紅美ちゃんがいない男2人の配信日

ハイツホンマ いつもの201号室

いつもの配信日だった…はずなのに


「えー、紅美ちゃんいないんですか!」

「ああ、雪乃にな

どうしても紅美が必要だと頼まれてな。」


「何でですか、どうしてですか!

紅美ちゃんが絶対必要なんですか?

納得できません!」

僕は天狗さんを責め立てるように理由を尋ねる。

何故なら紅美ちゃんに会えるのが楽しみで、

ここに来ているのに…彼女がいないなんて


「何でも、閉店後に常連の女性限定イベントで

ドールのお茶会をするから雪乃1人では手が回しきれないと言ってな。」


閉店後の『ルー デ フォルテューヌ』での

イベントか

なるほど、それで紅美ちゃんが呼ばれた訳だと


ドールのお茶会ってことは…

雪乃さんドール持ってるんだ。

実を言うと僕もドールには興味があって街の

模型ショップのドールコーナーで見ると欲しいなと思うけど、高くてなかなか手が出せない。


男のくせに変だって思われるかも知れない。

でも、可愛いものが好きなのに男も女も関係

無いと思うんだ。


それなのに天狗さんったら

「ドールのお茶会とは何だ?

人形見て茶を飲む、我にはサッパリ分からん。」

この人には風情ってものが無いのか


ドールのお茶会とは

自分の娘のように大切にしているドールに、

可愛い衣装や小物で着飾り御披露目して、

その素晴らしさや愛しさを語りながらお茶を

頂くんですよ、と説明しても分かってないようだ。


しかも、押し入れから出した民芸品の天狗の

人形を右手に、飲んでいるほうじ茶を左手に

「こんなのでいいのか」

なんて言い出す。

やだ、もうこの人


「そう言う事で本日は男同士の生配信だ。

気合いを入れて頑張るぞ!」


天狗さんはやる気に満ちているけど、僕は

紅美ちゃんがいない『ゲーム天狗放送室!』

なんてやる気が起きないよ。


あ~あ、僕は男だしドール持ってないから、

お茶会に参加出来ない。


いいなぁ、お茶会に行きたいなぁ。

紅美ちゃんもいるんだよな。

その事が頭から離れないまま、配信時間を迎える。



「今宵も始まりました。ゲーム天狗放送室!」

天狗さんの力強いタイトルコールで生配信が

スタート。


「一騎よ。

今日はいつもと何かが違わないかね。」

僕に語りかける天狗さんに「そうですね。」と

気の乗らない返事


「実は今日、紅美がいないので男2人の配信で

お送りする。」


今回遊ぶゲームは銃器で戦うバトルロイヤル

アクション


戦うフィールドはゴーストタウンの島


プレイヤー達を乗せた航空機は島の南西から

北東にかけて飛んで行く


「行くぞ!」


天狗さんが掛け声と共に飛び降りて僕も続いて

降下

廃墟の学校を目掛けて降りると、

他のプレイヤー達も学校に降りている。


パラシュートを開いて屋上に着地。

ペントハウスから校内に潜入


3階の教室で天狗さんはアサルトライフル

僕はマシンガンを入手

その他アイテムを拾って装備を整えると

パン!パン!パン!割と近い所から銃声

他からも聞こえてくるので

「奴らが戦っている内にここを出るぞ!」


天狗さんが車を見つけ乗り込むと、学校を後にして安全圏内に向かう。


このゲームは、一定時間が経つとエリアの外側から囲んだダメージゾーンが段々と迫って来るので、いつまでも同じ所にはいられない。


道路を呑気走っているバイクを発見

無慈悲に車で引いてキル


安全エリア内のいい場所に一軒家を発見

「あそこに入って様子を見よう。」

現時点で生き残りは半数を切っていた。


一軒家に入ると天狗さんは先客がいないか2階をチェック


「一騎、1階のクリアリングを頼む。」

「はい」と天狗さんの指示に生返事


紅美ちゃん、今頃何してるのかな?

紅美ちゃん、ドールのお茶会楽しめるのかな?

紅美ちゃん、早く終わって来てくれないかな?

紅美ちゃんの事で頭がいっぱいになりながら

1階を調べる。


居間をチェック 異常無し

寝室も異常無し

トイレ異常無し

お風呂場異常な…

バンッ!!


お風呂に入った途端、浴槽で待ち構えていた敵のショットガンで殺られた。

駆けつけた天狗さんが手榴弾で相手をキル

惰性で敵を探していたから、咄嗟に反応できな

かった。


「すいません。」取りあえず謝ると

天狗さんは「気にするな」と返してくれる。


戦線離脱したので何もしなくていいやと呑気に

天狗さんにアドバイスもせずに、視聴者さんに向けてのお話もしないで、ボーッとしながら

コメント欄を見ると


今日の間宮君どうしたの?

