第12話 ねずみの裸(ら)すもう

 むかしむかし。

 ある里山に、おじいさんとおばあさんが住んでおりました。

 老夫婦は貧しく、街へ買い物にも行けず、お風呂も一週間に一度という生活でした。

 それでも、おじいさんは小さな畑を耕し、おばあさんは針仕事をして、二人は仲良く慎ましやかに、生活をしておりました。

 ある日、いつものようにおじいさんが畑を耕していると、繁みから物音がします。

「いったい何だろう?」

 コッソリ覗いてみると、二匹のネズミが、おすもうを取っています。

 ネズミたちは、ネズミ耳にネズミ尻尾、ネズミグローブとネズミブーツだけを身に纏った、裸の少女の姿をしておりました。

「なんと。ネズミが すもうを取っているぞ」

 おじいさんは、驚きました。

 一方のネズミ娘は、体格もプロポーションも標準的で、髪もユルフワで艶々で綺麗です。

 もう一方のネズミ少女は、体も小さくて痩せていて、ショートカットの髪もボサボサです。

 いざ取り組みを始めると、大きなネズミっ娘が、上手投げで、簡単に勝利しました。

 おじいさんが哀れに思い、負けてしまった娘ネズミを見ると、それは、お爺さんの家に隠れ住んでいるネズミでした。

 ユルフワなネズミ娘は、優雅に言います。

「相変わらず、弱いですのねえ」

 痩せたネズミ少女は、黙ったまま、悔しそうでした。

 すもうに勝ったネズミが帰って行ったのは、村の庄屋さんの屋敷でした。


 おじいさんは、家に帰ってごはんを食べながら、おばあさんに、畑での出来事を話しました。

「それはまた、可哀そうな事ですねえ」

「うむ、なんとかしてあげたいものだなあ」

 老夫婦は、ネズミ娘になんとか勝たせてあげたいと、ごはんをお腹いっぱい食べさせてあげる事にしました。

 お正月用にとっておいた僅かな餅米から、おばあさんがお米を炊いて、おじいさんが杵でついて、おばあさんがまあるく丸めます。

 食べやすい大きさに切って、お皿に乗せて、納屋から開けられた壁の穴の前に、二人はお餅を置いてあげました。

 おばあさんは、ネズミ娘たちのためにと、まわしを手作りして、お皿の隣に置いてあげました。

 その夜、ネズミ娘はお餅をお腹いっぱいに食べて、住処でもある納屋で、おすもうの稽古に励みました。

 翌日、おじいさんが畑を耕していると、また繁みから、物音が聞こえてきます。

 コッソリ覗くと、昨日のネズミっ娘たちが、裸にまわしを巻いた姿で、おすもうを取り始めたところでした。

「おお、我が家のネズミよ、がんばれ」

 おじいさんは、小声で応援します。

「「はっけよーい。のこった」」

 裸にまわしのネズミ少女たちが、がっぷりと四つに組んで、くんずほぐれつ。

 一番目は、押し出しで、大きなネズミ娘の勝ち。

 二番目は、寄り切りで、小さな娘ネズミの勝ち。

 三番目は、つり出しで、ユルフワ少女ネズミの勝ち。

 四番目は、突っ張りで、ぼさぼさネズミ少女の勝ち。

 続けて四番も勝負した裸な娘ネズミたちは、繊細な肌も汗に艶めかせ、疲れて、勝負は引き分けとなりました。

「あなた、随分と強くおなりですわね」

「うん。おじいさんとおばあさんが、美味しいお餅を、お腹いっぱい、食べさせてくれたから」

 比較的に小さなネズミ娘の話に、比較的に大きな少女ネズミが、とても興味を持ちました。

「あなたのお家のお餅は、そんなに美味しいのですの? わたくしぜひ、今夜にでもすぐ、戴きたいものですわ」

 ネズミっ娘たちの話を聞いていたおじいさんは、静かに慌てて、立ち上がります。

「こりゃあ、急いで ばあさんに話さないといかんぞ」

 おじいさんが聞いていたとは知らず、まわしを解いた裸で腰かける少女ネズミたちは、会話を続けます。

「でも、おじいさんの家は貧しいから、なにかお土産があると、二人も喜ぶと思うわ」

「承知致しましてよ。庄屋さんのお屋敷には、裏で貯め込んだドス黒い大判小判が、壺から箱から溢れかえっておりますの。お土産に、少々ですが持参して行きましょう。どうせ、貧しい人々の涙で光っているような小判ですもの。おじいさんたちの役に立つのなら、いくら持ち出したって 罰は当たりませんですわ」


 そんなネズミたちの話を知らず、おじいさんは急いで家に帰ると、庄屋さんの家のネズミが尋ねてくると、おばあさんに話します。

「そうですか。どうしましょうか」

 子供がいない老夫婦にとって、少女ネズミは娘も同然。

 娘の友達が遊びに来るとあっては、恥ずかしい思いは、させたくありません。

「ネズミっ娘たちは、ばあさんのお餅が大好物じゃと言っていたぞ。よし、また餅をついて、壁の穴の前に、置いておいてやろう」

「ええ。お正月のお餅は無くなってしまいますが、あの娘の為ですものね」

 二人は早速、残った餅米を全部お餅にすると、食べやすい大きさに切って、お皿に乗せて、壁の穴の前に置いておきました。

 その夜、庄屋さんの家から、優雅な裸のネズミ娘が、包みを持ってやってきました。

「こんばんは」

「いらっしゃい」

 小さな少女ネズミが、納屋の戸の穴から、迎えます。

 ネズミ娘たちは、老夫婦が用意してくれたお餅を、お腹いっぱい食べました。

「ああ、本当に美味しいお餅ですわ。こんなに美味しいお餅、わたくし、生まれて初めて戴きましてよ」

「うふふ」

 ネズミ娘たちは、話も弾んで楽しそうです。

 陽が昇る前に、庄屋さんの少女ネズミは、帰って行きました。


「あら、おじいさん」

 朝になって、老夫婦がいつものように神棚へ手を合わせようとすると、そこには小さな袋が供えられておりました。

「なんだい、この袋は…やや」

 おじいさんが手に取って開けて見ると、袋にはなんと、小判がギッシリと詰められておりました。

「これはいったい、どうした事だろう?」

 二人は、きっと仏様の御慈悲だと思い、感謝の思いで手を合わせました。

 老夫婦は、共に暮らしてから初めて、二人で街へと買い物に出かけました。

 お正月の仕度を整え、餅米もたくさん買って、新年を温かく迎えます。

 ネズミ娘たちに、お餅をいっぱい用意する事も、忘れません。

 やがて、老夫婦のお餅の評判が、里山に住む裸なネズミ娘たちの間で、にぎやかに拡がりました。

 おじいさんたちは、たくさんのお餅を用意して、裸のネズミ少女たちは、みなそれぞれ、お土産を持ってくるようになりました。

 老夫婦と裸のネズミっ娘たちは、いつまでも楽しく、幸せに暮らしましたとさ。


                         ~終わり~

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