炎の男 アグニ!

今年も初雪が舞い降りる。

それを見て綺麗だなと思う心は僕には無く

空を見上げて雪に喜ぶなんてのは、まっぴら

御免だ。

嫌な季節の到来の知らせは毎年訪れるのに

慣れることは無い。


そして、これから始まる北国の冬は長く冷たい

それでも僕は用事を済ませるために嫌々ながらも街へ出た。


そういえば昔の詩人か誰かが

《書を捨てよ町へ出よう》なんて言ってたけど

、こんな日は暖かい部屋で漫画でも読みながら

ゴロゴロしてる方がいいや


文具店で買い物を済ませ店を出ると14時を

過ぎたばかり、帰るには早い気もするけど

だからと言って他に用事も無いし

「今日は寒いし寄り道しないで帰ろう」



駅に向かって歩いてると反対側からスタジャンにジーンズ姿の女の子に目が止まった

ボーイッシュな姿はリョウさんみたいだな

そう思って気にして見ていると相手も僕に気付いて早足で歩み寄って来る。


「やあ、間宮クン

奇遇だね」

「あっ、やっぱりリョウさんだ」

白い息を弾ませ笑顔のリョウさん。


彼女の名前は滝川リョウ

前回のゲーム大会の参加者で1歳上の大学生で

ゲームサークル 『スクラップワークス』の

リーダーなんだ。


彼女もゲームセンター『狼達の午後』の常連で、知り合いになってからは店で会うと声を

かけてくれる。


僕の周りは天狗さんや絵里みたいに変テコで

風変わりな人が多い

それに比べてと言っては失礼なんだけど

リョウさんは良識的な人で彼らのように奇行に走らない。


そして彼女のゲームに取り組む姿勢は真面目で

潔く、話していると僕が目指すものと近いように思えて親近感を覚えたんだ。


「リョウさん、どうしたんですか?」

「これからゲームセンターに行こうかなって

間宮クンは?」

「買い物を済ませたので、これから帰るところです」

「そうなんだ

良かったら一緒にゲームセンターに行かないかい」


本当は寒いし帰りたかったけどリョウさんと

いるのは楽しい

それに彼女がどんなゲームで遊ぶのか気になるから二つ返事で「いいですよ」と了承

僕らはゲームセンターに向かう。



並んで歩いて約10分の間

来年の春に発売されるゲームについて話をしている内に目的のゲームセンター エルドラドに着いた。


ここはアーケード街の一丁目にあるお店で

シャドウオブウォーリアの強豪が集まる店でも

有名なんだ。


リョウさんは我先に店へ入り

「間宮クン、間宮クン

早くおいでよ」

と無邪気に急かし僕を呼ぶので

「今、行きますよ」

彼女の背中を追って店内に入る。


日曜日ということもあって家族連れやカップルで来ている客がほとんどで、店内を一周見回ってみたけど、どれも混んでいて

空いてるのはクレーンゲームとスロット


クレーンゲームは苦手だし、スロットはよく分からない、他に遊ぶのも無いしなぁ

これなら別な店に行く方がいいんじゃないかと提案しようとすると


「どれも混んでるから、プリクラでも撮らないかい」

「プリクラですか?」


プリクラとは予想外

確かに空いてはいるけど…

今まで撮ったこと無いし何だか恥ずかしいよ。

しかも女の子とだなんて


「ボク達はみんなで撮ったりするんだよ」

「いや、でも…」

いいからいいから、と断る暇も与えず僕の手を繋いでプリクラの筐体の中に引っ張って行く

今日のリョウさんは強引だなぁ。


中に入るとタッチペンを使って色々操作しているけど、僕はサッパリ分からなので設定は彼女にお任せ


「これでいいかな」

設定を決めたようで

「じゃあ撮るよ」

当然だけどリョウさんと並んで肩合わせ

こんなに女の子と隣り合わせだと緊張するよ。


タッチパネルに映る僕の表情は硬い

「さあ、笑って笑って」

と身を寄せてきたように思えたので一瞬、

ドキッとしちゃう

まあ、僕が自意識過剰なだけなんだろうけどね


「はい」

撮り終えたシールを渡され見てみると、爽やかな笑顔のリョウさんに不自然に口元だけ笑っている僕

……。

「表情が固いね」

「まあ、アルカイックスマイルってことで」

「なんだい、それ?」

と彼女は笑った。


あー、恥ずかしかったよ

まあ、これもいい体験なのかな



プリクラの筐体から出た瞬間、僕の身体は

ドン!!と衝撃を受けた

「痛て!」「キャッ!」


何かと思って衝撃を受けた方に目を向けると

床に横たわる少女、どうやら彼女が走ってきて僕にぶつかったようだ


