第20話 おじいさんとひょうたん

 ある山中の観音堂へ、お爺さんが祈願にやってきました。

 お爺さんは生まれてこのかた、運のよくない人生を送っていて、独り身のまま年を重ねておりました。

 それでも一生懸命に働いて、信心深く、正直に生きておりました。

「観音様、どうか一度でもかまいません。このワシに、幸せな想いを味わわせてください」

 お爺さんは一生懸命、七日七晩と祈り続けます。

 そして八日目の朝、観音様からのお告げも戴けないまま、肩を落として観音堂を後にしました。

「はぁ、ワシはなんと 運の無い人生じゃったのだろうか」

 うなだれたまま村に帰ろうとするお爺さんの背後から、コロコロと、何かが転がる音が聞こえます。

「おや、何だろう?」

 振り返ると、足下に、小さなひょうたんが転がっておりました。

「なんとも可愛い ひょうたんじゃのう」

 拾って、袖で磨いてみたら、ひょうたんから、二人の子供が現れました。

「おじいさん こんにちは」

「おじいさん こんにちは」

 二人の子供は、なんだか身体が光っているような、裸の幼女の姿です。

 共に艶やかな黒髪で、一方は短く少年的で、もう一方は長くて女性的。

 短い髪の少女は凛々しい眼差しで、長い髪の少女は優しい面立ちでした。

 一見すると裸の幼女ですが、人知を超えた、不思議な神秘性を感じさせます。

「お前さんたちは、いったい」

 尋ねると、二人は笑顔で答えました。

「ボクたちは、観音様の遣いです」

 髪の短い幼女は、ボクっ娘です。

「おじいさんに福を授けよと、観音様に遣わされました」

「なんと!」

 お爺さんの願いは、観音様に届いておりました。

「おじいさん。なにか欲しいものは ありますか?」

 長髪幼女に問われ、お爺さんは考えました。

「う~ん…そうじゃ、ワシはお酒が大好きでのう。一度で良いから、吟醸酒のような 美味しいお酒が飲みたいのう」

「わかりました」

 そういうと、ショートカットの幼女が、お爺さんからひょうたんを受け取ります。

「ほい ロン毛ちゃん」

 長髪の幼女に言いながら、可愛らしい舞いを披露。

「ほい ショートちゃん」

 ロン毛ちゃんと呼ばれた幼女が、応えながら手を伸ばすと、小さな掌に、見事なオチョコが現れました。

 続いて、ひょうたんの口から透明な液体がオチョコに注がれると、それはなんとも香ばしく、甘い香りがふんわりと漂ってきます。

「おお、なんと香ばしい 極上のお酒の香りじゃろう」

「「おじいさん さ、どうぞ」」

 二人に差し出されたオチョコを正座で受け取り。胸いっぱいに香りを吸い込むと、それだけで幸せな気持ちが膨らんできます。

「おお、こんなお酒が飲めるなんて…戴きます」

 丁寧に、少しずつ口に含むと、この世の物とは思えない程の、豊な香りと深い味わいが、全身に染み渡るようでした。

「んんん…ああ、有り難や」

 思わず、オチョコに手を合わせるお爺さんです。

「おじいさん 他になにか、欲しい物はありませんか?」

 ロン毛ちゃんに問われ、お爺さんはもう一つ、欲しい物を告げました。

「実はワシは、甘い物に目が無くてのう。あんころ餅が、大好物ですじゃ」

「わかりました」

 再び、ショートちゃんが舞い踊ると、ロン毛ちゃんの両手に大きなお皿が現れて、あんころ餅が山盛りで重なります。

「おおお、なんと 夢のような光景じゃ」

 お爺さんは、甘く艶めく上品な味わいのあんころ餅を、お腹いっぱいに食べました。

「ああ、生きてて良かった」

 お爺さんは、二人の幼女と手を繋ぎ、村へと帰ります。

 途中で、村人たちに神秘的な子供たちの事を尋ねられると、正直に話し、村人たちの為にお米や魚を出して、みんなで福を分かち合いました。

「なんと ありがたい子供たちだろう」

 それからお爺さんと幼女たちは、村の冠婚葬祭や祭りに呼ばれるようになり、ひょうたんから様々な祝いの料理を届けます。

 村の人々もお礼にと、小判や返礼を届けてくれて、お爺さんの家は綺麗に改装され、良い服を着られるようになりました。

 神秘的な二人の幼女は、服を着ないようで、いつまでも裸のままでいます。

 お爺さんたちの噂は村だけでなく、城下町や、お城の殿様の耳にも届くようになりました。


 そんなある日、馬を売る馬喰(ばくろう)の男が、村へとやってきました。

 七頭もの大きな馬を連れた馬喰は、ひょうたんから食べ物が出てくる様子を物陰から確かめて、お爺さんの家を訪ねます。

「お爺さん。そのひょうたんと、この馬たちを、交換してくれまいか」

 しかしお爺さんは、観音様から頂いたありがたいひょうたんを、どれだけお金を積まれても、誰にも譲るつもりはありません。

 しかし、二人の幼女が言います。

「おじいさん 交換しましょう」

「馬と 交換しましょう」

 二人に言われ、お爺さんは、ひょうたんと七頭の馬を交換しました。


「ひっひっひ。このひょうたんさえあれば、馬喰なんて面倒な仕事ともオサラバだ。もう食うに事欠かないぞ。いや待てよ。お殿様にお見せすれば、金百両だって 夢じゃないぞ。金も食い物も、みんな俺様の独り占めだあ」

 ひょうたんを手に入れた男は、欲望のままに、大急ぎでお城へと向かいます。

「私が噂の ひょうたんを持つ者です。どうか、お殿様にお目通りを」

 お殿様も、ひょうたんの噂は聞いていたので、男の面会を許しました。

「ほほう、それが噂のひょうたんか。酒でもあんころ餅でも何でも出せると聞くが、嘘偽りはなかろうな」

「ははー。食べ物であれば 何なりと」

「そうか。では手始めに、米を出してみせい」

「それでは」

 男は得意満面で、ひょうたんを振ってみせます。

「米よ、出でよー」

 しかしひょうたんからは、米どころか、アワの一粒も出てきません。

「何も出ぬではないか」

「しょ、少々お待ちを」

 男は必死になって、幼女たちの舞や歌を思い出し、ひょうたんを振ります。

 しかしやはり、いつまで経っても、何度振っても、何も出てきませんでした。

「もうよい。この嘘つきめ」

 お殿様は怒り、男に厳しい罰を与えると、関所を超えた遠くの地に追放しました。


 お爺さんの家では、交換した馬たちをどうしたものかと、考えあぐねておりました。

「これだけ大きな馬を、しかも七頭ともなると、ワシ一人では到底、世話も満足に出来んのう。軍馬のような体格じゃから畑仕事にも向かんじゃろうし、このままでは、馬たちが可哀そうじゃ」

「おじいさん お殿様に献上しましょう」

「馬たちを、お殿様に献上しましょう」

 神秘的な幼女たちに言われ、お爺さんは立派な七頭の馬を献上するため、お城へと向かいました。

「ほほお、これはなんとも 立派な馬である。鍛えれば、そうとうに優秀な軍馬となろう」

 お殿様はたいそう喜び、お爺さんと幼女たちに、たくさんの褒美を与えました。

 こうして、お爺さんはいつまでも、神秘的な幼女たちと、楽しく幸せに暮らしましたとさ。


                        ~終わり~

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