第4夜  秋人たちの戦い

 ーー真っ黒な翼を広げ、宙に浮かぶ。


 バッサバッサとその大きな翼を、羽ばたかせ非常灯の白い光に浮かび上がるのは、黒き怪鳥。


 怪鳥と呼ぶに相応しいのは、その身体の巨大さだ。


 凡そ、この世界には存在していないであろうその巨体。何しろ“異形”だ。


 斑目の言う“新種”とは、目にもした事の無い様な、異形種を産み出す事なのか。と、秋人も夕羅も思ったほどだ。


 頭は丸くやや小さめ。

 だが、クチバシだけがその存在を強調し、顔。と言うよりもクチバシが、浮き出た顔なのだ。


 その上にギョロギョロと見開く、黒い眼。

 黒光りするその眼が、秋人と夕羅を捕えるのだ。



 漆黒の両翼は、羽ばたくだけで風が巻く。


 大きな爪の生えたその足。


 三本の鉤爪が黒光りしている。

 研ぎ澄まされたクチバシは、尖端が鋭く尖り何をも穿きそうだ。


 そのクチバシを開き口から火炎放射を放つ。


 秋人と夕羅の前に真っ赤に燃える炎が向かってくるのだ。


「旋空!!」


 夕羅は虹色の風を巻き起こす。


 炎を掻き消す程の虹色の風は、竜巻の様に立ち昇り怪鳥の火炎放射を打ち消した。



「あの炎を防ぐだけになってるわ。」

「でけー割に素早いからな。俺の地の力も砕かれる。」


 夕羅は火炎放射を防ぐだけに、徹していた。

 怪鳥に攻撃を与えるのは、秋人の地の力だ。


 だが、まるで嘲り笑うかの様に怪鳥は、この展望室を飛び回り更に、地の岩石や土柱を炎で撃ち砕くのだ。


 身体にはかすりもしない。


 悠々と飛び回る怪鳥に、秋人と夕羅も半ば苦難の表情を浮かべていた。


 だが、秋人はふと思い立った様な顔をした。



「夕羅。風と土で混在した攻撃だ。」


 と、秋人はそう言ったのだ。


「え? 混在?」



 夕羅は目を見開く。


「“砂嵐”だ。」


 秋人はそう言った。


 夕羅はきょとんとしているが、目の前で怪鳥が優雅に飛び回り、口から火炎をボッ! と、噴いている。



 辺りを燃やす訳でもなく、まるで自分の力を誇示するかの様に、炎を吐き飛び回っているのだ。



「視界を遮れば飛んでくるモンを、撃ち落とす事は出来ねーだろ。」



 秋人はそんな怪鳥を睨みつけていた。


「なるほどね。」


 夕羅は、強く頷く。


 虹色の風の矢ですら、放っても掠らなくなってしまった。どうやら目が慣れてしまった様だ。


 その為、風の力と地の力で攻撃する事にシフトチェンジ。だか、それも上手くはいっていなかったのだ。


 二人ともそれなりに傷を負っていた。

 怪鳥の炎と、両翼を羽ばたかせる事による突風。


 それらに直撃して、切り傷と火傷を負ったのだ。

 幸い、“嵐蔵”からの贈り物である防御力のある装備。


 それが、二人の身体を重傷とまでいかず、踏みとどめてくれていた。



 バサッ……バサッ……



 怪鳥がゆっくりと旋回しながら、戻ってくる。


 時折、気味の悪い声で鳴きながら。


 秋人と夕羅の前に浮かぶと、怪鳥はクチバシを開く。


 赤い炎がまるで息の様に吐き出される。


「行くぞ。」

「うん。」


 秋人と夕羅は右手を怪鳥に向けた。


 火炎放射が放たれるその前に“砂嵐”を起こしたいのだ。


 虹色の竜巻と土の混在した“砂嵐”は、瞬く間に怪鳥の身体を覆った。


 それは地の流粒が混じり、視界を遮る程のものだ。

 竜巻の様に地の粉塵混じりの嵐が、怪鳥を覆い尽くす。


「やった!」


 夕羅がそう声をあげると、隣の秋人は第二陣。


 地中から焦げ茶色の岩石を浮かびあがらせる。


 これが、怪鳥に向かってぶつかってゆくのだ。


 岩石は大きなものだが、土柱のように尖りダイヤ型。

 浮かびあがると、一斉に身動きとれない怪鳥に、ぶつかってゆく。



 岩石の塊は、砂嵐の中で逃げ出そうとする怪鳥に、体当たりしていく。


 粉砕される事もなく、怪鳥に直撃。


 何発もの岩石をその身体に浴びる事になった。


 ギエーッッ!!