怪我がないか心配で声をかけようとしたら、

少女は黒のゴスロリ服でスカートの中の黒い

下着が丸見えなので下着から目を反らす。


「どうしたんだい間宮クン?」

「人を転ばしちゃって」


大丈夫ですか?と倒れている少女に声をかけて顔を見ると

「絵里?」「ナイト?」


驚いたことに転んだ少女は絵里であった。

彼女は、まくれたスカートを戻し

僕の目を見つめて、ウフフと笑う


「私を起こして下さるかしら」

彼女の手を引いて起き上がらせると

「相変わらずエッチね」

と、相変わらずイラッとなることを言ってくる。


「ナイト、御機嫌いかがかしら」

いつものスカートを摘まみ上げて貴族の一礼で挨拶

良かった、どうやら怪我は無いようだ。


「やあ、この前はどうも」

リョウさんが絵里に挨拶をすると彼女を見るなり不機嫌を露にして

「あら、この前の負け犬じゃない」

と馬鹿にしたような物言いをする。


なんて言い種だ

さすがに注意をしようとすると

「ずいぶんな言い方じゃないか」

温厚なリョウさんも流石にムッとしている

「あら、気に触ったかしら

でも、事実じゃない」

「それでもキミにそこまで言われる覚えはないよ」


絵里は喧嘩腰で突っ掛かり2人の間に険悪な

雰囲気が漂う、これは良くない

場の空気を変えなければ

「絵里は今日はどうしたの?」

「そうそう、そうなのよ

今日は、ある男の噂を聞いてスカウトに来たの

面白い男がいるって」

相変わらずスカウトが好きだなぁ。


「風神から聞いたのよ

あのメイド、ゲーム天狗放送室!の一員で

腕が立つようね」

メイド?ああ雪乃さんのことか


「それで私達も新な力を手に入れなければと

考えてのスカウトなのよ」

「あの人、そんなに強いの?」

「うん、僕の知る限りシャドウオブウォーリアで本気の天狗さんに唯一勝てた人だからね」

リョウさんの質問に答えると彼女は驚いて


「誰も勝てないじゃないかい」

「ところが風祭君には手も足も出なかったよ」

「そうよ、風神がそのメイドに勝てても天狗には勝てないじゃない」

絵里はやれやれと大袈裟なパフォーマンス


「次の大会はゲーム天狗放送室!さんが圧倒にして優勝するね」

絵里は溜め息をついて

「それなのよ

連覇を狙っている私としては面白くなくってよ

それで腕が立つ噂の男を見極めに来たの」


話を聞いて成る程って訳ではないけど、確かに気になる。

「それなら僕も見に行くよ」

「そうだね」

リョウさんも気になったようで一緒に

噂の男を見に行こう。



「問題は今いるかどうかなのよね」

「ちなみにどんな人なの?」

「やたらと叫ぶらしいのよ」

「えっ、何それ?」

「ま、それはいいのよ

自分のことを炎の男と呼んでいるらしいの」


絵里の情報にリョウさんは何か引っ掛かったような何か複雑な表情になる。



シャドウオブウォーリアの筐体に着くと周りには5人の観戦者がいて画面を覗くと10連勝を重ねている男がいた。

彼のジャージの背中には炎のエムブレム

腕はファイヤーパターンが描かれている。


ちょうど試合が終わって負けた相手が

「アイツ強ぇーな」と感服している。


彼が噂の男なのか?

11連勝を重ねると誰も挑まなくなっていた。


「そこの貴方、ちょっといいかしら」

絵里は男の背中に呼び掛けると彼は振り向き


「俺の事か、俺は炎の男

阿久津、いやアグニだ!」

握り拳で勝手に自己紹介を始めだした。

うわぁー、また変なのが現れたよ。


リョウさんは彼を見て

「阿久津、やっぱりキミだったのかい」

「おお、滝川リョウか」

何?知り合いなの


「彼とは同じ大学でね

しかしアグニって何だい?」

「アグニとはインドの炎の神で俺の名字の

阿久津と似ていたものだから名前を拝借した」


それを聞いた絵里はウンウンと満足そうに頷く

阿久津?アグニ?に感心しているけど

何に感心しているのか分からない


リョウさんが会話しているにも関わらず彼女を

差し置いて絵里が一歩前に出て貴族の一礼

「私はエリザベート、『夜の姫君』よ

貴方なかなかね」

阿久津の方も自己紹介をする絵里に「ほう」と

一言、そして

「ゴスロリのお嬢さん

君はエリザベートって言うのか」

「ええ、そうよ」


お互いが品定めするように相手を見て数秒間の

沈黙

そして同時に笑い握手を交わす。

僕には理解出来ないシンパシー?エンパシー?

