襲撃者②

 華奢な少女に暴行を受けている現場を学校一の美少女に目撃され、しかもスマホで撮影されてしまった。

 俺は自分の情けなさに打ちひしがれつつ、住んでいる部屋に向かう。


 瑠璃さんあの場に居たのは、俺と同じく、楽譜を購入する為だったようだが、何故か「暴力少女から守らないと!」と、帰りに付いて来てくれたので、色んな意味で泣きそうだ。


「嫉妬って怖いよねぇ」

「どこから見てたんですか?」

「んー? 君が飛び蹴りされて倒れた所かな」

「うわぁ……」


 あの時、通りには結構な人が居て、俺が見舞われたトラブルに対しても騒めいていた。

 店の人達にも変な目で見られてしまい、これからはちょっと行きづらくなってしまった。

 北園とも遭遇したくないしな……。


「いくら努力しても超えられない存在が近くに居たら、人ってだんだん壊れていくのかなぁ」


 瑠璃さんはポツリと呟いた。

 返事を求めてもいなさそうなそれは、彼女の悩み事に関係しているんだろうか。

 俺は去年黒森山で起きた事件を思い出す。

 染谷によれば、瑠璃さんの幼馴染の犯行によるのだそうだが、もしかしたらそれを考えているのかもしれない。

 だけど俺は小心者なので、それをガッツリ指摘とかは出来ない。


「差が生まれるのは、仕方がないと思います……。俺がそれなりに弾けていたのは、幼少期に睡眠時間を削ってまで練習したからだし、北園――さっきの子は遊んでばかりでした。それに、ここ一年間俺がピアノから離れていた間に、同年代でもっと上達した奴はかなり多いはずです。だけど、それは仕方がないです。出来る範囲でやって、その結果を受け入れないと、ですよ」


 毒にも薬にもならない俺の言葉を瑠璃さんは最後まで聞いてくれた。


「正論だね。でも、そう出来ない人間が多いから、面倒ごとが起きるんだ」


 他人の考えを変えるだなんて、普通の人間には出来ないんじゃないかと思ってる。

 もし、瑠璃さんが過去の出来事に心を痛めているなら、その呪縛から解放されてほしいよな。


「あたしの幼馴染も、ピアノが上手でさ。少しだけ君に重ねていたかなぁ」


 殺人を犯したかもしれない人間と重ねられていたと知り、俺はかなり微妙な気分になった。

 目を彷徨わせるに留めた自分を褒めてやりたい。


「でも、実際に話してみたら、全然違うね。君の方がずっとカッコイイ!」

「本当ですかっ!?」

「性格がね。君の容姿は可愛いって形容するのが正しいと思うなぁ」

「はぁ……」


 ガクリと肩を落とす。

 これが年上の余裕ってやつなのか。

 絶妙に嬉しくない。


「さっきの暴行動画、送付しておくね。また何かされたら警察に見せてみるといいよ」

「警察沙汰にはしたくないけど……、ヤバくなったら考えてみます」

「弱味を握っておくのは大事かもね」

「ですね……」


 最近の北園はメンヘラ極まっているから、最終的にそういう手段をとらなければならないかもしれない。昔は可愛かったのに、人は変わってしまうものだ。


「そうそう、土曜日にアイスとか持って来てくれて有難う。ちょうど食べたかったから嬉しかった」

「安物ばっかですいません」

「気にしな~い」

「ならいいんですけど……、っていうか、身体はもう大丈夫なんですか?」

「うん。金曜日から日曜日までずっと寝ていたら治ったよ」

「良かった」


 話をしている間に俺が住むマンションの前まで来てしまっていた。

 親父がプラモデルのコレクションを置いていた部屋を譲り受けたんだけど、あんまり広くないし、散らかっている。

 プラモデルは置きっ放しだから、瑠璃さんをあげたら色々誤解されてしまいそうだ。


「あの、ここで大丈夫です。もう帰ってもらってもいいでしょうか……」

「冷たい! あたし達の家には上がってるのにぃ!」

「ちょっと見せたくない物があるので」

「あああ!! そういう事なんだ! ならしょうがないかぁ」


 何かを理解したらしい彼女は「バイバーイ」と手を振り、去って行った。

 おそらく、実際に見てもらい説明した方が印象が良く済んだだろうな、とその背中を見ながら思ったのだった。

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