第9話月夜の作戦会議
「はぁ……っ」
月夜にため息の雲がかかる
マトーのため息
高い天井からつるされたロープに、点々とカンテラが咲いている
ずだん
揚げたての芋の山盛りが置かれる。
ジョッキを抱えたアスクレー、キラキラ輝く瞳のマアリ、呆れた顔を装ったスライは、野次馬根性を美貌に隠している
「男のため息何て豚も食わないよ。なんで大広間に居るの。なんで逃げ出してきてんのさ。この、意気地なし!」
「うるさい、童貞のアスクレー。女の味も知らずに死にたいのか」
だらーんと四肢を放り出して力なく毒づくマトー。その顔は疲れ切っている。
今日一日己を抑えるために物凄く消耗したのだ
「ああー、リマ……。こんなに可愛らしい音があるか? リ、マ……。名前を呟くだけで天へと召されそう。昨日は目を合わせるだけで泣かれたが、今日は何度もその瞳に映ってやった。星空よりも美しい瞳に! 覆いかぶさらないように必死だった。三日三晩死闘を繰り広げたって、こんなには消耗しない。ああ、だが、指先が触れるだけで怖がられてしまう……辛い! なんで俺はこんなに怖がられるんだ!」
「マトー様ってこんなに詩人でしたっけ」
くちびるに指を添えて小首をかしげるマアリ
「恋をすると頭が湧くんだよ」
「やっぱり信じられない。あのマトーが、小娘に首ったけになるなんて。今までさんざんっぱら女を食い尽くして、絶世の美女にも見向きもしなかったのに……この男は誰も愛せないと思っていた」
いまだに信じられないものを見るスライ。
アスクレーが憤慨する
「なにを! 僕あずーっと言ってたじゃあないか。マトー様が誰も愛せないのは、世界でたった一人、宿命の女を探しているからだと! 見つけたんだ。遺伝子に刻まれた古来の神の恋を。教会本部はお祭り騒ぎだよお。なにせ一万年待ち続けたんだから。だーれも信じてくれなかったけど」
「そんな突拍子のない事言われたって誰も信じない。ただの頭の残念なやつだと思っていた……」
「神の恋だなんて、あれだけ残虐だったら誰も信じませんよ。魔王だったら信じますけれど」
「僕あ嬉しいなあ。生涯を捧げると決めた主様が、遂に妻を見つけられた!」
アスクレーが思い切り杯をあおる。見事な一気。目が座ってきた。
このピッチですすめばもうじき脱ぎだすだろう
「マトー! なにこんなところでヒヨっているんだ! 行って獣の様に乙女の身を剥ぎ、思いのたけを成就させたまえ! 人類の待ちわびた恋を!」
「むりむりむりむりむりむり!!!!!」
ぶんぶん引きちぎれんばかりに頭を振るマトー。
「今日、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ! 無理やり身体だけ手に入れてみろ、俺は喪失感で死ぬだろう! 怯えられるだけで、胸を掻きむしって滂沱したのに。どんな宝物よりも、愛の言葉が欲しい……あの女から!」
「あー!まずい!」
マアリが口元を抑えて、ごまかし笑いを浮かべる
「私余計な事言っちゃったかもしれないです。マトー様を愛してはいけない、決して愛を告げてはいけないって、いっちゃまずかったっすかねえ……」
「取り消せ―――!!! 今すぐ取り消して来い!!」
マアリの襟者を締め上げてぶんぶん振るマトー
「あん、マトー様、激、し、い。いまさらどうやって取り消すんです。どう繕ったって不自然っすよ。……大丈夫です! リマちゃん、絶対にマトー様を愛することなんてないって、きっぱり断言してましたから!」
「微塵も大丈夫じゃないいいいいい!!! げぼっ………」
今日一番のダメージが胃に決まる。牡牛と取っ組み合ったってここまでくらいはしない
スライが顎に手を当てて思案する
「マトーから愛の告白をすればいいのでは? 素直に心の内を打ち明ければ……」
「そんなことは絶対できない…!!!」
弱弱しくマトーが咆える
「いいか、俺はあの女のいいなりだ。あの女の命令一つで本当にどんなことだってする。もし、この心が知れれば、あの女はまず俺に死ねというだろう。俺は喜んで地獄の業火にだって飛び込んじまう。」
「そんなこと言うかなあ」
「言う。絶対言う」
「こう頑なじゃあ困りましたねえ」
八方ふさがりだ
「くそー! くそくそくそくそ!」
マトーは錠剤を放り込んで酒で流し込む。いつもより多い
アスクレーが顔をしかめる
「僕が持ち込んだものだけどさあ、ほどほどにしときなよ。普通の人間じゃ致死量なんだから。まあ、君の体にはエールより手軽なんだろうけど」
「うるさい、これが素面でいられるか。俺はこれでしか酔えんのだ」
流し込まれた薬が胃で溶ける。血液とまじりあって脳に作用する。陶酔感。ぼうっと音が遠のいて、呼吸のリズムが浅く乱れる。
霞む思考
暗く落ちる瞳
「アスクレー……」
喉から音が漏れる
定まらぬ視界に銀を捕らえる
「……頭を…俺のリマの頭を撫でていたな……。……俺が触れることもできないあの頭を撫でて……俺のリマに触れて……」
「ひっ、」
ざあっと、アスクレーの酔いが一気にさめる
「ああああ、あれはたまたまっていうか成り行きで! 司祭として祈りを聞いていただけだから。マジで他意はないっていうか!!! 主様の女に手を出すわけないでしょ! ましてやぼくは童貞!女に手なんて出しません! だから僕の頬に当てた剣をしまって!」
ひたひた頬に充てられる刃をじりじり避ける。
自慢の銀の髪がはらっと一束落ちる
目をそらして黙々芋を食うスライ。見事なまでの無視
「アスクレー様は一回首が落ちたほうがいいです」
みんな冷たい!
恋に見境を失った獣が他の雄を脅す
「いいか、アスクレー、スライ、俺のリマに指一本触れてみろ。首をボキッとへし折ってやる!」
「ははーっ」
竦みあがって主に傅く
相容れぬ銀と藍も、この時ばかりは心が一つ
一刻も早く主の恋を成就させねば!
己の頸椎の為に
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