第11夜  祈仙と闇鬼

 ーー秘薬を作るというあやかし。


 “祈仙きせん”。


 その者の棲み家は、森の奥深く渓谷のある山の中であった。


 都内からはかなり離れている。

 場所にすれば……秩父の奥深く。


 緑豊かな深い山のなかであった。



「こんな所があったのか……」


 葉霧は山の中を歩きながらすぐ隣は長野県。

 県境。


 それを思い目を丸くする。


 楓と出逢ってから、こうして“日本各地”を巡ることが多くなった。自分では到底……行く事がなかったであろう場所に、訪れる様になり、自然の豊かさと国土の広さに、感慨深くなっていたのだ。


「葉霧。歩きづらくねぇか?」


 楓は、“番犬”の如く夜叉丸を手にしながら、道無き道を歩く。足元はかなり悪い。


 雑草と草木で足首まで軽く埋まる。

 それに土がとても柔らかい。

 雨が降っていないからまだ良かった。


 これで雨の後であったら、泥に塗れ足をかなり取られたであろう。人間にはかなり歩きづらい悪路だ。


「大丈夫だよ。これでも少しは慣れてきたんだ。」


 葉霧は、常に自分を気遣うこの“鬼娘”に、柔らかな笑みを向ける。以前は自分の方が心配性だったが、今はお互い様になっていた。


 葉霧の笑みと応えに、楓は笑う。


「そっか。ならいい。」


 安心した様に、先を歩く。


 森の木々は辺りを埋め尽くす。

 渓谷の音は聞こえてくるが、その姿はまだ見えない。


 滝の様な水音がこの静かな山のなかに響いてきていた。

 頂上に近い。


 それを教えてくれていたのだ。



「楓。もう少し」


 お菊は草履だ。それもわら草履。

 その為、葉霧が肩車している。


 傾斜が然程キツくないのと、足元が草むらと言うだけなので、葉霧は、お菊を肩車して歩く事が出来る。


 これが、険しい山道であったらこうはいかない。

 岩山登る様であれば、手を使うことになるからだ。


「頂上ってことか。」


 楓がそう呟くと、フードの中からひょっこりと顔をだす。

 茶の毛に覆われたモグラである。


 今回は案内役ではあるが、お菊の方が慣れてるのか、彼はこうして、楓のフードの中でゆらりゆらりと、遊覧状態だ。


「山小屋が見えて来るっす。この森の中に。」


 浮雲番フンバの声に、楓は先を見つめる。

 蒼い眼が映すのは、鬱蒼としている森の木々だ。


 隙間なく生え揃いこの山を埋め尽くしている。

 お陰で空も覆われていて、曇って陰ってしまっている。

 薄暗い。


 夕焼けが見えないが、まだ陽は落ちていなかった。

 この頃は、7時近くまで明るい時もある。



 パンッ!!!



 まるで、銃声の様な音であった。


 一気に空を黒い鳥たちが飛び交った。


 バサバサと羽音をたてて、まるで逃げる様に空に飛びたったのだ。



「祈仙の鳥……」


 お菊は葉霧の頭に捕まりながら、見上げた。

 そう呟いたのだ。

 黒い鳥たちを見て。


「え?」


 楓と葉霧に不安の色。

 表情が翳る。


「葉霧! 先に行くぞ!」


 楓は言うより早く、そこから飛び出していた。


「待て! 楓!」


 葉霧は慌てて追いかける。

 お菊は、しっかりと葉霧の頭に捕まりながら


「葉霧。“祈仙”が弱ってる」


 と、そう言ったのだ。


「本当か?」


 ガサッガサッ……


 葉霧の足元では草が掻き分けられ、折れてゆく。

 走っているからだ。


「うん。森が……ざわついてる。」


 お菊の黒い瞳は少し哀しそうであった。



(お菊は不思議だ。まるで……“この世界の妖精”みたいだ。)


