第8話お城デート

朝日に身体が洗われる


捕らわれの身となって二度目の朝


(生きている)


あの恐ろしいマトーに捕らわれて、いまだ汚れなく


そう、昨夜、風呂に入れと言われたとき、さすがにこれは来たぞと思った


かなりの逡巡とためらいをもって、浴室からあがってみれば……

マトーはどこにもいなかった

星が回り、疲れ果てたリマが眠りの底へと落ちて行っても……


マトー様は?

ベッドのヘリにはいない


見やれば、深紅のソファに沈んでマトーが眠っている

腕を一筋垂らして


血の中で眠る死人のよう


どうして主がソファで寝て、奴隷の私がベッドで寝ているのかしら?


子猫が、怯えながらも餌の与え主を伺うように

そっと忍び寄っておもてを伺い見る


その恐ろしい瞳が閉じられているので、はじめてリマはまじまじとこの男を観察することができた


ゆるくウェーブして輝くあかがね色の髪

高い鼻筋に完璧な頬のライン

恐ろしい目元はやや弛緩して、長いまつげが影を落とす


漆黒の上着は、無造作に脱ぎ捨てて


微かに寝息を立てて上下する厚い胸板

腰にはいくつも剣をさしたまま


恐ろしい、と、思うはずなのに


それ以上に美しい


畏怖すら超える美しさ


息を奪われているのは、恐ろしさゆえか、見惚れているのか


少し整えるだけでここまで煌めく宝石があるなんて


金剛石のような煌めき


触れてみたい

思わずリマはその頬に手を伸ばした……


美貌のおもてに苦悶が浮かぶ。吐息が漏れる

「リマ……」


マトーがうっすら瞳を開けた。

眩し気に瞬きして、かっと覚醒する


「リマ!?」

なぜこんなに近くに!?

夢とうつつが混じりあって、欲望のまま愛しい人を抱き寄せる


「きゃあっ」

鋭い悲鳴で意識が収束する。夢とは違う。己を拒む声


しまった!


ばっと身を離す


「悪かった。 すまなかった。謝る! 寝ぼけていたんだ!どうか泣かないでくれ。お願いだ」


「い、いいえ……私こそ申し訳ありません」

またあの怯えた瞳で断罪される! マトーはぎゅっと心臓を庇って身構えたが、意外にもリマはすんなり落ち着きを取り戻した。

そればかりかおずおずマトーと視線を合わせてくれさえする


マジか!?


--多分物凄い反応変わると思いますよ

昨夜のマアリの声が蘇る


物凄く反応が違う!!!


うおお


可愛い!


世界中に光が満ちる。こころがじーんと打ち震える


一方、リマも思案する、


ぱっと身を離してくれたわ


よく考えたら、すごーくわかりにくいけれど、なんだかとっても気を遣われているようなきがするわ。

まるで、獣が懸命に牙を立てずに小動物を口に含むように。

時折間違えながら。


理由はわからないけれど村も開放してもらえた。誰ひとり傷付けられていない。


流石に気のせいかしら?


けれどこうもお姿が変わられては、なんだか怯えるのも難しい。

目元は恐ろしいけれども。

どうしても見惚れてしまう。


優しい陽光の下でお互いが息を忘れて見惚れあう


***


「城を案内しよう。もっ、もちろんリマが嫌でなければだが。無理強いはしない。無理やりは良くないと、昨日スライたちに叩き込まれた」


カップを無駄に上げ下げしまくりながらマトーが誘う

リマが並んで食事をしてくれることが嬉しくてたまらない


リマ、可愛い!!!


もぐもぐするリマ可愛い! 子兎のよう!


世界一愛しくて可愛いリマが俺の横でもぐもぐしてるー!!!


俺だけのリマ!


瞬く間に、今までの人生でダントツに幸福な食事が終わった。


まだ朝露に濡れる草を踏みしめて、リマと並んで歩く


澄んだ空にナラと白樺の香り。


「森の狼に紹介しよう。果樹園に行ってもいい。鳥もいっぱい飼っているぞ。犬も馬もアルパカもいる。猫は、ウイスキーキャットは好きか?」


広大な敷地内を走る定期馬車に誘う。

「マ、マトー様!?」

仰天する乗り合わせた手下たち


ぎろり

--二人っきりにしろ!!!


かつてないほど見事なアイコンタクトが決まる


「失礼しましたー!」

大慌てで手下たちが逃げていく


ごととん


馬車がゆっくり走り出す。



珍し気にリマが流れる景色を追う


これが、あの霧の城の内側! なんとのどかで雄大だろう

つぎはぎの様に大地を彩る丘陵

点々と散って草をはむ羊


けれど一線を画すのは、くっきりと青くそびえる荘厳な城


この国の誰もが震え上がる城


ぞくり、眩暈にも似た畏怖を覚える


一方マトーもかなーりくらくらしていた。


リマと密室に二人きり!


これは完全にやばいやつ!


マトーの優れた嗅覚が、漂うリマの髪の芳香を捕らえる


も、もしかしてこれは、もしかしなくてもこれは


デートでは!?


お城デート!!!!!


持っててよかった、城!!!


じーんと打ち震えてぐっと手を抑える

もちろんリマに襲い掛からないために



***


森の匂いはこんなに芳醇だったろうか


リマの白い肌が揺れる葉に浮かぶ


きれいだ


清涼な森の空気とまじりあって神秘すら感じる


木々の彼方から銀の獣たちがほろほろと駆けてくる


狼だ


「……っ」

リマが強張る


「怖くない、俺に良く懐いて何でもいう事を聞く。外敵には容赦せんがな」


狼がカチカチと歯を鳴らす

マトーの命令を待っているのだ


マトーは狼たちにリマの匂いを教え込む


決してリマを傷つけることが無いように


***


東屋に腰を下ろして美しい山峰を見渡す

足元を彩るとりどりの花


なんだかマトーの城って思ったよりずっと牧歌的だわ……


膝の上には包んできたパン。熟成室からいただいたチーズ。小川で釣り上げたニジマス、詰みたてのベリー、ミルクポッドには搾りたてのミルク


道すがら青い麦畑がどこまでも広がっていた。


しかし、農耕の規模が違う。


途方もなく広い牛宿には、ずらずらずらーっと牝牛がひしめき合っていた。

その横の棟には豚(自分が家畜以下であることを思い出して惨めな気持ちになった)

その横には鶏とアヒル。

可愛いもこもこのアルパカ


山には何千もの騎馬が放されているらしい

見たこともない紡績機械の水車小屋


蒸留所の巨大な酒樽!それも永遠に続く(これがないと部下が暴動をおこすからな。)


奪うだけではなく耕してもいるのね


地獄の底のように思っていた霧の城の、意外な姿に驚く


「ん」


マトーがグラスにミルクを注いで寄越す。無骨な手


「あ、ありがとうございます」

お返しに注ぎ返す


煌めくグラスに並々と真っ白なミルクが跳ねる

マトーの耳の付け根が真っ赤にほてる


「ありがとう」

マトーが目を潤ませてほほ笑む


それは、マアリたちに「笑顔が大事」と叩き込まれて練習したぎこちないものだったのだが……存分に威力を発揮した


この人、本当にゆうべの残虐のマトー?

でもその手は……確かに昨夜男の心臓を抉った手


「リマ、滴が……」

マトーの指先がリマの頬を拭う


「あっ……」

思わずビクリと委縮する


「……! 済まない」

委縮したリマ以上にマトーがはねて

瞬時に手が引かれる


なんだか妙に申し訳ない気持ちになってリマはうつむく


ぱっくりひらいた傷口を見る様な、不思議な気持ち


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