 苦しみの声を響かせながら、怪鳥の身体は潰されてゆく。


 砂嵐が消え、怪鳥の身体が地面に辿り着いた時には、既にボコボコであった。


「何とかなったね!」


 夕羅は動かない怪鳥を見ると、ホッと胸を撫で下ろす。


 隣の秋人もホッと息を吐いた。


 岩石で潰された怪鳥の身体は、一回り小さくなった様に見えた。



「よっしゃ! 行くぞ! 上だ!」


 と、灯馬と水月も戦いが、終わっている様子。


 水竜は一度……水月の中に戻ることになった。



 秋人と夕羅とそして、灯馬と水月。


 四人は上へ向かう。


 エレベーターに乗り込む。

 不思議なことにエレベーターは、35階に戻ってきていた。


 乗り込むと勝手に動く。

 階数は、55階。


 それを表示させて、動いたのだ。



「なんか迎えに来たみてーだな。」


 灯馬は腕を組み壁に寄りかかる。

 銀色の匣の中で、面々の表情は堅い。


「アイツら。何がしてーんだ?」


 秋人は灯馬の真向かい。

 やはり壁に寄りかかる。


 黒い髪から覗くブラウンの瞳。

 真っ直ぐと灯馬を見据えた。


「さぁな。わかんねーよ。ただ“狂って”んのはわかる。」


 灯馬はため息混じりにそう言った。


「楓ちゃんから聞いたけど……東雲って、元婚約者なんでしょ? どうして……楓ちゃんを狙うのかな?」


 水月がそう言うと、灯馬と秋人は顔を見合わせた。

 その表情は、とても“困惑”している。


「え? 知らなかったの?」


 聞いたのは夕羅だ。


「いや。葉霧から聞いてはいる。」


 秋人はとても複雑そうな表情をしていた。


「聞いてはいるが……あの楓だぞ? 男がいた。ってのにもびっくりなんだけど。俺は。葉霧だけじゃなかったんだな。物好き。」


 と、灯馬はとても困惑しながら、そう言ったのだ。


「なにそれ? 楓ちゃん。美人じゃない。」


 水月は呆れた様にそう言った。


「“冥府へ逝け”オンナだろ? ガチでねーわ。」


 秋人はため息つく。

 すると


「そうゆうの偏見って言うのよ。いいじゃない。あたしは好きだけどね。サッパリしてるし、変に気を遣わなくてすむし。」



 と、夕羅が少し険しい表情をした。


「そうよ。いい娘じゃない。優しいし。」


 水月もまたそう援護射撃を放つ。


 灯馬は隣でボリボリと、頭を掻いた。


「優しいのと……恋愛感情が湧くかわかねーかは、別モンだろ。俺もムリ。」


 と、そう言ったのだ。


「葉霧は……変わってる。ガチでそう思う」


 秋人はそう言った。

 ハッキリと。


「いいじゃないの! べつに! 楓と葉霧の問題でしょ!」


 夕羅は少しキレ気味だ。

 男二人を睨みつけていた。


 そんなこんなで、55階に向かう灯馬たちであった。



 ✣



 ーー55階。


 楓と葉霧がそこに訪れたのは、その少し前のことだ。


 エレベーターの扉が開く。



 真っ暗であった。

 非常灯すらついていない。


 楓と葉霧は警戒しながら、エレベーターから降りた。


 ひっそりとしていた。


 だが、何処からともなく啜り泣く声が、聴こえてきた。


「声……」


 葉霧は展望室になっているそのフロアで、声のする方を向く。エレベーターから左側。

 暗くて良くは見えないが、奥は広く続いていそうだ。


 目の前の窓ガラスの向こうも、暗闇だ。


 パッ!!


