第17話残念な獣は昼間から溶けきる


朝の光が煌めいていて部屋を照らす。生を育む恵の太陽

溶けきった二人の肌を撫でる


逞しい腕がリマをぎゅーっと抱きしめる

並み居る兵士を切り刻んだ腕は、世界一愛しい花を抱きしめるためにそっと。冷酷な瞳は、とろとろ潤みきっている


「リマ、リマ、リマ、いい匂い、可愛い、可愛い、かわいい。俺のもの。吐息の微熱から瞳の星粒まで全て俺のもの。誰にも渡さない…」


夜通し情熱をぶつけまくって大満足のマトーは、それでもまだまだ元気にはしゃぐ


これでもかとキスの嵐


想いを遂げた狼はもうとろとろに蕩けてしまってダメな生物に成り果てた

リマの胸に埋まってひたすら幸せにひたる


「リマ、リマ、幸せだ。リマ…!」


リマは返事できなかった。答えも聞かずにまた唇が深く塞がれたから


ころころころころ


唇を重ねたまま、もつれてベッドを転がる二人


ベッドがとっても広いので、存分にコロコロしても落ちない!


朝の光の下に組み付されて腕を開かれる


何もかも丸見え!


かあっとリマの耳の裏まで熱くなる


「だめだよ、可愛いリマ。全部俺のものなのだから。乾く前にキスしなければいけない」


なんとかたぐり寄せたシーツは優しく、しかししっかりと剥がされる


熱くなったのはマトーも同じだ。しかしかなり別の意味で

朝日など御構い無しで狼が食らいつく


身体中に優しいキスの嵐


ぞくぞく


「やっ…んんっ、マトー様…」

「様などいらない」


低く優しい声。耳元に吐息がかかる

指先まで痺れてしまう!


「お食事お持ちしやしたー。あっ、しっつれー」

マアリがニマニマににまけながら配膳して去って行く


あまりの快楽責めに意識が飛んでなければ、一生悶えるほど恥ずかしいと思っただろう


幸か不幸かそれどころではなかった

「みっ、水を…水をください…んっ」


とろとろに溶けたリマの唇に、口移しで水がうつされる

溢れた雫がパタパタシーツを濡らす


床に散ったラベンダーが、陽を浴びて匂い立った



***


大広間に居合わせてしまった者たちはややげんなりだ。ドン引きといっても良い

暖炉の火は落とされているのに、この城の主人ときたら、真夏の太陽より暑くるしい!


「リマ、あーん」


もう隣に並んで座りなどしない。遠慮なくお膝である。念願のお膝抱っこ! ちょんとリマを膝の上にのっけてスプーンをあーんする


アスクレーに先を越されて悔しい思いをした頭を存分に撫でまくる。艶めく黒髪を一房手繰って思うたけ嗅ぎまくる


すーはーすーはーすはー


もはや空気清浄フィルターか、リマの香と混ぜなければ空気も吸えぬといった有様


満たされきったマトーの清々しいまでの変わりぶり


お肌はツヤッツヤ、キューティクルはキラッキラ、黄金の瞳はとろんでうるっうる


大陸を震え上がらせる盗賊王が、あーん、である


しかしそれだけでは止まらない。


りま……


もぐもぐする姿をじーっと凝視して穴があくほど堪能しまくるマトー。合間に耳朶をハフハフする。またあーん。リマの口に入るものは全て給餌しなければ気が済まない。もちろん合間合間のキスは基本動作である


「ほらっお返しをくれ、リマ」


あーんと大口を開ける


ぱくっ


「美味しい!リマのあーんしてくれたものは世界で二番目に美味しいな!もちろん一番美味しいものはリマだ」


恋に蕩ければ、その美貌もすっかり形無し

目元が完全にだらしなく垂れて溶けているしなんかよだれ出てる

風前の灯だった威厳もあえなく消し炭となる


今まで散々リマに焦がれ醜態を晒してきたマトーだが、よもやここまで残念になろうとは誰が予想しただろう?


「リマ、リマ、可愛いぞリマ。可愛い可愛い可愛い可愛いリマリマリマリマ。一秒ごとに五割り増しで可愛くなっていく。死ぬ」


「リマリマ生物…」

匙でグリーンピースを避けていたアスクレーがぽつっと呟く

リマリマ生物……


諌めようとしてぐっと言葉に詰まるスライ


あまりにもぴったりすぎたからだ


食欲を満たせばデザートよりも甘いキスが待ち受けている


カシャン


銀のスプーンが落ちて跳ねる。銀器から溢れて溶ける桃のシャーベット


なぶられる唇


「あの、人目が…みんなが見て…恥ずかしい…です」


「見せつけてるんだ。俺の女に手をつけないようにな」


誰もこんなバカップルに手ェ出さないよ!


