第21話宝物2


マトーは小指ほどもあるクリスタルに、秘密の文字を刻印した


結婚の誓いの宝石


シャランと陽にかざして、リマの首に通す時を、子供の夢想の様に思い描く

凝縮された橙。リーネで見た夕日と同じ

もうすぐだ


次の満月


出会って三月の翌朝。俺はリマに膝まづいて求婚する

笑っても泣いても男らしく決めるのだ


愛していると告白したら…この星空を散らした美しい瞳はどんな風に揺らぐのだろう。

夜明けの光が射して輝く?

それとも闇に落ちる…。


――いや、来ないで…!


月光の底で、断罪された夜を思い出す

ま、まさかあそこまで拒まれることはもう、たぶん、無い。と思うのだが。いやだがしかしあれはトラウマだった!ちょっと思い出しただけで涙がにじむぞ。今言われたら俺は立ち直れない


「うう」


慌ててマトーは胸元から紙片を取り出す。すーは―香りを嗅ぐ

心細くなるたびに、マトーは何度もなんども手紙を読み返す。可愛い文字をなぞる。インクが滲んでしまってもなぞる。


暗記してしまった内容を、また確かめたくてなんども愛でる。その度にじゅんじゅん脳内快楽物質が出て、頭がへべれけに酔う。


――堪能したらちゃんと手紙を出してやらなければ


ああ、だしてやるとも。だが今日だけは。もう一度読みたい。明日になったら出してやろう。明日になったら。後一夜……ああ、これほど手放しがたい宝物はない


***


愛しい女に胸焦がしても、戦いがとまるわけではない

殺るときは殺らねばならない

マトーはもう以前の様に殺戮で退屈を紛らわそうなどとは思わない

だが、愛しいリマの為に。右の国への手土産にと、功を焦る


だがなぜだろう。汚れた姿をリマの前で露わにすることがためらわれるのは

殺戮の香りを必死で洗い流して。マトーは扉を開ける。リマの待つ扉


「ただいま」

「あっ……おかえりなさいませ」


ぱたん。と優しく扉を閉めたはずなのに。それでもリマはぴくんと震える

まあ、ビクつかれるのは慣れているが。しかしかなりとても傷つく。


リマがぴょこんと立ち上がって、とととっと駆け寄る。


「あの、マトーさま。」


少しためらいがちに逡巡する。が、意を決したようにマトーの手を取る、何かを握らせる

途端、ふわっと甘辛い香がマトーの鼻孔を擽る。新鮮な風の味。この香りは……


「ラベンダー?」


手を開いてみれば、中には、小さな黒の絹地のサシェがちょんと乗っている。

金糸で刺繍が施してある。狼の横顔。


「あの、こうしてサシェにすれば、花は枯れても、ずっとあの日のことを思い出せるでしょう。…と、おもって。作ってみたんです」

少しモジモジして。にっこり。花がほころんで特上の笑顔が咲く。


「はうぁ!」

たちまちマトーの顔が熱くなる。となんという絶大なる破壊力!

体中が泡立って昇華してしまいそうだ。


あの日を思い出せる。

あの日。

秘境リーネでリマと口づけを交わし、そして結ばれた日……。

思い出せる、と言うことは、リマは思い出したいと言う事か!?そうなのか!?嫌な記憶じゃない!?俺のことは嫌じゃない!?

いやいやいやいやいやしかし思い上がってはいけない。どーんと舞い上がってどーんと落ちる事、あるからな。

ああむり!舞い上がらないなんて無理だ!ああ、幸せすぎて自我が崩壊しそう。


「リマ!!!」


熱を何とか逃がそうとして、衝動のままにリマを掻き抱く。ぎゅーーーーーっと、固く固く

ひやりと心地よいリマの頬。たちまち飛び火して熱く燃え上る

あっというまに臨界に達してしまう。口づける


いいのか!? ああ、こんな幸せでいいのか、俺は昇天してしまわないか。

片思いでこの切なさ。こ、これで思い通じたら俺はどうなってしまうのだ!?毎日リマに好きと伝えてお返しに好きと言われる、そんなとんでもない奇跡の様な幸せスパイラルが起こり得るのか!?


長い長い口づけが終わって、唇が離れる。濡れてとろんだ瞳で見つめあう

やっとマトーは礼を言わなければと思い至る


「大事にする……!!!一生大事にする!!!家宝にする!!!」

「あ、あの、サシェですから……香りが飛んでしまったらまた作りますので、その、そんなに大事にされなくても」

あまりの喜びように、驚いたリマがしどろもどろに言葉を紡ぐ


また!? アゲイン!? また作ってもらえるのか!!! ということは、また来年花を摘みに行くと言う事!? リマとまたリーネに!!! ああ、リーネだけじゃない、世界中のどこへだってリマと行ける。リマとどこへでも行きたい……。ああ、来年の今頃は夫婦だな。もしかしたらお腹が大きいかも


「ぐぼ」

おもわず顔を上げて鼻を抑える、鼻血が噴き出す一歩手前だったからだ


「困ったな」

心底困り果ててマトーは苦笑する


「マトー様?」

「こんなに素晴らしいものをもらって。俺には返してやれるものが何もない。リマ、リマは何が欲しい?リマの欲しいものならば何でもやる」

「私の欲しいもの……」

一瞬、リマの瞳の星が揺れる。だがすぐに瞼を伏せる


「何もありません……」

「そんなはずないだろう」

「……じゃあ、……じゃあ、キスをください」

意を決したようにリマがマトーを見上げる。唇をキュッと結ぶ


「……っ!」

不意打ちがマトーの胸に直撃する

ラベンダーの甘辛い香がいやおうなしにマトーの切なさと結びつく


キスが欲しい。リマから……。リマがキスを欲しがっている。俺の……。


見えない糸に操られるように体が動く


親指で濡れたリマの下唇を撫でて、吸い寄せられるように唇をあてがう


ああ、胸が痛い。鼓動が痛くて熱くてたまらない

リマも胸が痛いと言うのは本当か

もっと痛くなって欲しい。俺なしでは生きていけないほどに

リマ、何処へでも行こう何でもあげよう、リマが望むのなら何でも


***


胸が痛い。リマは、熱い腕の中で目を閉じて朦朧となぶられる

愛がほしいなんて恐れ多いこと、とても言えない


けれど、口づけ位ならば、ねだってもいいかしら


欲望だと言い訳して

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