ヴァイオリンの魅力③

 聴衆は北園の言葉に興を削がれたのか、十人以上がパラパラと散ってしまった。

 それでも瑠璃さんは残った人達の為に追加で二曲弾いた。


 彼女が二曲目の最後の音を弾き、ヴァイオリンを下ろすと、周囲からは惜しみない拍手が送られる。


「さて、もう気が済んだ。終わっておこうかな~」

「もう十八時半ですね」


 辺りはもう暗くなっており、若干肌寒い。

 たしかに引き上げた方がいい時間かもしれない。


「あの。今日は誘っていただいて有り難うございます。なんていうか、またちゃんとピアノをやりたくなってきました」

「そっか。誘った甲斐があったなぁ。また来よ」

「はい」


 北園におかしな事を言われた所為で、一時的に不快な思いをしたものの、瑠璃さんが引っ張り上げてくれたモチベーションは下落しなかった。先日言われた『君を本気にさせられる』を有言実行してもらったってわけだ。

 まさか、こんな力技でこられるだなんて、想像もしてなかったけど。


「これからどっかで夕飯食べない? お姉さんが奢ってあげるよ」

「今日は江上が料理作らないんですか?」

「琥珀ちゃんは今日、爺さんの家で食べてくるみたいよ」

「そうでしたか」


 爺さんというのは、うちの高校の現理事長のことなんだろう。

 瑠璃さんも彼等と一緒に食べればいいじゃないかと思うが、そう出来ない事情があるのかもしれない。


「俺一人暮らしなんで、迷惑じゃないなら一緒に食べて帰ります」

「一人飯を回避出来て良かったね!」

「っすね」



 連れて来られたのは、新鮮さとオーガニック感を売りにした某ハンバーガーチェーン店だ。

 値段が高めだからか、客の年齢層は結構上。店内に同じ高校の生徒は居ないし、来そうにないので安心だ。


 カウンターでエッグバーガーやオニオンリング、ドリンク等を頼み、二人で席に着く。

 瑠璃さんはここでも視線を集めているが、全く動じて居ない。注目を浴びるのに慣れ切っているのかもしれない。

 今更ながら凄い人と一緒にいるんだと、緊張してしまう。


 そんな時、リュックの底に埋めた俺のスマートフォンが鳴り、メッセージが入ったことを伝えてくれた。

 たぶんまた北園から来たんだろうだろう。

 さっき瑠璃さんがソロでヴァイオリンを演奏している最中に確認してみたら、アイツから十通ものメッセージが届いていて戦慄せんりつしたのだが、一体何のつもりなのか……。


「さっき、怖い子が居たよね。翔君の知り合いなのかな?」


 瑠璃さんの言葉に、俺はギクリとした。

 こういうの、女の勘と言うのだったか。

 彼女に北園のことを説明するのは変な気もするが、先ほど俺が投げかけられた言葉は流石に不気味だったろうし、疑問を解消してあげた方が良さそうだ。


「一応そうです。母の知人の娘で、小学生の頃は母の元にピアノを習いに来ていました。年齢が同じだったから、それなりに交流していたんです。今は全然ですけど……。さっきは不快な思いをさせてしまって、ご迷惑をおかけしました」


 何で俺がアイツのフォローをしなきゃならんのかと思いはするが、ここで変に悪口などを言ったら、瑠璃さんに幼稚な男だと思われてしまう。かなーりモヤモヤするが、ここはグッと我慢する。


「気にしなくてもいいよ。小さい頃から近くに居た人に対しては甘えが出ちゃうよね。普通なら言わないような辛辣な言葉がポロッと出たりさ」

「何を言っても許される関係なんて無いと思いますけどね」

「その通り。耳に痛い言葉だ」

「瑠璃さんの場合は江上琥珀に対して、色々言ってしまうんですか?」

「んー。琥珀ちゃんというか、アタシの幼馴染みに対して……、要らないこと言ってしまったなぁ」

「瑠璃さんが人間関係で苦労しているのは意外かも」

「そうでもないよ」


 彼女は目を伏せ、アイスティーをストローで乱暴にかき混ぜる。


「あの、聞いてもいいですか?」

「何かな?」

「何で理事長になりたいんですか? 楽な仕事というイメージはありますけど、つまらなそうです」

「楽に稼げるなら、つまらなくてもいいって思う人は多いんじゃない?」

「そうかもしれませんけど、瑠璃さんはずっとあの学校に閉じこもりたいと思ってなさそうだし、違和感があるっていうか……」


 先ほど披露してもらったヴァイオリンの演奏は、趣味の範疇を超えているように聴こえたし、彼女が本気で取り組んでいるのは明らかだ。もっと高い所を目指してほしい。そして世界中から認められてほしいと思うのは俺のエゴなんだろうか。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女はストローを咥えてニマニマ笑う。


「あたし、理事長になったらガッコウを失くそうと思ってるんだ」

「なくす……?」

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