その場にいた全員が激しく心の中でツッコむ


「やめて欲しければ俺を満足させろ。キスをして。リマ、お前から」


「んーっ!」


懸命に目を閉じて、キスを返すリマ。


「こんなキスをされては止まれなくなるな」


ぐっと頬を挟まれてたちまち舌が潜り込む。くちゅくちゅ粘膜が擦れる

恥ずかしいはずなのに

天をたゆたっているよう

こんな風にキスされてふわふわしまうなんて私はどうしちゃったの?

リマの全身の力が抜け、腕の中に落ちていく

すかさずほぐれたリマにマトーが覆いかぶさる。革張りのソファに身が沈む


頬は真っ赤に紅潮して、胸は弾んで息が上がる。マトーをとろんと見つめる潤んだ瞳

俺のキスでこんなに溶けて、たまらない。ぎゅっと足を絡める

この潤みきった瞳!視線を合わせるだけで怯えて泣かれた黒歴史よ、さようなら!永遠に


「リマ、俺の首に腕をかけて、ぎゅっとして。リマとぎゅっとしていないと絶命してしまう」



マトーの目は勝ち誇ってキラキラ輝く


水の音にも似た不埒なキスが響く


けぱっ


その場にいる全員が砂糖を吐いて死にそうになる。何人か走馬灯をみた


御構い無しの二人


リマはもう自分がどこにいるのかわからない

私の中にこんな快楽の渦があるなんて

思わずぎゅっとマトーを握りしめる。それがまたきゅんとマトーの快楽を刺激する

激しさを増すキス。快楽のスパイラル


「うっ、」


ぎゅっと胸を締め上げられるマトー。


これ以上はないと思っていたのにやすやす超えてしまう


「部屋に戻るぞ!」


矢も盾もたまらず、抱え抱くと弾丸のごときスピードで廊下を疾走する


もちろんベッドをめざして


まだお昼間なのに……、

霞む意識でリマはうっすら思う


けれども、太陽の高さを気にする余裕など、衣服とともにたちまち剥がれてしまう


そのままとっぷり夜がくれるまで、マトーの情熱は絶え間なく注がれることとなった


***


空が燃え上がってやがて闇に染まる。月と星の溢れる夜半


「はぁっ…」


切ない吐息をあげてマトーが欲望を満たす

世界中の欲望を集めたって、この男の一瞬の情熱にも敵わない


真っ白なシーツにどっと二人して倒れこむ


これでもリマが痛がらないよう、壊れないように、情熱を抑えている…つもりだ。何とかギリギリ、たぶん…


こつん、とひたいを合わせて鼻キス。瞳を覗き込む


「リマ、リマの瞳には銀河が閉じ込められているな。この世で一番美しい。夜空の星が全て吸い込まれてしまったんだ…」


マトーが真っ白な歯を見せて笑う。愛しくてたまらないリマを腕枕に乗せる。


髪を一房掬ってキス。にこにこ。もう一房救ってキス。マトーはこの上ない幸せを感じる


マトーは強欲だ


欲望を満たして、焦がれたものをやっと手に入れて、けれどももっと欲しいものにすぐ気付く


「子供ができたら名前はどうする?」


リマのふっくらした頬を撫でて笑う


「りま、…俺は結構精力旺盛だから、きっとすぐ子供ができるぞ。俺とリマの子供!男の子なら…アンリ、女の子なら…リマがつけると良い。きっとめちゃくちゃ可愛いぞ。明るい家族にしよう」


たまらなくなって強くかき抱く


リマの瞳に一瞬浮かんだ戸惑いには気づかなかった


我が子を胸に抱く姿を想像して胸が熱くなる。1日も早く子供が欲しい。愛の結晶が欲しい。愛しさと欲望が湧き上がって、きらめく瞳に炎が灯る


「リマ、もう一度…」


マトーが優しくリマを襲う


リマが避妊薬を飲んでいるとはつゆとも思わずに


***


「はあっ……た、助かった」


物凄く久しぶりに、ひとりきりとなった居室でほっと深呼吸する


もう、今生の別れかのごとくぎゅーーーーーーーーーっと、もいちどぎゅーーーーーーーーーーっとされて、さあ終わりかと思えばさらに高まってぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうぎゅうっとされて、離れた後も廊下を振り返り振り返りしながらマトーは出かけていった


