男の花見大会 その2

花見当日の午後12時 


 僕は天狗さんの待つ河川敷にやって来た。

天狗さんは見事に咲き誇る桜の下で、10人は座れるシートを広げて横になって本を読んでいる。


「お疲れ様です。

まだ誰も来てないんですね」


「そうだな。

今はまだ我とお主だけだ」


「もう準備は出来てるようですけど、何時から来てたんですか?」


「5時には来ていたな」


「へ?! 朝の5時から来てたんですか?」


「ああ、どうしてもこの桜の下で花見をしたかったからな」


「そんなに頑張っても、来てくれる人が少なかったら恥ずかしいですよ」


「大丈夫だ。 我の見込みでは連絡した者は

ほとんど来てくれるであろう」


 なんか自信満々に言うけど、ホントかよ?

僕の見込みだと、2人か3人来ればいいところだと思うよ。




午後3時


 僕達以外の花見客は花見を楽しんでいるようで、笑いと歌の入り交じった歓声が響く。


 それに比べて僕達はというと、広く確保したシートの上で男2人、今のところ誰も来ていない。


 天狗さんは静かにあぐらを組んで座り、僕は

横になって黙々と携帯ゲーム機で遊んでいた。


「天狗さん、誰も来ないですね~」


「そうだな」


「ちゃんと連絡したんですよね~」


「ああ、間違いなく連絡した」


 退屈だなぁ。早く誰か来てくれないかなぁ。

「あ~あ」 あくびが出ちゃう。




午後6時


 携帯ゲームの充電も切れたのでリュックにしまう。


 周りを見回すと昼間にいた人達は帰り、入れ替わりで来た他のグループが花見を楽しんでいる。


そして、僕達は相変わらず男2人。


 いい加減、お腹も空いたので天狗さんと向かい合わせでジンギスカンを食べることにした。


「一騎、そこのピーマン焼けているぞ」


「僕、ピーマンキライです」


「食べ物の好き嫌いはイカンぞ」


「そういう天狗さんだって、お肉ばっかり食べてますよ」


…………。


「確認しますけど、みんなに連絡したんですよね」


「ああ、連絡してる」


 いくら天狗さんが人気無いからって、こんな時間になって1人も来ないなんてあるかなぁ?





午後9時


 周りの花見客も少なくなり、残っている人達も「宴もたけなわではございますが」 と

そろそろお開きのようだ。


 そして僕達、男2人の花見は9時間を越えてしまった。


「紅美ちゃん、もう来てもいい時間ですよね」


「そうだな」


「どうしたんですかね」


「閉店業務に手こずっているのかもな」


 なんだよまったく! せめて紅美ちゃんが来てくれれば、楽しいお花見になるのに。




深夜0時


 半日経っても結局は誰も来なかった。

僕達の周りは誰もいなくなり、辺りはシーンと静まり返っている。


「誰も来ませんね」


「そうだな」


「誰もいませんね」


「そうだな」


「紅美ちゃん、何時に来るんでしたっけ?」


「閉店業務に追われているのだろう」


 ムカッ💢 天狗さんの呑気な返答にイラつき「どう考えたっておかしいですよね!」 と声を上げ立ち上がった。


 何でだよ。 何で紅美ちゃんまでもが来ないんだよ。


「どうしたのだ、落ち着け。

もう少し時間がたてば何人か来るだろう」


「落ち着けませんよ!

深夜0時を回ってるんですよ。

こんな時間にわざわざ来るわけないでしょ!」


…………。


「紅美ちゃんも来ないんですよ。

僕達も帰りましょう」


「24時間出入り自由と宣言したのだ。

我を信じ来てくれた者が1人でもいたら、その者を裏切ることになる。 それは出来ん」


「はぁ? こんな状況でもまだ待つなんて、

おかしんじゃないですか!」


「そうか?」


「もう半日もムダにしたじゃないですか!

天狗さんってホント人徳無いですよね」


「確かに我は人徳が無いかもしれん。

だがな、己で決めた約束事を違えるわけには

いかん」


「そうですか!

どうせ誰も来ないのに、バカみたいに1人で

待ってればいいじゃないですか! 僕は帰ります!」


 僕は天狗さんを置いてその場を立ち去った。


「何が24時間出入り自由の花見だよ」


 我慢大会じゃあるまいし馬鹿馬鹿しい。

そもそも、そんなのに来る人なんているわけないんだ。


「あの訳の分からない発想と忍耐強さは何なんだよ。 まったく」


「いつもいつも強引に人を付き合わせて、人の事なんだと思ってるんだ!」


 歩きながら文句を言いつつも、1人で花見の参加者を待つ天狗さんの姿が頭から離れない。


「『来てくれる者がいたら、その者を裏切ることになる』か」


 もしも紅美ちゃんが来て天狗さんがいなかったら悲しむのかな? 悲しむよな。


 悔しいけど、僕がいなくても天狗さんがいれば紅美ちゃんはそれでいいんだよな。

それでも僕は、紅美ちゃんが来た時の笑顔が見たい。


「ああ、もう仕方がないなぁ!」


 家路に向かう足は踵を返し、天狗さんのいる桜の木に歩みを進めていた。


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