第12夜  東雲の狙い

 ーー白い光は、闇鬼達を巻き込み祈仙の身体を包む。


 祈仙は光に包まれたあと、苦しそうな声をあげて地面に手をついた。


 闇鬼たちの身体も白い光が包みこみ、その体から黒い塊が浮かびあがる。


 チッ……。


 斑目はそれを見ると舌打ちし、その場に黒い円形の入口を開く。それは、斑目の姿をそのまま吸い込む様にして消えてゆく。


「待ちやがれ!!」


 楓がそう怒鳴ったが、斑目の姿はもう無い。

 黒い空間に消えてしまっていた。


(クソ! またかよ!)


 どうにも手が出せそうで、出せない状況に……楓は、苛立ちを覚えていた。


 先手が打てない。後手ばかりだ。

 捕まえようとすれば、まるで煙の様に消えてしまう。

 仲間だと思って倒しても、大した情報もない。


 だが、着実に“東雲が狙い通りに動いている”


 それだけが、彼女にはわかっていた。

 だからこそ……苛立ちが募る。


 何をしようとしているのかすら、わからない。

 この手探り状態に、楓は焦りを感じていた。


 その先にあるのは……“大切な者たちを失いたくない”

 その一心だ。


 だからこそ、早くどうにかしたい。


「楓。焦っても仕方がない。とにかく今は……目の前の敵をどうにかするだけだ。」


 葉霧は残されて立ち往生している闇鬼たちに、右手を向けていた。彼等の周りでは闇喰いたちが、姿を現し始めていた。


 楓は葉霧の声を聞き、闇喰いを追い出す為に白い光を放つのを、見ながら刀を握る。


(闇喰いに人間を襲わせる……。つまり。東雲は……“あやかし”を創りだして……この世界を“自分のモノ”にするつもりか。)


 ぎゅっ。


 楓は闇鬼たちから集まる闇喰いの大きな姿を、見つめていた。


 祈仙の身体から抜け出した大きな闇喰いの塊。

 それも集合体となり、楓と葉霧の前に立ち塞がったのだ。


 祈仙を始め……闇喰いに囚われていた者達は、地面に倒れてゆく。さっきまで闇鬼の姿であった者達は、人間の姿へと変わっていた。


 宿主達から完全に離れたのだ。


「葉霧……バカでけぇけど……。」


 楓は巨大な闇の塊を前に呟いた。


 黒い亡者たちの塊は、姿が不完全だ。

 闇の者としか言えないヒトガタ。


 顔も目もない。黒いヒトガタがそこに立っている。

 足はなく地面につくほどの胴体。

 頭だとわかる程度の、丸い形。


 長い両腕は健在。

 獣の手の様に長い爪まである。

 五本の指と爪が、楓と葉霧に襲いかかる。


 楓は葉霧の腰を抱え、そこから飛び上がる。


 たんっ! たんっ!


 と、地面を二度、蹴り少し離れて着地した。


 葉霧の身体を、降ろす。


「闇喰いに襲われて、紅蠍べにさそりにまでやられてんのに、祈仙は“暴走”しねぇんだな。」


 楓は少し先の方で、倒れて動かない祈仙を見ながらそう言った。


「彼は……“秘薬”を作るあやかしだ。“抗体性”が出来てるのかもしれない。」


 と、葉霧はそう言った。


 ブワァ!!