なんとか一息つく。今のうちに一息も二息もしっかりついておこう。キスなしで息できるのは久しぶりだ


慣れとは恐ろしいもので、キスがないと不思議な気がする


遂には、あのずしっとした温もりがないとなんだか落ち着かない感じまでなってしまった。


なんだか視界が広くてそわそわする


ああ……忘れないうちに

小さな小瓶を取り出す

さらさら薄紅色の錠剤

僅かにためらって、飲み下す

この小さな一粒で、自分の身体が左右されるなんて信じられない


「はーい!!!いつでも何処でもあなたにガールズトークをお届け!壁に耳ありガラスにマアリ!」


ばーんと扉が開いてマアリが姿を現す。星屑の瞳は、今日も楽しいことを探してキラッキラだ

二人が突然急接近してこのかた、ずっとずっとずぅぅっとチャンスを伺っていたのだ。もーまちきれんと手をワキワキさせて迫る。いけないおじさんの手つきだ。


「聞きまっせ!聞かせてもらいまっせ!?あの宴の翌朝、二人っきりでどこに消えていたの?そして帰還するなりマトー様はなぜべったりのタコと化した?黙秘権はない。さあ、洗いざらいはけ」


こしょこしょこしょこしょ!!!!!

まありは城一番のくすぐり拷問の名手だった!

まだ温もりの残るシーツに可憐な二輪の花が笑い転げる

「あはは、こしょばったい!やめてマアリ!全部言う!私もお話ししたかったの!!!」


テーブルいっぱい山盛りのお砂糖菓子と、角砂糖いっぱい溶かしたお紅茶で、ガールズトークの準備完了


くっと、あつあつのお紅茶に唇をつけて、リマがお話しする

「とっても不思議な乗り物でお空を飛んで、秘境リーネに行ったの。」


「リーネ!めちゃくちゃロマンティックだわ。くっ、マトー様、やるわね……それで?」


「えーと、蛇が危ないからって抱えられて……なんだかほぼお姫様抱っこで散策したわ」


「きゃー!厚い胸板と男らしい香りに包まれたのね!それで!?」


「それから夕日を二人で見て……それでそれで。その」


「ストップ、言わなくてもわかるわ。ロマンティックな夕陽で盛り上がってキスのひとつふたつみっつぶちかましたのね。ガンガン燃えたのね」


マアリの瞳にもメラっと炎が燃える


「う、うん」

リマの頬に飛び火する

「それから?」


マアリの瞳が怪しくキラッと光る。赤くなってもじもじするリマの唇に、木苺を一粒つまんで押し込む。


リマはむぐむぐ甘酸っぱい果肉を楽しんでいたが、ごくん。意を決して


「それから。お城に戻って、キスが止まらなくなって、キスじゃなくなって……いっぱいその、……え、えっちなことをしたわ」


「気持ちよかった?」


「うん。すごく。」


「優しかった?」


「うん」


「きゃーっ、愛されたのね!」


まありがふるふる身悶える。金のくせ毛がぴょこぴょこ揺れる


「愛?されてないわ?」


「へっ」


マアリの時が止まった。

きょとん、と可愛らしくカップを持つリマ。

「いやいやいやいやいやいや、言われるでしょう?愛してるよ、とか!」


「言われないわ。可愛い……。とか、リマは全て俺のもの、っていつも言うけど。」


「それって愛の言葉じゃないの!」


「どうして? それは元からよ。身も心もあの方に捧げることが、村を解放してもう条件だったもの。」

「……。」

言葉を無くしてはくはくするマアリ

「そうね、大事に思っているとはいってもらえたの! すごく嬉しかった。私はマトー様の「物」だもの。マトー様を喜ばせるための。なのに私、勝手にあんな快楽を感じていいのかわからないわ。でもマトー様はとっても優しいし、私が悦ぶと嬉しいみたいなの……どうしてかしら?」


心底不思議そうなリマ

マアリの細い眉がハの字に傾く。泣き出さんばかりの困惑。必死の身振り手振りで伝えようとするが、残念、あわあわするメイドにしか見えない


「リマちゃん、それは、その、マトー様があなたを愛してるから、一生懸命尽くしてる……とか、そう考えたり……しないの?」


「どうして?あの方は誰も愛さないし、愛してはいけない。最初から好きにならない方が賢明だと言ったのはマアリだわ。どうしてそんなことを言うの。」


きょとん


「あわわ……!!!! マトー様、もしかしてもしかしなくても、もんのすごい誤解があるのでは……」


体がしっかり結ばれ、相性も抜群。けれど果てしない断層のごとき心のズレ。


強烈なマイナスの出会いだったゆえ、そしてマトーも不器用なので仕方ないとはいえ、リマの鈍感さにマアリは絶句する


「うわーん!マトー様!一大事っすよ!!!!!」


お菓子が宙を待って床には跳ねる


「あっ、マカロンが……」


コロコロソファの下へ転がるマカロンを追うリマ


蒼白涙目で走り去るマアリ


後には、きょとーーんとお菓子の山に置き去りにされたリマが、ひたすら目をぱちくりするのであった



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