第18話プロポーズ大作戦

「なっ…!?俺……がっ、どれだけ…!!!!!!」


マアリの涙交じりの報告に言葉を失うマトー


ガラガラガッシャーン


大剣に機関銃に甲冑、景気良い音を立てて真紅の床に弾ける


落とし主は呼吸もままならずパクパク喘いでいたが、なんとか我に返ると


「リマ!!!!」


蒼白になって廊下をすっ飛んで行く

愛しくてたまらない花の元へ!


「リマ!!!」


広間でサシェを縫うリマを捕らえると、喰らい付かんばかりに肩を抱く


「はいっ?」


リマが不思議そうに見上げる。ふわっと髪から香る芳香

バキューン!

つぶらな瞳がハートを射抜く。


瞬く間にカーッと真っ赤に染まるマトーの頬。顔色が忙しい

口からはぐはぐ変な呼吸が漏れている

なんとか一生懸命音をひりだす


「俺は……!!!お前を、あっ、あい……あい……!!」


「あい?」


「…………あー、いい天気だな」


ずごっ!!!!


城中のものが床に盛大に突っ伏する


信じられない!!! 溶け合うほどに何度も何度も体は繋がっているのに、愛の告白もできない男がいるなんて!


百億歩譲って、経験の浅い気弱な男なら頷けもしよう

だが何百何千もの女を食い尽くしてきたあのマトーが!

並みいる美女の愛の特攻を嫌っそうに斬り捨ててきたマトーが!!!


あどけない少女の手を握ってはぐはぐうろたえるばかり


違う、私の支えている主人はこんなヘッタレじゃない、幻だ、

スライは目眩を覚えて壁に手をついた


***


美しい月が黄金に落ちる。虚ろに淀んだマトーの瞳

ゆっさゆっさ無抵抗に揺らされる、死滅したキューティクル


「ねえ、何でこんなことになってるの、あんだけ色々やって溶けて両思いじゃないってどう言うこと!?奇跡!?奇跡なの!?ばかなの? 滅びるの?」

「おい、やめて差し上げろ、なんかそれ以上揺らす抜け出そうだ。魂とかが」


慌ててスライがアスクレーを止める


「いや、ちょーっとはしょうが無いっすよ、あんなにラブラブできたら普通勘違いしちゃいますよ。うん。馬鹿な男は一発やれたら舞い上がっちゃうもんですよ。……そりゃ、あんまり嬉しくてうっかり? うっかり愛を告げ忘れたのはとんでもない馬鹿だと思いますけど。」


「おい!馬鹿に馬鹿にされて悔しくないのかマトー! おい!」

スライががっさがさマトーを揺さぶる。アスクレーより数段激しい!


しかし悔しがるも何も脳まで届いていない


今なら痛いほどわかる、ガウルとエリザの気持ち。


「おい、どうするんだマトー。まさかこのまま想いを告げずに抱き続けるんじゃないだろうな。割と最悪だぞそれは」


「結婚する」


ぽつっと小さい音が広間にこぼれた


「は?」


「リマと結婚する!!!!!」


突如くわっと立ち上がり、目を見開いてぐっと拳を握り締めるマトー。ぐにゅーんと拳から潰れる芋。目が血走っている。


「け、結婚ー!?」

一同仲良く目を剥く


「そうだ! 愛を告げる? はっ、何て頼りない。言葉など!!! 空気に震えて溶ける振動じゃないか! 形も何もない関係にリマを置けるか! 男なら潔くプロポーズだ!!!! 神の元に永遠の愛を誓う! 」