 と、まるでゴリラが歩いて来る様に両腕をうまく使い、向かってくる闇喰い。


 楓と葉霧は顔を見合わせると、手を向けた。


「まずはコイツから」

「ああ」


 楓の声に葉霧も頷く。


 蒼い鬼火と、白い光は同時に放たれる。


 捕らえようと向かってくるその腕に、お互いの力は放たれたのだ。


 闇喰いの身体は、真っ黒だ。

 そこに蒼い鬼火は嵐の様に地面から吹き荒れ、胴体を包む。


 葉霧の白い光の炎は闇喰いの上半身。

 頭の部分を強調して包み込む。


 燃え広がり焼かれてゆく様に、胴体と頭は焼かれてゆく。


 闇喰いの悲痛な叫びが聴こえる。


 それを木の幹から見つめていたお菊と、フンバも手をぎゅっ。と、握る。

 まるで、動向を見つめるように。


「葉霧! もう一発!!」


 楓がそう叫んだのは、闇喰いの右腕が伸びてきたからだ。苦しそうにしながらも、楓と葉霧に向けて未だ捕らえようとしてくる。


 それを見たからそう叫んだのだ。


 お互いに力を放つ。


 蒼い鬼火はその右腕を焼き尽くす様に覆う。

 白い光の炎は、左側の身体と腕を覆う。


 闇喰いは閃光放ちながら、その身体を吹き飛ばされるしか術がなかった。


 眩いほどの光の渦が、辺りを覆う。

 同時に爆風も。


 お菊とフンバは吹き飛ばされそうに、なるのを幹に捕まり隠れていた。大きな木の幹が、彼女たちを護ってくれる。



 蠢く闇は、消えてゆく。

 森も辺りも静けさが、包む頃。

 ようやく……倒れていたボロボロの人間たちは、目を覚ましたのだ。


 楓は慌てて夜叉丸をしまった。


「……一体……」

「ここどこだ?」

「え? なんで……こんな服……破けてるの?」


 中には女性もいた。

 胸元がっつりと開けたその姿を見て、驚いていた。


 だが、葉霧と楓はとにかく無事であった人間たちの様子に、ホッと胸を撫で下ろしたのだ。



 ✣



 ーー、人間たちに道を教え、軽く案内したのは葉霧だ。


 楓とフンバ、お菊は、目を覚ました祈仙を連れて、山小屋に入った。


 祈仙の山小屋はまるで、アトリエの様であった。

 丸太小屋の中に、何だかわからない薬品や道具などが並び、木のテーブルの上には、調合していたのか、粉末とすりこぎ。


 楕円形の陶器の皿などが置かれていた。


 木の棚や木の椅子。

 木製ばかりの家具が並ぶ。


 ロッキングチェアーに腰掛けると、祈仙はお菊の汲んだ水を飲む。


「すまんな。お菊」


 その頭を撫でる。

 お菊はとても嬉しそうに、笑った。何も言わないがその笑顔は、花が咲きそうだ。


 祈仙は長い爪をし、白い肌をしている。

 美しい男であった。


「傷は?」


 戻ってきた葉霧は、祈仙を前にそう言った。


「私が何故……“秘薬師”と呼ばれるか教えてやろう。私の“血”だ。」


 と、祈仙は葉霧にそう言ったのだ。

 その銀色の瞳は、美しく煌めく。楕円形で何とも不思議な形と色彩だ。


「血!?」


 驚いているのは楓とフンバ。

 フンバは楓の右肩からその顔を覗かせる。紫の眼はくりくりしている。


「そう。私の血が“秘薬”の元になるのだ。それを薬草や湯、水、粉末になる“素”。つまり素材だ。それらと調合すると秘薬になる。」


 と、祈仙はそう言って微笑んだ。


「……へぇ。すげーんだな。」


 と、楓は目を丸くした。


(人魚みたいだな。系統が。)


 と、葉霧はそう思う。


 “人魚の血肉を食らうと死なない”など、迷信がある。


「さて。困った連中だな。“キョウ”の話は聞いた。あやかしの本能を、覚醒させる“興奮剤”だったか? 紅蠍べにさそりは。」


 と、祈仙は椅子に座り背もたれによりかかる。


 揺り椅子になっているので、ゆらゆらと揺れる。

 籐で編み込みになってる背もたれは、軟らかそうだ。


 楓と葉霧はその前に置いてある、ウッドデッキのベンチに座る


「そう言えば……なんで平気だったんだ? そんなに撃たれてんのに。」


(つーか……もう傷がふさがってるし。すげぇな。血。)


 祈仙のただならぬ自己治癒力。その血の力に、楓は驚いていた、


「私の血は“効かない”。薬。とつくものには。アイツらはそれを知らんからな。驚いていたが。“不老不死”だとでも、思ったかな。」


 と、祈仙は少し悪戯っぽい目をしながら笑った。

 くすっと。


「結果的には良かったが、もう少しで貴方を傷つける事になったかもしれないんだ。」


 葉霧はそう言った。

 どうやら今のお茶目は、気に入らないらしい。


「そうだね。感謝してるよ。退魔師殿。そのお礼に知りたい事があれば、教えるよ。但し、先に言っておく。東雲しののめとやらの居場所は、知らない。」


 と、祈仙はそう言ったのだ。


 楓はそれを聞くと


「そうだよな……」


 と、少し深い息を吐いた。


「さっきの奴も、はじめて会った。だが、私に凶の作った様な秘薬を作れ。と、申してくるぐらいだ。現世を“乱世”にでもするつもりだろう。」


 と、祈仙は深く息を吐く。

 それはため息に近い。


「乱世……」


 楓は呟くと、祈仙の銀色の眼を見つめる。


「……闇喰いを操り“人間とあやかし”に、とり憑かせ“傀儡”の様にしようとしてるのが、その証拠だろうな。そこに“興奮剤”の様な秘薬を使い……更に凶暴化させる。“殺人兵器”でも作るつもりなんだろう。」


 ギッ……


 祈仙は背もたれを揺らす。

 ゆらゆらと浮く。その足元。


「他にいねぇのか? アンタみたいな秘薬作れるやつ。」


 楓がそう言うと


「いない。から、ここに来たんだろう。居るならわざわざ“仲間”じゃないあやかしに、頼みに来ない。」


 と、祈仙はそう言ったのだ。


「……そっか。」


 ホッとする楓。


「人間をあやかしに変えられるのは、不味いな。それだけでも凶暴化する。」


 葉霧はだが、懸念を抱いた様な表情をした。


幻世うつせの連中が、一番好むのは“同胞同士の殺戮”だ。それも圧倒的強者が、弱者をいたぶる所を鑑賞する。奴らの“狙い”は、恐らく“元人間と人間の殺し合い”」


 祈仙は、そう言うと腕を組む。


「まさか……」


 葉霧がそう言うと


「“ヌシ”による人間社会の破滅は、尽く失敗。ヌシが強かったのと……お前達がいたからだ。あやかし達を覚醒させて、人間を襲わせるのもそれはそれで“一興”だろうが、物足りない。」


 と、祈仙は更にそう言った。


「ならば……“人間”だ。お前達も苦しむし、この世界も混沌に叩き落とせる。その為に“紅蠍べにさそり”の様な秘薬が、必要だったんだろう。」


 と、表情を険しくさせる楓と葉霧に、祈仙はそう言ったのだ。


「……東雲は何を考えてんだ……」


 と、楓はその手を握りしめた。


 すると、祈仙は肘掛けに肘をついた。

 はぁ……と、ため息ついた。


「余り……関わりたくはないが、致し方ない。何かわかれば教えてやろう。“使い魔”達が、嗅ぎ回っている。」


 と、そう言ったのだ。

 とてもイヤそうに。と言うより面倒臭そうだ。


(他人事だな……。完全に。)


 と、葉霧は思ったのだ。









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