第3話

 静けさが体をとどこおらせる。

 蛍光灯は働きを止めている。外から射し込む光だけがこの教室を照らしている。教室には誰一人姿が見えない。虚しく机と椅子がたたんでいる。

 開校しても受講生が集まらなければすぐに潰れてしまう。

 受講生を集める最大の機会が、この体験授業であるのだが、そこに誰もいないなんて……


愛知「いや、待てよ。誰もいない? 何かおかしいぞ」


 生徒はいないだけでなく、講師もいない。電気も消されてるということは意図的にここから離れたのだろうか。

 ホワイトボードをよく見ると黒のマーカーで何か書かれている。

 その文字には近くの公園でフィールドワーク型授業をやること、そこへの生き方が書かれていた。

 その事実を知った途端、急ぎ足で近くの公園へと向かった。



 緑色の芝生が満遍なく広がっている。周りの黄色や赤色と重なって、風情な世界が広がる。

 グラスフィールドの上に立ち、周りの景色を見渡す学生達。彼らの瞳には豊かな景色に加えて、その風景に応ずる英単語が映っていた。

 緑の大地を踏みしめた。その時、肩に手を置かれる。強い腕が乱雑に肩に触れている。


学「おせーぞ。メっちゃんがこねぇから、俺が駆り出されたじゃないか」


 彼はまずまずの表情を浮かべながら喋っていく。穏やかな風が心地よいのに、邪険な雰囲気が無下にしていた。

 その二人の元へやってくる風格あるおばあさん。


英子「遅いわよ、永松先生。遅いから先に初めましたよ」


 後鳥羽ごとば英子ひでこは最近まで高校の英語教員をやっていた。定年を迎えて、伸びやかな老後人生を歩み続けるその途中に、私が声をかけた。


愛知「今は何してるんですか?」

英子「フィールドワーク型授業です。この公園で見つけた英単語を書き写していかせてます。それが英語を身につける最善の道ですから」

愛知「そうなんですか?」


 そよ風が木の葉を運ぶ。

 それを背景に彼女は話していく。


英子「今の学校での教え方では、英語は簡単には身につかない。それもそうさ、英語を会得えとくする前に「日本語」を挟んでいるからね。例えば、"Apple"という単語を覚える時、赤くてまん丸としたつやややかな果物を見て"Apple"として覚えるのではなく「リンゴ『』Apple」として覚えさせる。このフィールドワークはせめてもの直接的な学習になると思うのよ」


 意識と無意識の世界。

 茶色の木々が黒っぽく背景が白っぽくなる。モノクロが周りに広がっていた。唯一色を失っていない葉っぱ。茶色で崩れそうな容姿。その葉が文字に変わる。"Leaf"。それをきっかけに言の葉の連鎖が起きていく。頭の中には様々な英単語が浮かんでいく。

 その世界観に入るためには日本語から離れないといけない。そのため、この時間は日本語厳禁である。

 英子は日本語を使っている人に注意喚起し、公園から離れてしまわないように監視している。そして、この内監視を任された。長ではない学を巻き込んで。

 変わりゆく季節。移りゆく日々は誰も待ってはくれない。時間も待ってはくれない。いつの間にか授業に時間が終わる。

 満足したかのような表情を浮かべる高校生達。それを見て満足になっていく。この授業は成功と言っていいだろう。

 ただ、一人だけ満足どころか怪訝けげんそうな表情をしている奴がいた。


学「はぁ。結局、戻れなかった。次の授業担当者は俺なのに……。きっと、あのばあさんが俺を貶めるために戻らせなかったんだ」


 人差し指の爪を犬歯でかじる。

 邪険な雰囲気を漂わせ、せっかくの秋の風情をぶち壊していった。

 次の授業は「数学」の授業。

 再び教室が舞台となる。

 文系の高校生が半分抜けて、理系の高校生が教室に入ってきた。

 授業者である和谷かずたにまなぶが前に立つ。

 最初の二限とは違い、斬新さが微塵みじんもない俗でありきたりな授業だった。

 ひねくれていて人格に難があるものの、授業は何も心配することがない。

 無事最初の三限が全て幕を閉じた。

 昼を挟み、午後からの授業。今度は朝よりも難しさのレベルを下げた授業が行われていく。

 昼の現は言葉の呪文をより分かりやすくし、展開していく。厨二病の授業は斬新だったためかとても受けていた。

 昼の英子は、朝と変わらない展開だった。学は無事監視の仕事を回避できたようだ。

 昼の学の授業は相変わらず平凡と呼ぶべきか。何か特筆して述べることはない。


 無事体験会が終了した。


 明るい日差しが沈みオレンジ色の夕日となっていく。その橙色を眺めながら、目に見える成功を願っていた。

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