 と、フロアに電気がついた。


 一気に明るくなったのだ。


「!!」


 その瞬間。

 今、自分たちがいる場所が良く見える。

 視界が開けたのだ。


 フロアには人間の死体が、転がっていた。

 どれも惨殺だった。


 楓も葉霧も……無数に広がるその惨殺死体を前に、目を見開いた。



「うっ……うっ……」


 やはり聞こえてくるのは啜り泣き。

 女性の声の様であった。


 血だらけの銀色の床。

 そのタイルを葉霧と楓は、歩く。


 声のする方に。


 フロアの奥には、まるで鳥かごみたいなものがあった。

 だが大きい。


 真っ黒な鳥かごの中に、蹲る女性たちや泣き声を零す少女たち。更には、男性たちもいた。


 天井まで届きそうな鳥かごの中には、人間たちが閉じ込められていたのだ。



「あ! あんたら人間か!?」


 葉霧と楓の姿を見ると、その金具や鉄ではなく編み込まれた様な鳥かごの、枠を掴む男性がいた。


 白いワイシャツ姿の男性だ。

 その下には、紺のスラックス。ケガはしてなさそうだが、少し窶れた頬に血がついていた。


「頼むよ! ここから出してくれ!」


 と、五十代前後であろうか、白髪混じりの男性はそう叫んだのだ。その声に、周りにいる人間たちの顔も上がった。


 一斉に二人に視線を向けた。


「楓」


 葉霧が言うと、楓は夜叉丸を向ける。


「え……」


 男性は銀色に光る刃を向けられて、たじろいだ。

 真っ青になったのだ。


「離れてろよ」


 楓はそう言った。


 男性は戸惑いつつも、檻の囲いから離れた。

 楓はそれを見ると刀で、囲いを斬りつけようと振り下ろした。


 だが、弾かれたのだ。


 バチ……バチ……


 と、電光の様な黒光り。


 籠を覆う。



「なんだ?」


 楓は籠を傷つけられない事に、驚いた。


「無駄ですよ。それは“私の創り出した籠”です。」



 その声に楓と葉霧は、振り向いた。


 そこには斑目。

 その周りには、黒い鬼たちがいた。


 ズズッ……


 と、足を引きずりながらまるで、死んだ者の様に付いて来ていたのだ。


 その口元からは、血が滴りおちる。

 “食事”をしたのがわかる。


 何しろここに転がっているのは、どれも“無残にも食い散らかった死体”ばかりだからだ。


 その犯人たちが、大勢。

 斑目と共に現れたのだ。


「や……ヤツらだ……」

「いやっ! 殺される!」


 途端に鳥かごの中で、叫びが沸く。

 恐怖に満ちた声が響き渡る。


「お母さんが……お母さんを返して!」

「主人を返して!」


 口々に叫ぶ者達。

 その声に、葉霧は振り返る。


「何があったんだ?」


 と、鳥かごの中の人間たちに聞いたのだ。


 すると、答えたのはさっきの男性だった。


「いきなりだ。気がついたらここに集まってたんだ。大勢の人間が。その中の人間が……突然。あいつらになったんだ。」


 男性は、鳥かごの中で先にいる闇鬼たちを、指差したのだ。


 どうやら、この者達は“皇海街”の人間たちである様だ。


 葉霧はそう解釈した。


「人間を集めて……“闇喰い”に襲わせたんだな。祈仙の時と同じか。」


 楓は斑目を見るとそう言った。


「その通り。約……6000人程度ですかね。集まったのは。」


 斑目は死体の中を平然と歩く。

 その革靴は、踏み潰していた。


 そのたびに、嫌な音が響く。



「闇喰いを宿し、街に還った者もいますよ。何もすべてがここで死んだ訳ではありません。いつ……“暴走”するかはわかりませんが。」


 と、斑目は言うと肩を震わせて笑った。


「てめぇら。何がしてぇんだ! ここの人たちを解放しろ!」


 楓は、刀を握り構えた。


「それは無理ですよ。コイツらとこの上にいる“闇鬼”たちの、大事な栄養補給源なので。その人間たちを解放すれば、外の者達を襲いに行きますよ? コイツらは“既に暴走”してますからね。」


 斑目の金色の眼は光り、不気味に楓と葉霧に向けられる。


「脅しか?」


 そう聞いたのは、葉霧だ。


「いえ。事実です。」


 斑目は微笑んでいた。



 と、そこにエレベーターの扉が開く。


 出て来たのは、沙羅と新庄だった。


「楓! 葉霧!」


 沙羅は、目の前の斑目。

 そして、そこから少し離れた所にいる楓と葉霧に、視線を向けた。



「これは……」


 新庄は、床に広がる凄惨な状況に目を疑った。


 死体のヤマだ。


「どうやら、“役者”が揃い始めたようだ。さて。“退魔師”。鬼娘。ここから先は行かせませんよ。」


 斑目が、言うと闇鬼たちは一斉に、楓と葉霧に向かっていった。


 まるで雪崩の様に襲いかかったのだ。


 楓と葉霧は、真っ黒な大群を前にそれぞれ、構えたのだ。


 “東雲たちとの戦い”の火蓋は切って落とされた。








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