獣の瞳にメラメラ炎が燃えている。きっと世界で一番熱いのはこの瞳! 太陽どころか銀河系だだって飲み込む勢いでごうごう燃える


「おおおおっっ! マトー様、男らしい! じゃあ。早速リマちゃん呼んで来ますね!」


「まてまてまてまてまてまて!今日はしない!」

くるっと翻ったマアリのフリルスカートをしっかと掴み留めるマトー


「じゃあ明日?」

「明日もしない。」

「………いつするんすか?」

「……。タイミングとか風向きとか、運勢とか、髪型とか、大宇宙の神々の気まぐれとか、色々あるだろう。こっ、断られる可能性が果てしなく0に近づいた時だ。」

「……いつ近づくんです?」


「……」

「……」


「マトー様ってもしかして世界一のヘッタレ…」

「満月だ! 次の満月の夜!俺とリマが出会って三度目の満月!!!」

マトーがキッと夜空の月を指し示す


「城で舞踏会があるだろう!めちゃくちゃロマンティックな舞踏会が!!!めちゃんこ荘厳な城だ!溢れる月光にすごおいステンドグラス!感涙するリマの肩を抱く俺!」


「あっ、あのステンドグラスはしょぼいって昔……」

「翌日は勲章授与式だ!右の国が泣きつかんばかりに俺の首にかけたがっている勲章!右の国の話を受けようと思う!」


「じゃ、じゃあ、まさか、領主様になるんすか?」

「飼い慣らされるのはごめんだってずっと跳ねつけていたのに…!」

「僕が一生懸命説得しても首を縦に振らなかったのに……!!!」


「領主じゃない。子沢山なのに妻一筋のめちゃくちゃ優しい領主様だ!! 大体、明日をも知れぬ盗賊に愛を告げられて何が嬉しい!? プロポーズは地位と名誉を手にしてからだ! 経済力……はまあまああると思う。もちろん愛と包容力はたっぷりだ!!!」


「結婚は勢いも大事だよおー。今から言いに行った方がいいと思うよお。僕が検分人になってあげるからさあ!」

アスクレーの糸目が細く伸びきって瞳が見えない!一番喜んでいるときの目!


「ロマンチックなプロポーズにしよう。こんな下卑た野次馬どものいない。……いいや、やっぱりとびきり盛大なものがいいな。王の前がいい。勲章を授与された瞬間にリマに傅いてプロポーズしよう。もちろん検分人は大司祭だ! こんな生臭はぐれ司祭じゃなくて! ふふ、ふ、もちろん結婚の誓いは世界一特大の希少クリスタルをリマの首にドスンとかけて……、待ってろよ、リマ…の首!!!!肩が凝ったら優しく揉んでやる! 可憐な俺の花!!! 一生かけてめちゃんこ幸せにしてやる!!! ふふ、ふふふふふははははふはふはふはふ!!!」


口をへにゃっと歪めてにやけまくるマトー。希望に満ちて輝いている。地獄の底を揺るがさんばかりの悪役高笑い。だが、はふはふ語尾が上がっている。一体何を揉んでいるのかな? 虚空をわきわき非常にいやらしい手つき。目じりが垂れてへにょへにょ



これがマトー!? あの凶悪で冷酷で優れたマトー!?

世界一愛を憎悪していたマトー!?!?

愛など口走るものは皆殺しにしてきた……

何回見ても信じられない、

けれどもどんなに瞬きしても光景は同じ


スライとアスクレーは愛しい主の変わり果てた姿に動揺を隠せない。藍と銀、二人の精悍な眉根が思い切り歪む。まるで失恋したかの如くぐるぐる思い出がめぐる。倒錯した従僕二人の心中は複雑である


まずスライの心中から覗いてみよう。非常に残念である


マトー! 世界で一番優れた雄! どんな時も雄々しく、綺羅星のごとく戦場を駆け抜ける……。

冷酷な瞳で私を穿ち、虫けらのように虐げてきた……。


あーその瞳が私にはたまらなかったのだ。


一瞬スライの脳内に「下僕特選!マトー珠玉のベストシーン上映会」が駆け巡った。


どのシーンも威厳に満ちている……

あまりに今の姿とは違う……


ああ。もう蹴ってはもらえないのかな。


マトーよ成長したな!

幸せな家庭を築くとよい。思いのほか良い領主になるやも知れぬ

よもや猛スピードで先を越されるとは思わなかったが……プロポーズかあ。私もそろそろしたいな


変態かつ従僕かついいお兄ちゃんのスライも心中複雑である


お次はアスクレーの残念な脳内


ああ、マトー! この世を支配するべき神!僕が生涯をかけて尽くす主!

教会が一万年に渡って探し求め、やっとこの僕が見つけ出した!


人類を超越した完璧な個体

あらゆる英才教育を受けた僕を打ちのめした!


君を教え導く事こそ僕のライフワーク

僕は嬉しいなあ。歴史的な瞬間に寄与できる喜び。僕は人類の進化に立ち会うんだ!


だけど……


縛ってぶってもらう夢も捨てていないよ!


何ならリマちゃんと一緒に夫婦でぶってもらいたいな。死なない程度に

子供が生まれたら僕がしっかり一から教育して何もかも教え込むんだ。スライなどには渡さない!

そして親子で縛ってぶってもらうんだ……ああ、楽しい夢が止まらないなあ!