天狗の相方は紅美ちゃんでないと駄目かな?

やる気ねえな一騎

間宮、何か喋ろや!

天狗さん可哀想

今回、面白くなーい。


…等、僕のやる気の無い態度に対する否定的な

コメントが寄せられている。

ま、どうでもいいけどね。


天狗さんは残り3チームまで生き残ったけど、

他の2チームに囲まれて負けてしまった。


1回目のゲームが終了して天狗さんがコメントを確認

一通り見終わると……困ったように沈黙。


そして

「一騎の調子が優れないようで、すまない。」

カメラに向かって頭を下げる。


別に僕、調子悪くないのに

まっ、どうでもいいや


「本日はここ迄、サラバだ。」

配信を切り上げた。


「まあ、こういう日もある。」

天狗さんは配慮で言ってくれてるようだけど

僕は気にもしてないので

「はぁ」と軽く返事して、その日は帰った。




翌日

お昼ごはんを食べてから、部屋でスマホゲームのイベントを消化していると、紅美ちゃんからメールが入って

話があるからハイツホンマ近くの公園で3時に待っていると連絡が入った。


昨日は紅美ちゃんに会えなかったし

何より、彼女の方から僕を呼んでくれたのが

初めてで嬉しく心が弾む。


話ってなんだろう?

昨日は間宮くんに会えなくて淋しかったの

なんて言われちゃうのかなぁ


時間を守る男、間宮一騎は約束の10分前に

公園到着


「あっ、いた。」

紅美ちゃんは、パグぞうを抱えブランコに揺られている。


僕は期待に胸を膨らませ、最高の笑顔で彼女に

駆け寄り

「紅美ちゃーん、お待たせ。」

と声をかけると

「間宮くん!

昨日の配信、ぜんぜんやる気なかったでしょ。」

紅美ちゃんは、ブランコから立ち上がると共に

開口一番お叱りの言葉


「アーカイブ視たけどさ、上の空でボーッしちゃって」

えっ、えっ?

呼ばれた理由を聞く前に怒られて戸惑う僕に

彼女は続けて

「だめだよ。

自分の役割は一生懸命やらないと」

「どうしたの?紅美ちゃん」

普段から僕に対してキツイ紅美ちゃんだけど、

今日はいつになく激しい。


「どうしたの、じゃないよ!

天狗ちゃん、楽しみにしてたんだよ。

昨日の間宮くんとの配信」

何だ、そのことか

何そんなに怒らなくても…


「天狗ちゃん、間宮くんを庇っていたけど

視聴者さんもコメントで書いてたでしょ。

やる気がないって」


「いや、だって雪乃さんと紅美ちゃんが

ドールのお茶会だって聞いたから楽しそうだなって頭に浮かんで…」


僕の言い訳に彼女は一層、ムッとなり

「紅美だって、天狗ちゃんのこと気になったけど、雪乃ちゃんのお仕事がんばったよ。」

僕の言い訳が言い訳にならないと責め立てる。


確かに紅美ちゃんがいないから面白くないし、

適当でいいや早く終わらないかなって時間が

過ぎるのを待っていたけどさ


「紅美ね、ホントは悔しかったんだよ。

天狗ちゃんが間宮くんとの配信を楽しそうに

準備中しているのを見てさ」


なんだ、それで怒っているのか

紅美ちゃんって、結局天狗さんだもんね。

僕の気持ちと大して変わらないじゃない。

それを言われてもね。


あまりにも彼女の怒りが収まらないから、なだめようと笑って

「たかがゲームでしょ。

そんなに怒んないでよ。」

そう言った瞬間

バシッと僕の頬は平手打ちを受けていた。


「最低、ホントそういうところキライ

天狗ちゃんが何で間宮くんなんか気にかけるのか分からない!」

「…ご、ごめん。」


叩かれたショックと紅美ちゃんの怒りに圧倒

されて謝ると

「言いたかったのはそれだけ」

バイバイ、と言って去って行った。


………

時間が経ち、痛みが引くにつれて行き場の無い

不満が溢れ、悔しさ情けなさが満たされると

「何でだよ!

