味をお持ちね。人間を痛ぶるのが好きかい? それとも……暴力と破壊が、お好みかい? アタシはあんたみたいなのは好かないね!」


 氷憐は言うより早く両手突き出し、吹雪のトルネードを放つ。氷刃まじりのトルネードは、斑目の前にいる黒い怪物に向かって放たれる。


 黒い怪物は吹雪のトルネードに直撃する。


 よろける様な巨体。氷のトルネードでその身体は、凍てつく。


 だが、頭だけは動くのか口を開いた。


 波動。


 それを放ったのだ。


 葉霧はそれを見るとすかさず、退魔の波動を放つ。


 黒い波動と白い波動のぶつかり合い。


 それを眺める斑目。


 にやり。と、口元は緩む。


 葉霧の身体がよろけたからだ。少し荒い息が零れていた。


 斑目はそれを見逃さなかった。


 波動は葉霧の方が上。


 黒い巨体は白い光の前に消えてなくなった。破壊されたのだ。


「ちょっと大丈夫? あんた顔が真っ青だね。」


 氷憐は葉霧の隣で心配そうな声をあげた。声だけ聞くと、叱っている様に聞こえる。


「葉霧!」


 そこに駆け寄って来たのはお菊だった。


 斑目は赤い着物を着た少女の姿を見つめると、金色の眼をギラつかせた。


 不気味に駆けてくる幼子を見据えたのだ。


「お菊」


 葉霧は心配そうに駆けてくるお菊に、視線を向ける。


 すっ。


 氷憐が葉霧の前に立ち塞がった。


「逃げな!」


 そう叫ぶ。


 氷憐は斑目が葉霧ではなく、お菊めがけ手を掲げていたのを見ていたのだ。


 ハッとしたのは、葉霧だ。


「させるかよ! このクソったれ!!」


 葉霧には見えていた。巨体の闇鬼と対峙している楓の姿が。


 そう叫んだかと思った時には、斑目に向けて楓は蒼い鬼火を放っていた。


 まるで怒涛の火炎放射。


 斑目はその声と炎の渦に振り返った。


 闇鬼を倒した訳ではない。だが、楓はスキをつき、葉霧とお菊を狙う斑目に鬼火を放っていたのだ。


「忌々しい鬼娘が!!」


 荒々しく声を張り上げる斑目。向かってくる鬼火の渦に右手を掲げた。


 闇の円球。そこから這い出る闇喰い。黒い塊となり、斑目の前に立つと正に盾。


 鬼火を防いだのだ。


 展望室に降り注ぐのは鬼火の燃え跡。ちらちらと、蒼い炎は散ってゆく。


「鬼娘の炎を消し去るとはね。」


 氷憐は相打ちの様に消えた闇喰いの影に、ぼそっと呟く。


 戦った事がある氷憐にとって、鬼火の強さは知っている。


 斑目は手を降ろすと


「他所見をしていると死にますよ?」


 と、楓に向けて笑ったのだ。それは悪意そのものを向けていた。


 楓の目の前の闇鬼は斑目の言葉の通り、突っ込んだ。


「!」


 楓が咄嗟に腕でガードしながらも、上段蹴りは直撃した。


 壁に激突する程の威力。楓の小柄な身体など、まるでボールだ。


「楓!」


 葉霧は壁に直撃した楓に、闇鬼が向かって行くのを見ると叫んだ。


「葉霧! 今のうち!」


 お菊はそんな葉霧に手に持っていた紅い飴玉を、差し出した。


「……お菊。この為に……」


 葉霧は小さな手が震えつつも、掌に乗せた飴玉を差し出しているのを見つめた。


 治療薬だ。即効性のある回復薬。


 葉霧にとっては必須なものだ。


「楓の事……助けて。」


 お菊は楓の方を見れなかった。


 さっきから物凄い音がしている。壁にめり込む様な音だ。


 それに少しだけ楓の苦しそうな声すらも、聞こえてきていた。


 葉霧は飴玉を口に含み頷く。


「わかってる。」


 その眼は闇鬼に殴りつけられている楓に、向けられていた。


 だが、その前に立ちはだかるのは斑目だ。視線の先を隠す様に立つ。


「葉霧。あたしが楓の所に行こうか?」


 氷憐がそう言うと


「いや。これは俺と楓の戦いだ。」


 葉霧のその表情は決意そのもの。穏やかさは微塵もない。


 倒さなきゃならない相手はまだ、この先にいる。それに、ここにいる斑目も葉霧にとっては、倒さなきゃならない相手だ。


「氷憐。お菊を頼む」


 葉霧は斑目の方に踏み出した。


 氷憐は何も言わなかった。手助けをする事を拒まれたからではない。


 葉霧の眼がその表情が、見た事も無い程に怒りに満ちていたからだ。


 憤りと憎悪すら浮かべていたのだ。


「私を倒す? いいでしょう。」


 斑目はフッと笑うと円球を創り出した。禍々しい黒い円球。


 葉霧は右手に白い光を集める。


 闇と光の対峙。


 黒き円球から現れるのは闇喰いたち。うようよと蠢き塊となり、這い出てくる。


(奴の力は闇喰いを操ること。さっきの様に消しても後から湧いて出てくる。それなら……一度に相手をする事。尚且。斑目にも攻撃しないと意味がない。)


