落ちた青春

第4話

 履きなれたローファーでねずみ色の道路を駆けていく。吐いた息が白い煙となって消えていく。

 膝丈のスカートが風で軽くなびく。

 見慣れない土地。外に立つ看板に無数の番号の羅列。

 握った紙には「08667」の番号が書かれている。この番号が看板に書かれていたら合格だ。

 走ったせいか荒い息で呼吸が詰まりそうだ。

 不安が心を押し潰し、期待が心を解放させる。

 人が混雑する看板の前を掻い潜る。

 それを見て喜ぶ人、嘆く人。見知らぬライバル達が天国を見た顔をするか地獄を見た顔をするか、それはたった一瞬の出来事。私もその一人だった。

 そこに書かれた羅列を見ていく。


 08649、08654、08665、08677、08683……


 どこを探しても「08667」の番号は見つからない。

 呼吸が止まる。

 幸せのオーラが広がるこの場所にいることが辛くなっていく。思わずその場から飛び出して、誰もいない枯れ木の中を掻き分けていく。

 寂しげな木々の中で、童心に戻ったように号泣する。こんなに涙を流したことはいつぶりだろうか。この事実は今までの人生の中で最も残酷で悲しいものだ。

 到底受け入れられない事実なのに、受け入れるしかない現実。どうしようもなく大泣きすることしか私にはできなかった。


 現実は優しくて残酷だ。


 帰る頃には制服の袖はびしょびしょに濡れていた。

 制服が濡れているせいで重くなっているのだろうか。足取りが重い。

 夕暮れの空を飛ぶ烏を見て、あの鳥になってみたい、と思ってみたりした。平穏に鳴き散らす鳥の声に羨望と苛立ちの気持ちをぶつけていた。

 ただいま。家の扉を開けて玄関にきた。昼の出来事を思い出すと、また涙が吹き出していく。

 悲しいわめき声が家の中に響いていった。



 桃色の花びらがひらひらと舞い落ちる。

 ピンク色の道を踏みしめて歩いていく。新しい物語が始まる。ただ、その物語は望んだものではない。言ってしまえば、この物語など歩みたくもなかった。厳しい現実に打ちひしがれて、仕方なく歩むことになったのだ。

 黒色のロングの髪。その面影はもう見えなくなっていた。

 新たな春に向けて髪を切る。ボブカット。失恋した訳ではないが、同じぐらいの辛い衝撃だからだ。

 色を染めてみた。校則に強く縛られていた反動だった。さりげないベージュ色に、ピンクの花びらが舞い降りていった。

 私"人高ひとたか るら"は明天あす予備校に通うことになった。今年の受験では志望校には行けなかったが、来年の授業では絶対に合格してみせる。心に強く握り拳を握ってその建物の中へと入っていく。

 教室の匂いを嗅ぐ。新たな始まりの匂いだった。

 教室には数十名の男女が椅子に座って前を向いている。

 前のホワイトボードには「ようこそ明天予備校へ」と書かれていた。

 ピシッとした服装の男性が教室に入ってきた。教壇の前に立ち口を開く。


愛知「こんにちは。私は明天予備校の学長永松ながまつ愛知めともです。これからここの予備校についてのオリエンテーションを始めていきます」


 愛知の話が流れていく。

 その話を聞く私達は国公立大学を目指す生徒であり、私立大学を目指す生徒はまた別にいるようだ。

 明天予備校の説明が終わる。

 十分程度の休憩の後、プリントが裏向きで配られていく。

 レディネステスト。早速、実力を試すテストを行うようだ。

 教室から音が消えた気がした。

 最初は現代文のテスト。問題文を見て驚愕きょうがくしてしまった。


「以下、問題に書かれし真名まなの読みを埋めよ(※問題の漢字の読みを書け)」


 厨二病臭い問題文。なぜこんな文にしているのだろうか。わざわざ米印で訳している所を見て余計疑問に思った。

 現代文はこの後も厨二病文が崩れることはなかった。

 呆れ顔を引きつってしまう。

 続く、英語のテスト。センター試験の過去問から抽出した問題が多く出た。ところどころ、懐かしみながら問題をこなしていった。

 数学のテスト。問題文を読むのに必死だった。一行で済む問題を何故か二重、三重にもややこしく改変しているせいか、読むだけで時間がかかる。どう頑張っても最後の問題文にたどり着けなかった。

 昼を挟んで、生物のテスト。苦手な教科だったため終わったころには意気消沈し、解答欄の大半は白ずくめになっていた。

 最後は歴史総合のテスト。問題文を見て苦笑いをする。


「安土桃山時代。羽柴っち(羽柴秀吉)の行っていない政策は以下のうちどれか答えよ」


 このように、歴史人物にあだ名がつけられているのだ。それ以外に変わったことはなかった。

 この日の全てのテストが終わった。

 疲れ果てた体を家へ帰す。

 一日挟んで明後日あさってから授業が始まる。

 真っ暗闇の中、布団の温かさが疲弊をとっていく。私は夢の中へと落ちていった。

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