何で僕ばっかりこんな目に合うんだよ!!」

と叫び声を上げていた。


あーあ、ついにキライまで言われちゃったよ。

呆然と立ち尽くして空を見上げる。


最低、ホントそういうとこキライ

紅美ちゃんの、その言葉が頭の中を巡る。


落ち込んでトボトボ負け犬のような帰り道

今日の配信、行きたくないなと考えていると

雪乃さんが道を塞ぐように立っていて

「小僧、うちに寄って行きなさいよ」

と声をかけてきた。


正直1人になりたいから断ると

「いいから来なさいよ。」と強引に連れてかれる。



雪乃さんの部屋

出してくれた紅茶を一口

「アンタ、紅美ちゃんに怒られたんでしょ。」

と聞かれて「ええ」と答える。


どうせ紅美ちゃんから聞いて知ってるくせに、

説明をする手間が省けるから、いいけどさ

と、やさぐれた心の声


「まあ、大体の話は聞いたけど

元気出しな。」

そう言われたって元気なんか出ないよ。

好きな女の子に怒られて叩かれたらさ


はぁ、溜め息をついて

「紅美ちゃんって、僕に辛く当たるんだろ?」


窓際に立つ雪乃さんは外の景色を眺めて

「そうね」と言って紅茶を一口


「はぁー、やる気が無かったのは事実だから

文句も言えないけどさ。」

「配信視たけど、ゲームを知らない私でも

小僧が適当だったのは分かったよ。」


「…そうですか。」

他の人から見ても露骨だったんだな僕

そうだよな視聴者コメントにも散々書かれていたもんな。


「好きなゲームに、たかがって言ってた事にも

怒っていたよ」

「僕だって好きで言ったわけじゃないのに」


「天狗から聞いたんだけどアンタ、お茶会に

来たかったの?」

「天狗さんが…言ってたんですか?

ええ、実は少し興味があって」

そうか、天狗さん気にしてくれてたのか。


「ごめんね、アンタが女の子だったら誘って

たんだけどさ」

珍しく雪乃さんが気を使って慰めてくれる。


「天狗が嫌い?」

「いえ、そんなこと無いです」と答えて考えてみた。


最初は敵として出会った天狗さん

そのせいで紅美ちゃんからは敵視されて、

前ほどではないけど今も僕には当たりがキツイ


「紅美ちゃんは僕の何が気に入らないんだろ?

今は天狗さんの敵でないのに」

「天狗はアンタのこと気に入ってるから、

余計にね。」


「もう、行かない方がいいのかなぁ。」

「ハッキリ嫌いって言われたんだし

もう意味なんてないよ」

「これ以上執着しても惨めなだけですよ」

僕は、長々と溜め息交じりの愚痴を吐き続けて

それを雪乃さんは聞いてくれている。


「自分が決めたなら、それでいいんじゃない。

ただ今の感情に流されて紅美ちゃんや天狗と

会わなくなってから本当はこうじゃなかったと

自分を嫌って相手を恨んだりしない?

その感情に囚われないが自信ある?」


何故か雪乃さんの言葉は心に刺さった。


意固地になり後戻り出来なくなったとして後悔しないと言えるのか?

果して僕にそれだけの覚悟があるのか?

僕が『ゲーム天狗放送室!』にいる理由を考えてみた。


初めは天狗さんにゲームで負けたのと、

紅美ちゃんがいるからと唆されて仕方なく入ったけど、そのお陰で色んな人とも出会えて1人でゲームセンターに通っていた頃よりも楽しい

日々を過ごしているよな。


一時の感情と今の環境、天秤にかけたら

どちらが大事か言うまでもなかった。


「そっかぁ」

今の自分の居場所、今の自分がやれる事

なんとなく分かった気がする。


「話を聞いてありがとうございます。」

「そう、じゃあ今日の配信で紅美ちゃんに

良いとこ見せなきゃね。」

パン!と僕の背中を叩いて送ってくれた。


僕は自分が思っているよりも単純なんだな。


間宮一騎の頼りない背中に向けて

「やれやれ、私らしくない事したな。」

青塚雪乃は独り言




ホンマハイツのいつもの201号室

いつもの配信日


201号室の前の扉

紅美ちゃんに顔を合わせるのは気まずい。

でも勇気を出して扉を開けよう。


「天狗さん、昨日の僕とは違いますよ!

気合いの入った配信をしましょう。」


これは僕の開き直りかもしれない。

顔を叩かれて簡単に態度を変える軽い奴だと

思われるかもしれない。

それでも自分で決めたんだ。

まだ、ここにいようって


驚いて僕を見る紅美ちゃん

以前の僕なら気まずくて部屋に入れなかっただろう。

天狗さんと紅美ちゃんの出会いが一歩目の歩みで、少しだけど前に進めたんだ。


彼女の瞳に力強く頷いたら、少し笑って優しく微笑んでくれた。


「今日は3人で勝ちに行きましょう。」

「ウム、そうだな。

紅美も戻ってきたことだし勝利を勝ち取るぞ」

「オー!」


少し恥ずかしかったけど…

これで良かったんだ。

天狗さんは僕を受け入れてくれる。

紅美ちゃんもいつも通りに戻ってくれた。


僕は僕が思っているよりも今が、

この『ゲーム天狗放送室!』が好きなんだ。








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