アスクレーの野望は燃える



「ああ、リマーーーっ! リマと呼べるのもあと僅かだな! 結婚したら「おまえ」「あなた」だ!!!あーーーー!!!良い!! 凄く良い!!! 幸せにするからな!!! 永遠に!!!」


従僕二人が(変態的な)感傷にしみじみ浸っているなどとは思いもよらず、主人は幸せな妄想に浸って感極まる。本当はリマに抱きつきたいが居ないので己を掻き抱く


ああ、世界はこんなにも濃密でキラキラと煌めくものなのか

身体が弾けて宇宙になってしまいそう。

宇宙はこの胸の中にあったのだ!愛さえあれば誰もが気づく……ああ、新居の間取りはどうしよう


ドキドキの新婚生活から、孫に囲まれた幸せな老後まで、走馬灯にも似た幸せ家族計画がシナプスをバリバリ駆け巡って表情筋から筋力を奪う


今夜も元気だ。歪んだ情動へと変わるのにそう時間はかかるまい


***


花瓶に生けられたラベンダーが窓辺で青く揺れる

月夜と溶けて鼻をくすぐる甘やかな香り

夏の近い春の夜風


「リマ、俺の心に咲いたラベンダー。魂を染めて燃える可憐な花!」


熱烈なキスと言葉がまだ冷めやらぬ

腰が抜けて足元がおぼつかない

お腹がまだ熱い気がする


「はぁー……っ」


ばふっとソファに沈んで窓辺の月を見やる

さっくり割れた下弦の月


……マトー様はなんだか最近ちょっと様子が変だわ。なんだかとってもとってもとっても優しいし、べたべたくっつきたがる……


さすがに異変を察知してはいるリマである

ゆらゆら、夜の底に揺蕩う。月光のヴェールが少女を包んでゆるく波打つ


あの月のヴェールのもとで、身も心も捧げろと言われた

ありとあらゆる覚悟を一瞬でしたわ


もちろん処女を奪われる覚悟だって……恐ろしい想像とともに

地獄の底で魔王の生贄となったのだと思った


なのに、なんて甘美な地獄だろう

奪われる? とんでもない! 何度も求められて甘い密にとろとろ溶けるよう!


ふわふわと舞う花びらの様に。リマの意識は月の光を追いかけてさまよう


――リマ、可愛い可愛い……!

マトー様の唇は最近そればかり!今日だけ何回言われたかわからない!


リマだって年頃の娘。可愛いと言わればもちろん嬉しい。舞い上がってしまいそうになる。

命を握られている相手となればなおさら。


あまりに見つめられすぎて、目を閉じてもあの潤んだ瞳が浮かぶ。キラキラ煌めいてリマの奥深くまで潜り込む光。

世界一恐ろしい冷徹な眼差しは、いつの間にか世界一熱い情熱へと様変わりした

この世の情熱総てを閉じ込めた瞳……

惜しみなく溢れる笑顔。緩み切った眉間には皺ひとつない


マトー様は……マトー様って


もしかして私のことを好きなのかしら?

リマのまどろみが真実の尾を掠った


まさか!


ふるふる頭を振って強く打ち消す

ばふっとクッションにうずもれる


ちょっと抱かれたくらいで自惚れてはいけない!


可愛い可愛いとなぜか言ってもらえるけれど

きっと気まぐれ

小さな花は大輪の百合や薔薇には敵わない

誰だって、ふと道端の花を手折ることくらいあるわ。けれどもすぐ捨ててしまう!


もしかすれば気まぐれですらないのかもしれない。

出会ったときだって、山盛りの女を選んでいたもの。それに自分は精力旺盛だと言っていたし……マトーの「お盛ん」ぶりは伝説にも嫌というほど歌われている

それこそ女を抱くことなんて何とも思っていないんだわ。きっと…


思い上がるのも大概にしなければ


――このお城で生き延びたいなら、あのお方を愛さない事! ……でもそれって一番難しいことよ……!

マアリの声が星の瞬きに重なる


――あのお方を愛することなんて絶対に無いわ!

そう自分はきっぱり言い切ったのだ!!!

あの時はそれが当然のように思えた

あんなに恐ろしい人を愛するはずがないと……!


――生き延びたいの?

――当たり前よ!! それがバールの民の務めだもの

――どんな想いをしてでも?


あの時はマアリが何を言っているのわからなかった。


私は何も知らなかったわ!

胸がこんなに疼くものだなんて!

瞳から溢れそうな想いに必死で蓋をする。瞼を固く閉じて気付かぬふりをする。


生き延びるために!


バールの教えに背かぬために!


神さま!

固く手を組んで祈りを捧げる

その祈りさえ、蹂躙される……


――子供ができたら名前はどうする? 

――女の子だったら……リマ、お前が付けると良い……


どんなに固く目を閉じても、繰り返される優しい声

お腹を撫でる手のひらの熱

ばかね。戯れに振られた言葉を本気にするなんて!


それでも、もしも、もしも……もしも


マトー様がもし私を好いていてくださったら……


世界はどんなに輝くだろう


一瞬でも構わない





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