ヴァイオリンの魅力④

 ”学校を失くす”とは、予想の斜め上すぎた。俺は聞き間違えたんだろうか?

 呆然とする俺に、瑠璃さんは言葉を加えていく。


「ここだけの話なんだけど、うちの学校ね、栗ノ木坂音楽大学から合併のお話を貰ってるの」

「が、合併……。そうですか。えーと、そうなった場合、ウチの学校はどうなるんですかね?」

「音大附属に普通科が新設されるから、話がまとまったら、ウチの生徒と教師はそこの所属になるかな」

「冗談ですよね?」

「冗談じゃないよ~。アタシはさ、両方の生徒にとって良い刺激になると思うんだ。うちの生徒は選択科目としての音楽が充実するし、向こうの生徒は音楽から逃げたくなったら、気軽に普通の学生になったりね」


 瑠璃さんの眼差しは真っ直ぐに俺の目を射抜いた。

 きっと俺なら理解出来るだろうと思っている。

 その通りだ。専門性を磨く辛さをよく知っているから。


 北園の件で進路を変えたのは、アイツの言葉に傷ついたからという理由だけじゃない。

 努力の先に何があるのか、将来は保証されているのか。

 ふと我にかえった時に怖くなった。

 音大附属の生徒の中にもこういう悩みを抱えてる奴は多い気がしている。周囲にライバルがひしめいている分、辛くてたまらない奴もいるんだろうなぁ。

 他校生である瑠璃さんが気にかけ、動いてやる理由は不明なのだが、その同情心は理解出来る気がした。


「それに今は少子高齢化だし、一般家庭の収入も下がってきているって聞くから、学校の経営は辛くなってきそうだしね。可愛い琥珀ちゃんが苦しまなくても済むようにしてあげなきゃ」

「なるほど」


 こっちが本音だったか!!


「てなわけだから、アタシと組まない? 琥珀ちゃんに勝てたら君が望むことを一つだけ叶えてあげる」


 漸く彼女が合奏を持ちかけてきた真意が分かってきた。


 瑠璃さんは演奏で俺を惹きつける自信があったんだろう。

 それで、江上妹から俺を引き離そうとしている。

 悔しいがその目論見は功を奏したと言わざるをえない。

 久しぶりに会った北園がただのジャガイモや石ころに見えたくらいだったからな。

 だけど……。


「あの、すいません。返事をする前に、もう二つ質問してもいいですか?」

「何かな?」

「合併になったら、理事長としての仕事は結構ありますよね?」

「暫くは忙殺されるみたいだよ。それが一年間なのか、二年間なのか、それよりもっと長くなるのか分からないから、普通の大学には通えないかもしれないね」

「じゃあ、瑠璃さんは将来ヴァイオリンで飯を食っていく気はないってことなんですね」

「それが二つ目の質問?」

「はい」

「将来かぁ……」


 瑠璃さんの目が泳ぎだした。

 その表情を見て気付いてしまった。

 まだ彼女はヴァイオリンに対して未練が残りまくっている。


 となれば、俺が彼女にしてやれる事は一つだ。


「瑠璃さんとは組みません。すみませんが、勝たせてもらいます」


「む……。意外と意地悪だ」


 瑠璃さんは頬を膨らませた。

 そういう表情は幼く見えて可愛らしいけれど、俺を揺るがすことは出来ない。


 再びやる気を出させてもらったお礼をしたい。

 この人の未来が潰れてしまわないように、理事長選を妨害しまくってやらんとな。


 ていうか、合併の話を大人しく聞いていたけど、俺にとっては結構大問題なのだ。

 音大には俺の母親が勤めているから、もし卒業までの間にあそこと合併してしまったら、俺の平穏が脅かされる!

 なもんで、全力で勝たせてもらわねば!!


 俺達の間に沈黙が落ちたタイミングで、ハンバーガーやオニオンリング等が運ばれて来た。


「あーあ。君とは価値観が合いそうな気がしたんだけどな。振られちゃった」

「アハハ……。まぁ食べませんか」

「お家に帰ったら琥珀ちゃんに慰めてもらお」


 彼女がモシャモシャとオニオンリングに囓りつくのを見て、俺もハンバーガーを手に取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る