 何やら不思議な“気配”を察知できるお菊に、葉霧はそう思う。ヌシが死んで山が滅ぶことも知っていた。


 現に“風来山”は今も、廃れてしまい木々が元に戻る気配がない。土も腐り木々も枯れ……死んでしまったのだ。


 新しい芽をどうにか根付かせようと、人間が入りこんでいるが、絶望的だと騒がれているのだ。


 恐らく……削り取られ埋め立てられるであろう。

 放置しておくと、土砂災害などを生み出してしまうからだ。



 森を走り木々を抜ける。


 そこには、楓がいた。


 そして……木の小屋。


 その前で蹲る白い羽織り姿の男の姿があった。


 銀色の長い髪が苦しそうなその顔に掛かっていた。

 髪から覗く“薄い紺色の眼”。

 瞳は、銀色だ。それも丸ではなく楕円形。



 どうやらかなり傷を負っているらしく、羽織りは紅く滲んでいる部分が多い。


 淡い水色の着物姿で、腹部辺りを押さえていた。

 わら草履から覗く足には、金色の長い爪。


 腹を押さえる右手からは、ぽたぽたと血が滴る。



 その周りには、“猟銃”を持ったどす黒い顔をした者達。



「祈仙!!」


 お菊が叫んだ。

 その声は悲鳴に近い。葉霧も驚いてしまうほどの、大声であった。普段、感情を声には出さない。


 葉霧はそれが“お菊にとって大切な者”だと、理解した。


 碧色の眼が、取り囲む者たちを睨みつける。


 猟銃で撃たれたことは、その血と傷でわかる。

 腕や、足、肩なども血を流していた。


 楓は、その者たちを見て目を疑う。


「鬼………」


 と、そう呟く。


 祈仙に猟銃を向けて取り囲むのは、黒い鬼たちだ。

 頭の上には角が二本。


 白髪のその肩までの髪。

 皆、獣のような顔をした牙を持つ獰猛そうでいて、凶暴そうな鬼たちであった。


 ただ、服装が“人間”の着ているものであった。

 ジーパンなどを履いているが、足首辺りからはち切れてしまったのか、破けていた。


 誰もが破けた服を着て、大柄な身体をしていた。

 突然、巨大化した。


 その様な破け方であった。


 足元をみれば黒い足には、五本の指。

 太くそこには長い爪。白い爪が生え伸びていた。


 祈仙に向けているその眼は、ドス黒い。

 もう何度も見てきた“闇の眼”だ。


「正確には“闇鬼”です。その名の通り……闇喰いがとり憑いたあやかしですよ。元は……“人間”ですけどね。」



 そう言ったのは、その者達をまるで従えているかの様な男。


 ゆっくりと振り返る。

 楓たちの方に。


 金色の眼が煌めいた。


「てめぇっ! 人間ってどうゆうことだ!?」


 楓はその眼を見てそう怒鳴る。


 忘れもしない……“水都町”での闇喰い事件の主犯だ。

 逃してしまったが、“新種”のあやかしを産み出す元凶だ。



 斑目まだらめと言う男であった。



 細身の黒スーツ。


 その顔はほくそ笑んでいた。

 端正な顔立ちもその紳士の様なスタイルも、全てが不気味にしか映らない。


「言葉の通りですよ。あやかしだけではなく、人間にも“進化”して貰おうと、思いましてね。」


 両手を広げる斑目に、一斉に猟銃を向けた闇鬼たち。


 銃口は、楓と葉霧に向けられる。


「気を……つけろ。“その銃弾”は普通じゃない。それは……“闇”の物だ。」


 ゴホッ……


 と、祈仙はそう言うとその口から、黒い血を吐き出した。


 地面に広がる黒い血。


 葉霧はお菊を肩から降ろした。


「フンバ!」


 葉霧の声に、ぴょこっ! と、フンバが楓のフードから、飛び降りた。


 たたた……と、葉霧の元に駆け寄る。


「お菊と一緒に安全な所へ。」


 葉霧はそう言った。


 すると、お菊が葉霧に手を差し出した。


 小さな紅葉の手の中には、桃色の缶。

 丸い薬缶だ。


「葉霧……。祈仙……たすけて。」


 今にも泣いてしまいそうなその黒い瞳。

 目を潤ませ、その声すらも震えている。


 泣くところなんて余り見ない。


 葉霧はしゃがむ。

 お菊のその手を包むように、そっと両手で添えた。


「わかったから。フンバとアッチに行ってるんだ。」


 葉霧はぎゅっ。と、お菊の手を包むように握った。

 お菊は、ぽろっと一粒。

 涙を零した。


 だが、うん。と、頷く。

 直ぐに笑顔になる。

 それは彼女なりの……“健気な強さ”であった。


 葉霧は、桃色の缶を受け取るとフードジャケットの、ポケットにしまう。


 フンバに連れられて、お菊は森の中に走った。


(……あれは“闇喰い”にやられている。)


 葉霧の眼は、鋭く光る。

 祈仙を見つめる。


 身体の中に蠢く黒い影が、葉霧には視えるのだ。

 今にも全身を覆い尽くそうとしている。


 それは、祈仙の口から血を吐かせるほどに。


 黒い血を吐き苦しそうに、蹲る祈仙。


「まさか……“闇喰い”か? 葉霧。」


 楓には身体の中を蠢く闇喰いは、視えない。

 外に出てくれないと、彼女にはわからないのだ。


「ああ。」


 葉霧は楓の隣に立った。

 金色の眼をした斑目を、睨みつける。


「闇喰いを……“銃弾”にする事が出来るのか?」


 と、葉霧はそう聞いた。


「不正解です。闇喰いはとり憑いただけですよ。私が……与えたのは紅蠍べにさそりですかね。こちらの祈仙さんに、作って貰おうと交渉にきたんですが……。断られましてね。」


 斑目は、顎に手を添えてクックックッ……と、肩を震わせて笑う。


 不気味な笑い声だ。

 低いのだが、バカにした様なその笑いは、不快にさえ聴こえる。


「誰……が、その様な……“闇の秘薬”など……」


 苦しそうに息を吐きながら、祈仙は言葉を零す。

 だが、葉霧は右手を向けた。



「祈仙。喋らない方がいい。」


 そう強く言ったのだ。


「させると。思いますか?」


 斑目の右手が振り下ろされる。


 それを合図に猟銃から、一斉に銃弾が放たれたのだ。


 ゴォォォ!!



 紅炎の壁が楓と葉霧の前に立ち塞がる。


 嵐蔵から貰った“神珠しんじゅ”の指輪。

 これは、嵐蔵の炎の力が備わっている。


 防護壁のように二人の前に、現れ銃弾を防ぐ。

 銃弾は、炎の壁に弾かれボトボトと、地面に落ちた。


 焼き尽くされはしなかったが、焦げている。


「葉霧!」


 楓は、紅炎の壁が無くなるとそう叫んだ。


「わかっている。」


 葉霧は直様に、白い光を放つ。


 退魔の力だ。



 目の前にいる闇鬼たちも巻き込んで、祈仙に向けて放ったのだ。この光の力を浴びせれば身体を巣食う闇喰いは、外に飛び出してくるからだ。


 辺りを白い光が包む。









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