 葉霧は目を閉じた。


 ふぅ。


 息を吐く


(斑目の力は底知れない。だが、前に言っていたな。楓が。“傀儡の術は、術者が死ねば消える“と。斑目もそれに近い存在だ。)


 葉霧は目を開けた。

 斑目の周りに浮かぶ黒き影たちを、見据えた。人影だ。


(奴を傷つける事。それが力を弱める切欠になるかもしれない。)


 葉霧は戦いの歴史が浅い。それでも今までの経験。それから想像し推定し、実行するしかない。


 楓からの話も彼にとってはヒントだ。


 彼は力の使い方も知らない。全て自己流だ。戦いの中で覚醒する。


 お手本はない。灯馬や秋人の様に“師匠”がいない。退魔師は葉霧しか存在していない。今の時代は。


 鎮音は“人それぞれ”だとしか言わない。元より彼女は、師匠派ではない。


 習うより慣れろ派だ。実戦あるのみ。そう言われてきている。


 その言葉通り、葉霧は自分で考え答えをだしてきた。意志と力の関係は密接だ。


 念ずること。それが力になる。それが結果的に、覚醒になる。


「冥府へ逝く準備は出来ましたか? あちらで“螢火の皇子”とやらと、仲良く話でもしたらどうですか?」


 斑目は薄ら笑いを浮かべると、人型となった闇喰いを放った。


 一気に葉霧に向かっていく。


 葉霧は白い光を放つ右手を掲げた。


「冥府へ逝くのはお前だ」


“退魔の光”。


 それは矢であった。


 葉霧から放たれたのは波動ではなく、それぞれに向かう光の矢。


 白き矢は黒い人型を貫き、更に斑目の右眼に向かって飛んでいく。


 あやかしの魂。それが“急所”だ。


 斑目は右眼にそれがあるのだ。蒼い結晶体が右眼に煌めくのが、葉霧には視える。


 光の矢は貫く。


「!!」


 右眼に貫く矢。


 だがそれは違う事が葉霧にはわかった。


 斑目は右眼の前で、手を翳し矢を受け止めたのだ。


 掌に貫通していた。


 葉霧は更に白き光を放つ。


「“退魔滅却”!!」


 光の波動ではない。


 斑目の足元から白き円陣が浮かび、光が湧く。全身を白き炎で焼かれる様に覆われたのだ。


「うわっ!」


 それは斑目にとって感じた事の無い強い力であった。


 瞬く間に身体は包まれ焼かれていく。


 実際に焼かれる訳ではない。消滅していくのだ。ボロボロに消し去られていく。


「退魔師!!」


 斑目の声はその中で響く。金色の眼が白き光の中で、葉霧に向けられていた。


 葉霧は更に手を向けていた。


「お前だけは確実に殺す」


 葉霧の声は鋭く響く。


 放たれたのは


“退魔の白刃”


 白い光の槍だ。斑目の右眼を貫いた。


 その瞬間、弾け飛ぶ音がする。急所の魂が砕かれたのだ。


 右眼から閃光放ち斑目は、消滅した。


 あっけない幕切れであった。


 だが、全ては葉霧が退魔師としての力を全開にした事。


 それ故の結果だ。


 斑目に呼び出された闇喰いも消えていた。


 葉霧は灰の様に舞う斑目を見据えていた。


 退魔師はーー、闇を消す為に存在する。すなわち、あやかし。闇の者。


 平安の世には多くの退魔師が存在していた。“魔界”と呼ばれた京の都。


 巣食う闇を滅ぼす為に存在していた人間だ。


 現世において、この力を引き継ぐのは葉霧だけだ。


 その為に……人間と共存するあやかしでは無い者達に、狙われるハメになったのだ。


 退魔師とあやかしの歴史は……因縁の上にある。だが、人間と共存したいあやかしにとっては、闇から護ってくれる存在だ。


 淡雪のあやかし達のように、退魔師である葉霧を崇拝する者達もいる。


 だが、それは極僅か。


 それが明るみになった事件になったのだ。


 葉霧にとって……これは、始まりにしか過ぎなかった。






































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