第18話 絵からとびでたうま

 昔、ある農村の、山の中腹に、お寺がありました。

 和尚様は真面目な方でしたが、小僧さんはお経も覚えず、毎日、絵ばかり描いておりました。

 そんな小僧さんに、ある日、和尚様は言います。

「これ小僧や。お前はいづれ、ワシに代わって経を読まねばならん。いつまでも絵ばかり描いておらず、少しは経を覚えなさい」

「はぁ…」

 言われた小僧さんでしたが、写経もせず、和尚様に隠れて絵を描くばかりでした。

 そんなある日の事、小僧さんは、素晴らしい仔馬の絵を描きあげました。

 まるで、本当の命が宿っているかのような、躍動感のある、素晴らしい仔馬の絵です。

「これは、良く描けたなあ」

 自分でも満足のゆく傑作ですが、和尚様に見つかっては大変です。

 小僧さんは、その絵を自分の部屋の、押し入れに隠しました。


 さて、村の畑では麦の穂が実り、畑は風が吹くと、金色の波のように揺れて、豊かな実りを見せる季節です。

 そろそろ刈り入れるに良い育ちだと、農民たちが楽しみにしていたところ。

「おうい、大変だ! 麦の穂が、何者かに食い荒らされているぞう!」

 見ると、麦畑のアチコチで、金色の穂が食べられてしまっております。

「いったい、誰がこんな事を?」

 調べて見ると、かじられた痕は、何やら獣のようでした。

「イノシシかタヌキか? とにかく、とっ捕まえなければ!」

 農民たちは、交代で夜の見張りをする事にしました。

 そしてその夜、誰もいない月明りの麦畑で、ガサガサと音がします。

「麦泥棒が来たぞ!」

 農民たちがよく見ると、麦畑の中で、一頭の子馬が、麦を食べておりました。

 仔馬は、仔馬帽子に仔馬グローブ、仔馬ブーツに仔馬尻尾だけを身に着けた、裸な少女の姿をしております。

「やや、麦を食い荒らしていたのは、仔馬だったのか!」

 仔馬は、お腹いっぱいに麦穂を食べると、どこかへと帰ってゆきます。

 農民たちは、どこの子馬かと、後を付けました。

 少女仔馬は、麦畑から山へと向かい、お寺の門をくぐって、中へと進んでゆきます。

「あの仔馬は、お寺の仔馬だったのか」

 農民たちが和尚様を呼んで、確かめました。

「何をおっしゃる。うちの寺には馬など、一頭だっておりゃあせんですぞ」

「しかし和尚様、わしらは確かに、このお寺に戻るのを 見ていたんです」

 和尚様も一緒に、馬の通った場所を確かめると、確かに、小さな馬の足跡があります。

 みんなで足跡を追跡すると、それは小僧さんの部屋へと続いており、足跡は押し入れの前で消えておりました。

「なんとも不思議な」

 和尚様が、小僧さんに押し入れを開けさせると、中には見事な仔馬の絵が隠してありました。

「こりゃ小僧や。お前はまだ、絵を描いておったのか。しかしこの絵は、なんとも見事な馬の絵じゃのう」

 農民たちも、小僧さんの絵に感心しきりです。

 そして、一人の農夫が気づきました。

「あっ、仔馬の足に、泥が付いてるぞ!」

 言われて、少女仔馬の足を見ると、まだ乾いていない泥が、確かに残っておりました。

 しかも更に見ると、口元には麦穂が残っております。

 あまりに見事な絵の仔馬は、なんと絵から抜け出して、麦畑で麦を頬張っていたのでした。

「なんとも奇怪な。しかし 麦を食べられてしまっては、皆が困ってしまうのう…」

 とはいえ、このまま燃やしてしまうのも忍びないと、農民たちも思います。

「これ小僧よ。この仔馬が二度と出てこれぬよう、杭に繋いでおくように」

「はい」

 小僧さんは早速、仔馬の絵に、杭と首輪とチェーンを描き足しました。

 こうして、黒革の首輪と銀色のチェーンで杭に繋がれた、裸の仔馬娘の絵が完成。

 絵は、村の内外の紳士たちから大絶賛をされて、末永く大切にされて、皆に親しまれたそうな。


                        ~終わり~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る