が通じ合っているようだ。


「貴方、『私の夜の貴族』に入らないかしら

資格は充分よ」

え、合格なの?

まだ何もしてないよね。


それに対して阿久津の方も

「ほう面白い

だがな、俺が入るのに相応しいかわからないな!」

「フフ、どうすればよろしくて?」

「力を示せ、話はそれからだ!」

阿久津は椅子に座ると

「さあ、どうした

やらないのか!」

と対戦を要求してくる。


「フフフ、分かりましたわ

さあナイト、貴方の出番よ」

「えっ?

だって僕、『夜の貴族』じゃないよ」

「ごちゃごちゃ言ってないで戦いなさい

男でしょ」


「何でだよ

何で風祭君か雷堂、連れてこなかったんだよ」

「雷神は追試ですって

風神は宗教上の理由って言ってたわ」

追試は分かるけど宗教上の理由って何だよ?


「そんなの絵里がやればいいだろ」

「私がやって負けたら立場無いじゃない」

もう、自分勝手だなぁ


「この際誰でもいい

そこのお前、俺と戦え!」


「仕方がないなぁ」

阿久津が僕を指名するので結局試合する事に

なったけど、彼の腕前には興味があるので嫌々って訳でもない。


「ボクも何度か対戦してるけど彼、強いよ」

「リョウさんよりも?」

「うん、2ヶ月ほど前に初めて負けてから、

勝てなくてね」

成る程、これは気が抜けないな。


「貴様、これは男と男の魂の殴り合いだ!」

はあ、違うよ。

口に出さないけど、違うよ。


試合開始

少し様子を伺ってみると彼は器用ではないが

かなりの攻撃的なタイプ

僕の方が上手いのに押され

闇雲に突っ込んでくる上に彼独自のテンポの

攻め力に苦戦

それによく叫ぶのでタイミングが狂わされて

しまう。


流石に、この店で一番強いだけあって彼の

プレッシャーに苦戦したけれども、最後の

ユニットは体力の1/5以下まで減らされたけど、なんとか勝利できた。


「次、勝てるか分からないぞ」

疲れた、なんか疲れた。

天狗さんと戦っている時と同じくらい疲れた。


「さすがナイトね

どうかしら彼の実力は?」

「僕や雷堂と大差無いよ

今回は勝てたけど、ほぼ互角だと思う」

技量は僕や雷堂の方が上だけど彼より強いかと

言われれば、自信持って強いとは答えられない。


「俺は…ここでようやく一番強くなったのに

お、俺は井の中の蛙だったのか」

ガクッとうな垂れて

「オオオオーーー!!!」

獣の咆哮のような雄叫び

うるさいなぁ。


そんな彼を見て絵里は小声で

「フフフ、いいわ

風神、雷神、アグニの3人を競わせて

ふるいにかけましょう」

ズルい顔で囁く

あーあ、悪魔の笑いだな。

やろうとしてる事は、まるで共食いか蠱毒だよ。


彼女の独り言はリョウさんの耳にも入ったようで、彼女に嫌な目を向けている。


絵里はうな垂れる阿久津の前にしゃがむと慈愛に満ちた天使の顔で

「いいアグニ、私の身近には彼よりも強き者が

3人もいるのよ」

彼の耳元で優しく囁くと阿久津は

「滝川リョウよ、そうなのか!」

「…そ、そだね」

リョウさんは、歯切れ悪く答えるとアグニ?はガバッと立ち上がり


「ウワーーーッハハハ!!」

と笑い、いいぞと叫び涙を流し僕を指差して

「貴様は今日から俺のライバルだ」

なんて言い出すけど嫌だよ関わりたくないよ。


「それでは私の『夜の貴族』に」

「ああ、俺より強い奴がそんなにいるとは

燃えるではないか!」

「退屈させませんわ」

「俺はそいつらを全員倒して伝説を作る」

「素晴らしいわ

私が貴方の伝説の生き証人になってあげるわ」

「ああ頼むよ、お嬢さん」


僕とリョウさんは顔を見合わせると

呆れてやれやれのジェスチャー。


やたらと熱い男、アグニこと阿久津が夜の貴族に加入して、また変なのが増えたよ。

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