第7話満月



夕陽が部屋を染め上げる

山峰が煌めいて夜が始まる


突然見知らぬ美男子が入ってきたのでリマは軽く飛び上がった


美貌のおもて


リマをチラと見ると顔を赤らめて視線をそらす

見られたリマも思わず頬が染まる


こんなに美しい人を見たことがないわ。


巨匠が描いた神のよう。


「村を開放してやってもいい」


青年が言葉を放る

どこかで聞いた声

この低い声はまさか


「マトー、……様、なのですか?」

あまりの驚きに声がかすれる


「何を言っている?」


不思議そうにマトーが首を傾げた


えっと、昼に何があったの。朝と夜でこの変わりよう。恐ろしい野獣が、華麗な王子様になったわ。しかも本人はあまり気付いていない


まって、今なんて!?


村を開放すると言ったわ!


「本当ですか!? 何でもします!」


「ぐひゃ」

美貌の青年が顔を真っ赤に染めて口元を抑える

何でもという言葉がドツボにはまったのだ。


「まて、何でもはいい。言うな。俺が耐えられなくなる。」

プルプル震えながら手をかざす。


「とっ、とにかく開放してやる。理由などない。気まぐれだ。奪った金品も全部かえしてやる。すべて元通りだ。悪い夢から覚めるのと同じ。だがお前はこの城に残れ。お前が身も心も俺に捧げることが条件だ。…わ、悪いようにはしない。飲むか?」


願ってもいない言葉。この身一つでみんなが元の暮らしに戻れる……


私以外は…


どうして?


もしかして、これも残虐な遊びの一つなのかしら


なんだっていい


「はい、わかりました。」


マトーの気まぐれが変わらぬうちに慌てて返事する

声の震えは隠しようがなかった


***


マトーはリマの手を引いて、地下牢へといざなった

床に散った血しぶきが、昨夜の惨劇を物も言わずに告げる


壁際にマアリとアスクレーが佇んでいるのがちらと映った

ニコニコと場違いな笑顔で手を振っている


マトーがリマの手首を握って掲げる



「いいか! これからお前たちを開放してやる! 自由だ! だがすべてはこの娘の命と引き換えに! この娘の身も心も、すべて俺のもの! 天の満月と、地のお前たちが証人だ。この娘を身代わりに自由となれ!」


リマの血が引いて真っ青に震えている


ああっちゃー、なんでそういう言い方になるかなあ。

マアリ、スライ、アスクレーが仲良く嘆息して首を振った


群衆の中から少年が躍り出て泣き叫ぶ

ウィドーだ


「姉ちゃん! 嫌だよ! 僕自由になんてならなくていい!お姉ちゃんと一緒がいい! きっと殺されちゃうよ。」

「ウィドー……泣かないで。大丈夫よ。殺されなんてしないわ」

「嘘つき! マトーの城にとらわれた者は三月の命だって、誰だって知っているよ!」

「……。ウィドー。貴方を愛しているわ。私の大事な弟。難しいことは考えなくていいのよ。今は暖かいベッドで眠ることを考えて」


これが最後になるのだわと思いながら、リマはウィドーを抱きしめる


「もういいだろう」

幼子にまで嫉妬を覚えて、マトーは二人を引きはがした


囚人たちが開放される

血の跡の踏みしめて村へと帰る


私はもう、帰る事のない村へ……


リマはボウと夢を追うように人の流れを見送る

黒いぬくもりに寄り添わされて


ざあっと月夜のヴェールが二人を舐める


ぽっかりおちた満月


昨夜、見上げた時は人間だったけれど、今は家畜以下の奴隷……


マトーに捕らわれた者は三月の命


不意に恐ろしい考えがひらめく


あの月があと三度夜空に満ちた時、私の命は尽きる!


くちびるが凍えて絶望がリマを襲う


「なんか結婚式みたいだねえ。誓いのキスとかしないの?」

あまりに見当違いな言葉をアスクレーがこぼした

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